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翌朝のアシュフォード家の朝食で

 翌朝。カントリーハウスのダイニングルームには、まだ夏の盛りの名残を残した、やわらかな朝の光が差し込んでいた。 磨き上げられたオーク材のテーブルの上には、銀製のカトラリーが上品な光を反射している。それは、アシュフォード家が何世紀にもわたって守り抜いてきた「正しく、合理的な世界」の日常を、そのまま象徴する光景だった。


 しかし、その光の中に座るスカーレットの心だけは、昨夜の祖父ヘンリーの叱責と、羊皮紙に署名した魔法の秘密によって、深く曇っていた。


「大丈夫、スカリー?」


 席につくと、隣に座っていた姉のマーガレットが、小声で、しかし真摯な眼差しで訊ねてきた。姉は、父ウィリアムと母キャサリン、そして兄エドワードがまだ揃わないうちに、妹を気遣ってくれたのだ。


「昨日、おじいさまに随分と厳しく叱られていたみたいだったから」


 スカリーは、焼きたてのトーストに手を伸ばしながら、嘘で塗り固めた言葉を紡いだ。


「ありがとう、メグ。この間、夜こっそりとお化け屋敷に行ったことをおじいさまに告げ口した人がいたみたいで、こってりと油を搾られちゃったわ。ご近所でも噂になっているかもしれないって」


 廃墟での出来事が「誰かの告げ口」で済むのなら、どれほど楽だろう。 スカリーの胸には、真っ赤な閃光となって弾け、オーウェン・クロムウェルを負傷させた「中世の野蛮な力」という、誰にも言えない不合理な力が自分に宿っているという真実が、重い石のように沈んでいた。


 ちょうどその時、父のウィリアムと母のキャサリンがダイニングに入ってきた。ウィリアムは羊毛のブランド化を成功させた実業家らしい、きっちりとした出で立ちだ。


「おや、スカリー。もう起きていたのか」


 父はそう言って、椅子に腰を下ろした。 母はテーブルを整えながら、娘の顔を一瞥した。


「本当に、おじいさまは地獄耳だから隠し事は出来ないね」


 ウィリアムが、半分呆れ、半分感心したように言った。 キャサリンは少し顔を曇らせた。


「そうですよ、スカリー。おじいさまが起きて来られたら、朝食の席でまた蒸し返されてもいけませんから、静かにしていましょうね」


 母の言葉には、厳格な貴族院議員であるヘンリーの権威が、この裕福なアシュフォード家を支配していることが滲み出ていた。この家を成り立たせている「正しさ」とは、全てヘンリーの合理的な判断に基づいているのだ。


 やがて兄のエドワードも加わり、朝食は和やかな雰囲気を取り戻していった。


「このベーコンは美味いね」


 エドワードは、妹の心情や祖父の怒りとは全く無関係に、目の前の現実、つまり「食事」の話を始めた。 ウィリアムはパンをちぎりながら、ふと思い出したように口を開いた。


「そうそう、キャンベルさんのところの蒸気織機の調子が悪くなったみたいでね。最新式の蒸気機関なのに、ロンドンから業者を呼んでみてもらっているんだが、未だに原因不明なのだそうだよ」


 キャンベル家は、ジャックの父マイケルが工場を経営する家族で、アシュフォードの産業を支える新時代の旗手だ。その合理主義の象徴たる蒸気機関の不調という事実に、スカリーは思わず顔を上げた。


「なんでもね、スカリーがお化け屋敷に行った翌朝から、蒸気機関が不安定で機織り機を回せないって、マイケルさんが困っていたな」


 父の言葉は、まるで何気ない世間話だった。 だが、スカリーの耳には、その言葉が、鉄と蒸気の合理的な世界に、彼女の制御不能な魔法が放った不協和音のように響いた。


 スカリーは、冷たくなった紅茶をそっと口に含んだ。 彼女の知らないところで、彼女の秘密は、蒸気機関の時代の風景を、静かに、しかし確実に歪ませ始めている。その異変の正体を、家族は誰も知らない。 そして、知っているはずの頑固な祖父だけが、まだその秘密を、深い沈黙の中に隠し持っていた。

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