4話 矢に射抜かれた王子様
教室の前まで来ると、柚子が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「葉月〜、昨日はごめんね。メッセくれたのに返事できなくて」
「おはよう、柚子。気にしないで、昨日はバイトの日だったんでしょ?」
「そうなの。しかも、昨日は新人のバイト君が遅刻してさー。30分もバイト時間伸びたんだよ」
「それは大変だったね。お疲れ様……今日は髪の毛巻いてるんだね。柚子はなんでも似合うね」
「ありがとう。やっぱり巻いた方が気分上がるよね」
嬉しそうに巻いた髪を指でいじりながら、柚子は笑顔を浮かべる。きっと今日も彼氏とデートなのだろう。恋をしている柚子はいつもキラキラしている。葉月は素直にそんな柚子が素敵だと思った。
「そんなことよりもさ、昨日マジで家抜け出したの? 理人くん、よく許したね」
「お兄ちゃんが寝たのを見計らって家を抜け出したんだよ。正直に言ったら絶対に反対されたし、なんなら一緒について行くとか言い出しそうだし」
「ああ〜、確かに! めっちゃ想像できるわ!」
理人のこともよく知っている柚子は、おかしそうに笑い出す。
「それで? 妖精は呼び出せたの?」
急に本題を振られ、葉月は思わず眉を寄せる。なんと答えるべきか迷ってしまったからだった。
アモールからは妖精の存在を口外してはいけないと言われているため、どれだけ信頼している友人だからといって言いつけを破るわけにはいかない。
「失敗かな?」
「そりゃそうだよねー! 妖精なんているわけないもん」
嘘をついてしまったが、あまりに現実味がないため罪悪感はあまり感じなかった。だが、妖精が実在することを知ってしまったので少々複雑な気持ちではある。
「こうなったら柚子が葉月のためにいい男探してあげるから! 今年の夏は海でダブルデート目指すぞ!」
変な方向に気合いを入れ始めた柚子を止めようとしたところで予鈴が鳴る。
「葉月、今日はバイトでしょ? 夜にメッセ送るから、計画立てようね〜!」
大きく手を振りながら自分の教室へと戻っていく柚子を葉月は黙って見送った。
自分の席につき、辺りをこっそりと見渡す。しかし、アモールの姿はどこにもない。学校の門の前まで来たところで、突如「校内を見回ってきます」と言い残して消えてしまったのだ。もしかしたら、この学校で相手を見付け出そうとしているのだろう。
(こんなに身近なところに私の理想の相手なんていないと思うんだけど)
高校入学して2年目の春。一目惚れするような瞬間もなければ、誰かに告白されたなんていう胸キュンイベントもなかった。それなのに妖精が現れただけでこの現状が一変するとは到底思えない。
(そういえば……魔法って言ってたけど、一時的に私を好きになるような変な魔法だったらどうしよう)
あの頼りなさそうなアモールを想像すると、嫌な想像ばかりが膨らんでしまう。
「おーい、席に着けー」
教室に担任の今川先生が入ってきたことで葉月は我に返った。
「出席を取るぞー」
まだ20代半ばの若い先生のため、フットワークがとても軽い。高身長のスラっとした体型のイケメン教師ということもあって、女子からの人気は厚い。
「と言っても、欠席は一人だけだから省略しても問題ないな。明日は服装検査があるから、ピアスや派手な染料は各自で対策しておくように! 一個でも引っ掛かったら指導室行きだぞ〜」
今川先生の話を聞いて誰もが元気よく返事を返す。その中で葉月は一つだけ空室になっている席に目を向けていた。
(今日で3日連続)
2年になって初めてクラスが同じになったのだが、学校へ来たのは数回だけだ。名前は確か渡辺 恭太。目立つ金髪、両耳には3つのピアスとかなり近寄りがたい人物だ。教室へ来ても教科書は持ってこないし、仲のいい友達がいる気配もない。見た目正反対だが、どことなく自分と似たような匂いを感じていた。関わりたいという訳ではないが、せっかく同じクラスになったのだから、このまま中退というのは残念でならない。
しかし、葉月が気にしたところで渡辺 恭太が学校へ来るようになる筈もない。今は目の前の、自分ができる事を精一杯こなそうと視線を教卓に立つ今川先生へと移した。
結局、アモールが現れたのは放課後だった。玄関で靴を履き替え、外へと出た瞬間に頭上から声が降ってくる。
「葉月さん! お待たせしました〜」
「随分時間が掛かったんだね」
肩に乗ったのを確認して、葉月は怪しまれないように声を顰めた。
「学校で迷子になったのかと思いました」
「いや〜、大きな学校なんで見回るのに時間がかかってしまいました。ご心配お掛けしました」
ハンカチを取り出し、ツルツルの頭を丁寧に拭う。
「そうそう! そうですよ! この学校でボクは見付けてしまったんです」
「え? 何を?」
「何をって……葉月さんの王子様に決まってるじゃないですか」
嘘でしょと言いたいばかりの疑わしい目線をアモールに向ける。
「その目は信じてませんね? 葉月さんが理想とする王子様のような殿方をボクは発見してしまったのです! さっそく葉月さんのお手伝いをさせてもらしますね」
アモールの手に握られた杖が突如、弓矢に姿を変える。
「この矢が当たったら、眠っていた王子様の恋が開花するのです」
「え? それって強制的に心を操るみたいな感じですか?」
嫌な予感が的中してしまい、そんな方法は本当の恋ではないと否定しようとしたのだがもう遅かった。
「芽吹け 咲かせよ 恋の花!」
聞き慣れない呪文を唱えたと同時に、アモールは一本の矢を空高く放つ。葉月は飛んでいく矢の方向を懸命に追った。矢はゆるゆると下降し、少し離れたところを歩く一人の男子の頭のてっぺんに見事命中した。
葉月は恐る恐るその男子へと近付く。そして、相手が分かった瞬間に絶句した。
「え……まさか」
風に揺れる金色の髪、耳に光るピアス。顔を確認しなくても、その人物が誰なのかは容易に分かってしまった。
「渡辺 恭太」
驚いたあまり無意識にその名前が口から漏れ出た。葉月の声に反応して、恭太の顔がゆっくりとこちらへ向けられる。
「あれ、あんたは……藤堂 葉月だっけ?」
同じクラスになってもまともに顔を見たことがなかった。少し釣り上がった目尻が怖そうに見えるも、真っ直ぐ葉月を見る瞳は濁りのない澄み切った色をしているように思えた。
「あ、えっと……渡辺さんだよね。今日はお休みだと思ってました」
「え? なんで敬語? 同じクラスなんだから普通に喋ればいいじゃん。てか、恭太って呼び捨てていいし」
おかしそうに笑いながら、恭太は葉月の方へと近付き、覗き込むように至近距離まで顔を寄せる。こんな距離感で異性から見つめられたのは理人以外いなかったため、葉月は思わず息を止めた。
「席もそんなに離れてないけど、葉月のことじっくり見たことなかった」
「そうですか……あのっ」
気まずさから距離を取ろうと考えた葉月だったが、予想外の言葉に耳を疑う。
「葉月って、綺麗な目してんだな」
「え?」
「すっげー、可愛い」
直球すぎる言葉と、屈託のない笑顔はまるで物語に出てくる王子様のように映った。
「こんなに可愛い葉月が同じクラスなら、学校サボるのやめようかな」
「ごめんなさい!! これからバイトなんで失礼します!!」
変な展開に頭が付いてこず、堪らず葉月は逃げるように走り出す。耳に恭太が葉月と叫ぶ声と共に、自分の心臓の音がうるさく響いていた。




