第7話 兵士たちの訓練場
今回は前回の場面の続きです。
歩きながら話をしていたグレイス、レゼル、ブラウジは兵士たちの訓練場に到着します。
◇
俺たちはそのまま話を続けながら歩いていき、翼竜騎士団の団員たちが訓練をしている場所に到着した。
俺は思わず空を見あげて、見惚れてしまった。
浮いているいくつかの小島の隙間を縫うように、総勢百名ほどの戦士たちが飛竜に乗り、手合わせをして腕を磨いている様は壮観だった。
彼ら、一般龍兵たちの得物は剣、槍、斧、弓と皆さまざまで、それぞれ自身に合った物を使っているようだった。
もっとも、訓練中はさすがに殺傷能力がないように加工された木製の武具を使っている。
一般竜兵たちに限らず、龍に乗るときは龍専用の鐙と鞍が使われている。
空中で龍に振りおとされたら一大事なので、膝の部分も金具で固定されているのが普通だ。
通常、成体の龍は馬二頭から三頭分を合わせたくらいの大きさだが、レゼルやシュフェルが乗る龍はひとまわりかふたまわり小さい。
レゼルが乗るエウロが馬二頭分よりやや小さいくらい、シュフェルが乗る龍にいたっては馬一頭分より少し大きいくらいだろう。
一般龍兵たちは皆、かなりの手練れだ。
たとえ訓練であっても、その洗練された身のこなしから実力の高さはすぐにうかがい知れる。
だが、俺が最初に思い浮かべた感想は、彼らの実力に関することではなかった。
「これしか人数がいないのか……?」
たしかに総勢約百名の優れた戦士たちによる訓練は壮観だ。
だが、敵対する鉄炎国家は数千機の機龍兵と数万人規模の一般兵を擁しているという話だ。
戦力の差は歴然としている。
「ええ、翼竜騎士団が解体し、再合流したときには千人近くいましたが……。
この十年のあいだに囚われた者、剣を置いた者、戦死した者。
少しずつ数が減り、今ではこれだけしかいなくなってしまいました」
レゼルが悲しげにうつむいた。
だが、ブラウジは拳をにぎってブンブン振っている。
「たしかに戦士たちの数は減ってしまいましたワイ。
だが、姫様とシュフェルはともに弛むことなく腕を磨き、技を高めあって、強くなられましたのじゃ。
我われ一般龍兵たちだってそうじゃ。
今現在の翼竜騎士団こそが、この十年間で最強だと、ワシは信じておる!」
「ジイさん……」
誰がジイさんじゃ、とブラウジに小突かれる。
だが、ブラウジもとくに「ジイさん」よばわりされることに抵抗はなさそうだった。
そんな風にブラウジとじゃれていると、妙な五人組が龍に乗ったまま陽気に歌い、踊りながらこちらのほうにやってきた。
「おお!
彼らこそがワシ直属の部下、重装龍兵五人衆のゼル、アル、ドル、トル、ギルじゃ!
彼らもまた、極限までその身を鍛えあげた、勇敢な戦士たちなのじゃー!」
「「ハイホー!」」
ブラウジの紹介に合わせて、なにやら五人で決めポーズをとっている。
どうやら彼らは五人ひと組の小隊らしい。
ブラウジと同様、巨大な戦斧を得物にしているようだが、ブラウジだけが白金の鎧で、五人衆は鋼鉄製の鎧を身にまとっている。
ひとりだけずいぶんいいご身分だな、ジジイ。
屈強な男たちが陽気に歌い、踊っているさまはなぜか『妖精さん』を連想させるものがあった。
乗られている龍たちはどことなく煙たそうにしているように見えたが、上に乗っている人間たちが楽しそうにしているので何も言わないことにした。
また、この陽気な五人衆をはるかにしのぐ存在感を示しているのが、遠くの方で死体の山……もとい、うち倒された一般龍兵たちの山を築きあげているシュフェルだ。
「ホラホラホラっ!
どんどんかかってきな!」
シュフェルは身の丈ほどもある長剣をじつに楽しそうに振りまわしている。
だが、小柄な少女ほどの体格しかないのにいったいどこからそんなちからが湧いてくるのか。
大の大人たちを武器ごと、甲冑ごと、龍ごとふっ飛ばしている。
俺は引き気味で、レゼルに尋ねた。
「あの。
あちらで次々と味方を屠っているお嬢さんですが、あなた様のことを『姉サマ』と呼んでましたね。
あのお嬢さんもあなたとご血縁の方なのですか?」
レゼルはふるふると首を横に振る。
「シュフェルは私の実の妹ではありません。
でも、とても元気で、可愛らしい子でしょう?」
「かっ、可愛らしい……?」
レゼルはシュフェルに対して、実の妹であるかのように愛おしそうな視線を向けている。
どうやらこの義理のお姉さんには、あの獰猛な虎が愛くるしい子猫に見えているらしい。
「あの子はお父さまの拾い子です。
元々はカレドラルの貴族の出身ですが、お父さまが引き取ったのです。
境遇はあなたにちょっと、似ているかもしれません」
明言を避けられているが、拾って引き取られたということは親に捨てられたのだろうか。
境遇が似ているとのことなので、シュフェルも父親の愛人の子供だったのかもしれない。
だが、まだ彼女たちと出会って間もないので、これ以上は深く詮索しないことにした。
レゼルはシュフェルのことを見守りつづけていたが、その視線は義妹のはるか向こう側に向けられているように感じた。
義理の妹ができた当時のことを、思いだしているのかもしれない。
「あの子は剣の天才です。
私より剣を始めたのはずっと後ですが、あっという間に周囲の大人たちよりも強くなりました。
私が剣の腕で抜かれる日も、近いかもしれません」
「はっはっは、またまた姫様ご謙遜を。
たしかにシュフェルは信じられぬほどの早さで上達しましたが、まだまだ姫様の腕にはおよびませぬゾ」
ブラウジがごく当たり前のことのように笑いとばし、レゼルは「そんなことないわよ」と笑ってはにかんでいる。
恐ろしいことに、この細身の少女は向こうで暴れている虎よりもはるかに強いというのだ。
なんと恐ろしいことだ。
「とにかく、です。
今はあの子が仲間に囲まれて楽しそうにしているのが、私にはうれしくて仕方がないのです」
まわりの一般竜兵たちはみんな泣きだしそうな顔をしながら立ちむかっていくが、たしかにシュフェルは活き活きとして楽しそうだ。
そんなシュフェルを見てレゼルもほほえみ、遠くから温かい目で見守っている。
じゃっかん珍妙な絵ではあるが、姉妹の強い絆が感じられた。
「ふぅっ。みんなだらしないわね。
そんなんじゃ戦場で真っ先に死ぬわよ」
ひとしきり周囲の仲間に稽古(という名の一方的な打ちこみ)をつけ終えたらしい。
シュフェルは片手を腰にあて、地面に剣を刺した。
背後には屍の山が累々と横たわっている。
彼女はいまだに暴れたりないらしく、きょろきょろとあたりを見まわし、ようやくこちらの存在を認識した。
レゼルがきていることに気がつくと顔をぱっと輝かせ、相方の龍に乗ってとてつもない勢いでこちらに駆けてくる。
「姉サマーっ!
稽古しましょっ、稽古! 今すぐに!」
シュフェルは走っている龍に乗ったまま、膝の固定具をはずし、そのままレゼルの胸に飛びこむ。
かなり危険な勢いで飛びこんできたが、レゼルはしっかりと妹を受けとめ、頭をなでる。
シュフェルは気持ちよさそうになでられており、こうして見るとたしかに猫のようではあった。
「いいわよ、シュフェル。
でも、これから会議を始めるから、それが終わってからにしましょう」
「えぇ~」
シュフェルは不満そうな表情を見せたが、姉の前では従順なようだ。
それ以上の文句は言わず、素直に従う。
訓練場からさらに少し歩くと、岩山の陰に潜むようにテントが張ってあった。
テント自体は、曲芸団のテントのように大きくて立派だ。
レゼルがテントを指さす。
「こちらが大テントです。
私たちはいつもこの大テントのなかに集まって、重要な会議を行っています」
会議が好きなのだろうか。
レゼルは張りきっており、今までの様子と比べても明らかにノリノリだ。
おっとりしているように見えるが、さすがは元・王女なだけあって、意外と首領気質なのかもしれない。
「さぁ、ブラウジ、シュフェル、『幹部衆』を呼んできて!
グレイスさんもなかへどうぞ。
軍事会議を、始めましょう!」
シュフェルはレゼルの前では従順なようです。
次回は軍事会議なので少し長めになります(五千字程度)。
それが終わると、ようやく本格的にバトルになっていきます。どうか見捨てないでください!