第89話 絶対なる忠誠
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◆
翼竜騎士団がヴュスターデに上陸したのと、時を同じくするころ――。
この空を支配する最強の神聖軍事国家、帝国ヴァレングライヒ。
そのもっとも中枢である、帝国皇帝の居室。
壁面には見あげるほどに巨大なステンドグラスが立ちならび、グラスの表面にほどこされた細やかな細工によって、さまざまな色調の光が立体的に織りなす空間となっている。
光の空間の奥に座すように、巨大な一体の龍神像。
かつて闇の龍神を崇拝していた人間たちが、その御姿に思いを馳せてつくったとされる偶像だ。
……その偶像の足もとに、彼の者はいた。
まさしくこの空を統べる、絶対無敵の支配者。
帝国皇帝その人――!
そして今、帝国皇帝にひざまずく男がひとり。
男の名はシュバイツァーという。
大地を思わせる深い土色の髪を左耳の上で刈りあげ、ほかは後ろへ流している。
彼もまた、五帝将のひとり。
皇帝の腹心にして右腕。
帝国ヴァレングライヒが擁する世界最強の軍のなかで、頂点に君臨する騎士である。
シュバイツァーは帝国皇帝に、偵察兵からの報告を述べていた。
「皇帝陛下。
カレドラル国軍はミネスポネを破り、周辺の小国を解放したのち、ヴュスターデに上陸しました。
これ以上奴らを勢いに乗せるのは危険かと存じます。
威勢をくじくなら今であるかと」
シュバイツァーからの提言を受け、帝国皇帝はその口をひらいた。
およそ人のものとは思えぬほどの威圧感と存在感、言葉の重み。
卑小な人間であれば、意識を向けられただけで泡を吹き、気絶してしまうことだろう。
『ヴュスターデにはコトハリがいるな。
だが、ミネスポネを破るほどの者たちであれば、奴だけではちから及ばぬかもしれぬ。
シュバイツァーよ、お前に行ってもらう』
シュバイツァーは恭しくひざまずき、足もとの床を見つめていた。
帝国皇帝の言葉がもつ波動に、全身をびりびりと痺れさせながら。
……彼は皇帝に心酔していた。
最側近の者でありながら、畏れおおくてまともに直視することができないほどに。
帝国軍最強の騎士をもってして、そこまで畏怖させるほどの凄みを皇帝はもっていた。
彼は皇帝直々の特命を光栄に思い、胸を震わせる。
しかし、その感動をなんとか表にださずにこらえて、首を横に振った。
「私が行くには及びませぬ、皇帝陛下。
すでに、オラウゼクスを向かわせております」
皇帝は、シュバイツァーを見据えた。
シュバイツァーはその冷たく鋭い視線に射抜かれながらも、話を続ける。
「奴はふらふらと気ままにあちこちを飛びまわっていますが、ようやく使いの者が所在をつかみました。
自分が気乗りした命令しか引きうけない奴ですが、ミネスポネを破った者がいると聞いて、やる気になったようです。
五帝将の一員として、まったくもって不埒な男ですが……。
しかし、こと戦いにおいて――」
シュバイツァーは自分で言っていて呆れてしまい、ため息をつく。
だが、その最後の言葉は確信に満ちていた。
皇帝の威光を前にして、わずかほどにも揺るがぬほどに。
「奴が負けることはありません」
シュバイツァーの言葉に、帝国皇帝は重々しくうなずいた。
『よかろう、お前の判断に任せる。
愚かなるカレドラル国軍に、血の制裁をくだせ!』
「陛下の意のままに」
シュバイツァーはよりいっそう深く頭をさげた。
主君への、絶対なる忠誠を胸に――!
次回投稿は2022/11/12の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




