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新しい時代

 ロンドンの中心部に新設された、磨き上げられたショーウィンドーが並ぶ瀟洒な自動車販売店。そのカウンターの向こうで、見事な仕立てのスーツに身を包んだマイク・バートンが、弾けるような笑顔で二人を迎えた。


「やあ、お二人さん、元気そうだね。風の噂で聞いたよ、婚約したんだってね。おめでとう!」


 マイクの快活な声が、ガソリンと新しい革の香りが漂う店内に響く。かつての薄暗いガレージでエンジン油にまみれていた姿とは一変、彼は今や時代の最先端を行く「商売人」の顔をしていた。


「ありがとうございます、マイクさん」 スカーレットが、隣に立つジャックと視線を交わし、少し照れくさそうに微笑んだ。しかし、すぐにその瞳にはアシュフォード家の血を引く実業家としての理知的な光が宿る。 「実は今日は婚約の報告と……私たちの新しいクルマの、販売委託契約の件で伺ったんです」


「ほう、いよいよ量産体制が整ったというわけか」 マイクは興味深げに身を乗り出した。スカーレットは淀みなく交渉を切り出す。


「私たちのクルマを、ぜひここで扱っていただきたいのです。単刀直入に伺いますが、マイクさんは販売価格の何パーセントをマージンとお考えですか?」


 マイクは顎に手を当て、しばしプロの目線で計算を巡らせた。 「そうだね、通常なら手間も含めて十パーセントはいただく。だが、君たちのクルマは純英国製で性能も折り紙付きだ。既に評判も立っている。……よし、五パーセントで委託契約を結ぼうじゃないか。どうだい、これなら適正なマージンだと思うんだが」


 スカーレットは一度ジャックを見上げ、確かな手応えを感じて頷いた。 「マイクさん、正直に申し上げて商売の『正解』がすべて分かっているわけではありません。ですが、あなたのその条件を信じて契約させてください」


「決まりだ。話が早くて助かるよ、スカリー。契約書の雛型があるから、後でじっくり目を通しておいてくれ」


 ビジネスの話が一段落すると、スカーレットはふと思い出したように、声を潜めて尋ねた。 「ところでマイクさん、あちらの……『協会』の方はどうなっているのですか?」


 その問いに、マイクは一瞬だけ複雑な苦笑いを浮かべた。 「ああ、それかい。実を言うと、私もここのところ商売が忙しくてね。すっかり『ルーサー・スペルマン』としての顔を忘れてしまったよ。魔法協会も今は開店休業状態さ。事務所だけはヘンリー様が維持してくださっているけれど、あそこに集まる連中も、もはや魔法より株価や内燃機関の話に夢中なんだ」


 マイクはどこか遠くを見るような目をして、続けた。 「ヘンリー様が仰っていた通りだ。世界は変わった。……いや、我々が変えてしまったのかな」


 契約書の封筒を大切に抱え、「それでは」とスカーレットたちは店を後にした。去りゆく二人の背中——魔法という不合理を理知で飼い慣らし、新しい鉄の馬を操る若者たち——を、マイクは静かに見守っていた。


 カランとドアベルが鳴り、二人の姿がロンドンの霧の中に消えていく。


「……もう、魔法の時代は終わったんだな」


 マイク・バートンは、カウンターに置かれた真鍮製のペーパーウェイトに指を触れた。かつては微かに熱を帯びていたはずの魔力の残滓は、もうどこにも感じられなかった。


「産業革命……。それは古き幻想に決別するための、あまりに巨大な儀式だったというわけか」


 彼はしみじみと独りごちると、再び「実業家」の顔に戻り、次の商談の書類へと手を伸ばした。


最後までお読みいただきありがとうございます。私なりに今の時代に魔法がない理由を書いたつもりです。19世紀末から20世紀初頭は現代から見ると不便なことだらけですがダイナミックな変化の時代だと物語を書きながら考えました。ただ、事実と物語の整合を取りながら書き進めるのが大変でした。もちろんフィクションなので完ぺきではありません。次作では舞台を異世界ということにして農業とその周辺の技術で世の中を変えていく人の話を書き進めています。また、本作を「カクヨム」用に改稿も進めております。完成したらそちらの投稿も始めますのでよろしくお願いいたします。

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