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〜私の恋は妖精の魔法と少しのドジで始まりました〜  作者: 石田あやね
第1章【少女、妖精と出会う】
5/10

5話 突然の来店

 駅近くのパン屋の前でようやく足を止める。学校から全速力で走ってきたため、息は絶え絶えだった。

「どうして逃げちゃったんですか? せっかく理想の男性が話しかけてきてくれたのに」

 呑気な口調で話しながら宙を飛び回るアモールになんとか目を向ける。言いたいことは山ほどあるが、なかなか呼吸が整わず、言葉を飲み込んだ。

「あら、葉月ちゃん!」

 パン屋から偶然出てきたおばさんが葉月に気が付き、笑顔で声を掛ける。

「あ、知名津さん……お疲れ様です」

 パン屋【朝日屋(あさひや)】の店長・朝日(あさひ) 知名津(ちなつ)はとても気さくで、笑顔を絶やさない明るいおばさんだ。そして、葉月のバイト先の上司でもある。知名津の夫・哲朗(てつろう)が作るパンはどれも絶品で、地元で愛されているパン屋だ。葉月もここのパンが大好きで、夫婦で営むこのパン屋の雰囲気も気に入っていたため、バイト募集を見かけた時に即座申し込んだ。もともと常連だった葉月を快く受け入れ、今では娘のように可愛がってもらっている。

「今日は少し来るのが早いね。それにどうしたの? 汗びっしょりじゃない」

 言われて初めて気が付いたが、走ってきたせいで額や首回りが汗で濡れ、長い髪が張り付いていた。

「まだ時間あるから、裏でお茶でも飲みなさい。あと、今新作のパンが出来上がったところだから試食してみて……感想言ってあげたら、あの人も喜ぶから」

「はい、分かりました」


 裏口へと回ると、厨房から哲朗が眩しい笑顔で「葉月ちゃん、お疲れさん!」と声をかけてきた。知名津さんと性格がよく似ていて、いつ会っても元気溌剌で男気溢れるおじさんだ。

「お疲れ様です」

「あいつから聞いたかい? 新作のパンが出来たところなんだ! また葉月ちゃんの感想を聞かせてくれ」

 厨房から出てきた哲朗の手には、小皿に乗った新作のパンが乗っている。表面には淡いピンク色の砂糖がまぶされ、可愛らしい見た目に葉月の顔がほころぶ。

「桃の香りがする」

「正解だ! 中身はあいつ特製の桃ジャムがたっぷり入ってるんだ!」

「わあ、食べるの楽しみ。さっそく休憩室で食べてきますね」

 パンを持って休憩室へ向かおうとした時、店に繋がるドアが開く。

「葉月ちゃん! なんだかお友達が来てて、葉月ちゃんを呼んでるんだけど」

「え? 友達ですか?」

 葉月の頭の中にすぐさま浮かび上がったのは柚子の顔だった。葉月がバイトをしてからは柚子もこのパン屋の常連になっている。しかし、柚子が来たのなら、知名津なら直ぐに名前を言ってくるだろう。友達としか言わないということは知名津の知らない人ということになる。そうなると葉月にもその友達が誰なのか分からなかった。

「葉月ちゃんには珍しいタイプのお友達だね」

 知名津の近くまで駆け寄ると、こっそりと耳打ちされる。その言葉に葉月は嫌な予感を覚えた。


「よっ」

 軽く手をあげ、恭太が当たり前のように店内に立っていた。

「わ、渡辺さん……どうして」

「いや、いきなり逃げてくからさ。なんか俺が悪いことしたんじゃないかって追いかけてきた」

「え? けど、追いかけてきたような気配しなかったんだけど」

 学校からパン屋へと走っている最中、何度か後ろを確認したが追ってくる人影は確認できなかった。

「何回か葉月がこのパン屋に入っていくのを見かけたことあったから、バイト先なんだろうなって思って寄ってみたんだ。てか、その渡辺さんってやめようぜ? 同い年で同じクラスなのに他人行儀すぎるだろ」

 いきなり異性を呼び捨てするのはあなたは馴れ馴れしいのではと、声には出来ない言葉が頭に流れる。

「それじゃ……恭太くんでいい?」

「渡辺さんよりかは距離が縮まったからオッケー」

 満足そうに微笑み、グーサインを向けた。

「葉月と話したいとこだけど、これからバイトでしょ? 明日からは学校来るし、今度は逃げないでね。俺ってこんな外見だけど、そこまで悪い奴じゃないと思うからさ」

 照れ臭そうに頭を掻きながら言う恭太を葉月は物珍しそうに見つめる。

「ここのパン屋来てみたかったんだよね。せっかくだからパン買ってくからさ……良かったらおすすめ教えてよ、店員さん」

 見た目は不良のようだが意外に中身は良い人なのかもしれないと、いきなり逃げてしまった自分の行いを反省した。葉月はトレイとトングを恭太に手渡す。

「おすすめはたくさんあるので覚悟してください、お客様」

「うおー、マジか。暫くは通わなきゃじゃん」


 恭太はあんぱんとコロッケパンを買い、ご満悦そうに帰って行った。

「あの子、見た目は派手だけど見どころのある良い若者だね。葉月ちゃんにボーイフレンドがいるなんて、おばちゃん初めて知ったよ」

 知名津は妙な勘繰りをしているのか、ニヤニヤと頬が緩みっぱなしだ。

「そんなんじゃないですよ。まともに喋ったの今日が初めてだったんです」

「そうなの? そしたら、あれだ! 葉月ちゃんに一目惚れでもしたのかもしれないね〜」

 そう楽しそうに言いながら、知名津は仕事へと戻っていく。その後ろ姿を見ながら、葉月は深いため息を漏らした。

「ため息はよくないですよ? 幸せが逃げちゃうんですから、楽しいことを考えなくちゃ」

 どこからともなくアモールが姿を現す。

「これはアモールのせいだよ」

「ええっ!!!?」

 大袈裟なほどのリアクションを見せるアモールにまたため息が出そうになる。

「あの矢はなんなの? あれのせいで昨日まで口も聞いたことのなかった恭太くんがいきなり私に関心を持つようになったんでしょ? まさか変な魔法でも使ったの?」

「失礼ですよ……ボクの魔法は変じゃないです。それに恭太さんは葉月さんに関心がなかったわけじゃないよ? いくら妖精でも、なんとも思っていない人の心を動かすことは出来ないもん。初めに言ったよね? 大それたお願いは叶えられないって……人の心を操るなんて魔法使いの魔術ぐらいじゃないですかね〜」

「そうだったの? ごめんなさい、魔法のことはよく分からなくて」

「そんなの当然だよ。それよりも恭太さんは理想にぴったりの王子様でしょ? サラサラの金髪が絵本の王子様にそっくりだと思わない?」

 髪色しか王子様要素が入っていないのに、それで理想にぴったりだと言い切れるアモールの自信はどこからくるのだろうか。今からでも魔法を解いてもらえないだろうかと頼みたい衝動に駆られたが、お店が混み出してきたために断念せざる終えなかった。いつの間にかアモールの姿もなく、葉月は仕方なく働くことに専念した。

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