第88話 灼熱の大地、砂鉱国『ヴュスターデ』
◇
俺たち翼竜騎士団はファルウルを出立した。
帝国がある方面へと向けて、少しずつ軍を進めていく。
道中、進路上の帝国に占領された中小国を数国解放した。
カレドラルでの養成訓練を終え、本国から駆けつけた兵士たち、賢王クルクロイの指示により加勢したファルウル国軍兵士たちと合わせ、翼竜騎士団の人員は三千人を上回るほどにまで増えていた。
鉄炎国家の機龍兵軍をうち破り、五帝将のひとりであるミネスポネをもうち破った翼竜騎士団は、再び世の注目を集めつつあった。
小国を占領する程度の帝国軍では、もはや相手にはならない。
占領軍の規模が小さい国や、占有価値の低い島国では、戦闘を開始する前から敵軍が降伏してきたり、手をひいて撤退していく国もあった。
これらの解放した中小国では出兵をしてくれる国家もあったし、軍事的協力は難しくとも、その国が得意とする産業によって支援してくれる国が多かった。
金融業が発達した国では出資。
畜産業や農産業が盛んな国では食糧の供給。
鋳造業などの工業技術が進んだ国では武器防具の提供といったように。
レヴェリアの広大な空に散らばっていた多種多様な国や人々、意志と文化が騎士団へとそそぎこまれ、世界を動かす大いなるちからへとかたちをなしていく。
こうして徐々に協力国を増やしていき、帝国ヴァレングライヒに対する反乱軍である翼竜騎士団は、ますますその勢力を広げていったのであった。
――そして翼竜騎士団は空の旅を続け、満を持して新たなる大国へとたどり着く。
ファルウルに入国したときのように、関所島の兵士たちは沈黙し、騎士団を見過ごす構えのようだ。
俺たちは遠慮なく領空内に入り、その国の本土へと上陸した。
砂鉱国、『ヴュスターデ』!!
レヴェリアの数ある島のなかでももっとも太陽の近くに位置し、年じゅう熱い日差しが降りそそぐ。
ファルウルに次ぐ面積をもつ大きな島だが、暑さのために植物が育たず、島の大半は砂漠に覆われている。
砂には大量の鉱質成分が含まれており、日差しに照らされて砂漠は水面のように輝いている。
いっぽう、その砂の粒子はきめ細かく、裸足で踏むこむと粘土のように柔らかいという。
(日中だと熱くて火傷してしまうだろうが)
年じゅう砂嵐が頻繁に吹きあれ、穀物は育たない。
しかし鉱山は多いうえ、砂漠の地下には豊富な資源が眠っている。
地下から大量に発掘される鉱石や油を各国に輸出し、金銭的には豊かな国とされている。
その地下資源を掘りあてた者は莫大な財産を得ることができ、貧富の差が激しいことでも有名だ。
さえぎる雲のない強い日差しに、からからに乾燥した空気!
見渡すかぎり砂漠と岩山ばかりで、位置感覚が狂いそうになる。
そんな砂漠の上空を飛んでいたら、何十発もの大砲を同時に撃ちはなったかのような轟音が鳴りひびき、空気を震わせた!
「どわー!! なんじゃい!」
「なに? なに? どゆこと!?」
騎士団員たちもおのおの叫び、驚きを表している。
砂漠のど真んなかにひらいた穴から、大量の熱湯と水蒸気が吹きだしたのだ!
ヴュスターデにある、世界最大の間欠泉。
豊富な地下資源と熱い大地によって温められた地下水が、熱湯と水蒸気になって地表から吹きだす。
その水蒸気の到達距離は人間の大人を数百人縦に並べたほどの高さにも達するという。
また、間欠泉の周囲は虹のように色鮮やかな岩場と湖に囲まれている。
高温でのみ生きる微生物が生みだす、世にも不思議な光景だ。
俺が道先案内をしていたので騎士団員たちに被害がでることはなかったが、直上を通過していたら火傷どころでは済まない。
命を落とす者もいたことだろう。
みんなを驚かせたくて黙っていたらあとでレゼルに叱られてしまったが、騎士団員たちは雄大な自然が生みだす神秘に見惚れ、言葉を失っていた。
騎士団員を乗せている龍たちも自然素の強い脈動を全身で感じとっているのか、みんな活き活きとして翼を羽ばたかせている。
生活していくのにはあまりに厳しく過酷な環境の島だが、どこか人や龍の心をとらえてやまない、不思議な魅力にあふれた国。
それがヴュスターデだった。
広い国土をもち、カレドラルやファルウルに劣らぬ大国。
豊富な地下資源に潤沢な資金力、桁はずれな資産家たち。
帝国にとっても間違いなく占有価値が高い要国。
激戦が予想される灼熱の大地。
この国にもいるはずである。
帝国軍最強の騎士たちである、『五帝将』のひとりが……!
だが、俺たちも考えなしに軍を進めているわけじゃない。
騎士団の人と龍は皆、戦いを経るたびに強くなっている。
それに、各地で協力者を募り、仲間や支援を得てきた。
ほら、ここにも先の戦いで得た、心強い仲間がひとり。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……!
あぢぃ、あぢぃでありんすうううぅぅ!
この国は、ダメだあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」
ちょっ、おま……!
普通、新しく仲間入りした人物は、その次の戦いで大活躍するもんだろ!?
なんだ、その体たらくは……!
騎士団は途中で見かけたオアシスに降りたち、龍の翼を休めさせていた。
オアシスの周囲を木立が囲み、木立の外と比べればはるかに涼しい。
しかし、それでも氷雪の化身であるネイジュには暑すぎるらしく、ヒュードの背中にへばりついたまま痙攣している。
「あっ。あっ。あっ……。
主様、あちきはもう駄目でありんす。
先立つ不孝を許してくれなんし。
短いあいだだったけど、あちきは主様に出会えて幸せでありんした。
そしてどうか、あちきのことをいつまでも忘れないで……かはっ!」
ほんとうに短かったけど、俺も君に出会えて楽しかったよ、ありがとう。
あと、「先立つ不孝」は子供が親に対して言う言葉な。
……たしかに、ヴュスターデは暑い。
騎士団員たちはファルウルの氷の壁内に進軍したときとは真逆の格好をしている。
レゼルやシュフェルはいつもどおり胸当てなどの最低限の防具に、直射日光や輻射熱をさえぎるための麻製のマントを羽織っているが、その下は半袖の薄着だ。
うっすら汗ばんだ腿が、見るもまぶしい。
しかし、全身鎧の重装兵たちは薄着にできる箇所がなく、鎧のなかは地獄と化しているようだった。
ブラウジ以外は皆へばっており、重装龍兵五人衆ですら「ハイ……ホ……」などといって動きに精彩を欠いている状態だ。
「まったく、若いモンはなっておらんのう」とのことだが、むしろブラウジはなぜこんなに元気なんだろう。
ひとりだけ白金鎧だからだろうか?
ちなみに、空の行軍中は互いの龍が翼であおる風で涼もうと、騎士団員どうしで熾烈な位置争いになる。
ネイジュの希望で、ファルウルからは石箱に大量の氷を詰めて持ってきていた。
彼女は氷を少しずつ砕き、自分の服の隙間や胸の谷間に差しこんで冷やしていたようだが、時間が経つとすぐに溶けてしまうようだった。
暑さに耐えきれず、全身からダラダラと汗を流しつづけている。
……てかこの人のからだ、なんかちょっと融けてない?(人じゃないけど)
とりあえず石箱から大きめの氷塊をひとつ取りだして、ネイジュの腹に乗っけておく。
腹に氷塊を乗せたとき、下から「う゛っ」と呻く声が聞こえた気がしたがたぶん大丈夫だろう。
そんなアホなやり取りをしていたら、そばにいたガレルがじっと俺のほうを見つめていることに気がついた。
ネイジュはまだピクピクしながら救いの手を求めていたが、いったん置いておくこととする。
「……? どうした、ガレル?
俺になにか用か?」
俺が話しかけると、ガレルはビクッとしたように身をすくめた。
「おっと、すまねぇ!
まじまじと見て悪かったな、グレイスの旦那」
「いや、俺は気にしないが……。
なにかあったのか? ガレル」
「…………」
彼は紅蓮の瞳をうつむかせた。
いつも思ったことを素直に述べる彼が、珍しく言葉をためらっているようだった。
……だがやがて、自身の迷いを振りきるように頭を振り、普段の明るい笑顔を見せる。
「ははは、やめだ、やめ!
ほんと、素直になれないなんて俺らしくもねぇ。
……やっぱ旦那はただ者じゃなかったんだなって思ってただけさ」
「ただ者じゃない……?」
「そう。
旦那はすぐにできるようになったんだろ?
龍との『共鳴』をさ」
「あぁ、そのことか……」
俺は『共鳴』ができるようになったことをレゼルたちに明かしていた。
こっそりブレンガルドの刃先を保有していたことも謝り、刃先は返却していた。
あの刃先を懐に忍ばせておくのはこの国では暑くてたまらないし、さらにヒュードと修練を積んで、刃先なしでも『共鳴』を成功させられるようになっていたからだ。
「『共鳴』できるといっても、レゼルたちのように戦いで使えるような練度ではないけどな。
そもそも、俺は背伸びしてみてもやっぱり非戦闘員だし。
ほんと、みんなに申しわけないくらいだよ」
「謙遜するこたねぇさ。
旦那がこの短期間でレゼル様たちに認められる存在になったのも、おそらく偶然じゃねぇ。
才能が与えられたのには必ず理由がある。
あんたも間違いなく、龍神に選ばれし者のひとりだよ」
「ガレル……」
そこでまた、ガレルはにっかりと笑った。
「っと! 勘違いしねぇでくれよ、旦那!
俺はあんたをひがんでるわけじゃねぇんだ」
彼は自身の胸を見おろし、手を当てる。
「他人の才能をうらやむことなら、もう飽きるほどやった。
悔しくて悔しくて、この身が腐っちまうんじゃないかと思うほどによ」
彼は空を見あげた。
雲ひとつない青空は熱をはらみながらも、不安になるほど遠くまで澄わたっている。
「だけどよ、ちっぽけな俺の悩みなんてこの広い空に比べりゃ塵みたいなもんだ。
己に与えられた『器』に文句つけたってなにも始まらねぇ。
与えられた『器』のなかで、どこまでできるかに心をそそぐこと。
それしか、今の俺にできることはねぇんだからよ」
ガレルがこちらを振りむく。
彼の表情には一点の曇りも見られなかった。
この、澄みわたる青空のように。
「俺はまだまだ強くなるからさ。
だから、これからも俺をバンバン使ってくれよな、旦那」
「……あぁ、もちろん。
頼りにしてるよ、ガレル」
そこで、遠くからレゼルの声が聞こえてきた。
うだるような暑さのなかでも、清涼剤のように心地よく響く声。
「皆さーん、そろそろ出発しますよー」
俺とガレルは互いの約束を胸に秘め、おのおの出発の支度を始めた。
……ちなみに、ネイジュはまだ暑さで痙攣していたので、石箱の氷を取りだして空いた隙間に彼女のからだを詰めこんでおいた。
「とても快適」、とのことだった。
次回投稿は2022/11/8の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




