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レヴェリア、龍の舞う島々 ー無限の空をめぐる戦い。夢の国を造る少女と、それを支える男の物語ー  作者: 藤村 樹
第2部 氷銀の狐

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第74話 蒼き色水

 レゼルたちが樹氷の森に潜んでいたとき、ネイジュは敵を逃さぬようにと気配を探っていた。

 自身の周囲に氷の塊を浮遊(ふゆう)させ、いつでも追撃できる準備は整っていた。


 だが、レゼルたちはなかなか森のなかからでてこない。

 なにか対策でも練っているのかもしれない。


 ――森のなかから叩きだす必要があるか。


 ネイジュは浮遊させていた氷の塊を、氷棘(つらら)へと形成しなおす。

 彼女が今にも攻撃を開始しようとした、そのときだった。


 突如として森のなかから強風が巻きおこった!

 周囲に降り積もっていた雪をも巻きあげ、風が吹雪のように立ちあがる。


 ……だが、殺傷能力のある風圧ではない。

 視界を(さえぎ)り、注意をそらすのが目的の風。


 ネイジュは強風が立ちあがったのとは別の方角に、二匹の龍が飛んでいくのを見逃さなかった。

 迂回(うかい)して、母のもとに行くつもりだろう。


「母上のもとへは行かせない……!」


 ネイジュが二匹の龍に向かって氷棘を飛ばそうとしたとき、視界の(すみ)で自分に向かって飛んでくるナイフを捉えた!


 二匹の龍が飛んでいったのとは反対側からの方角。

 彼女はとっさに小さな氷塊(ひょうかい)を形成し、ナイフを弾く。

 氷と鉄がぶつかり合い、冷たい音を鳴りひびかせた。


 ナイフが飛んできた方向へネイジュが振りむくと、そこにいたのはひとりの男と煉瓦(れんが)色の龍だった。

 樹氷のあいだにたたずみ、ナイフを持ってこちらに狙いをさだめている。


 ――雷の娘が来ると思っていたが、投げナイフの男がひとりできた?


 投げナイフの軌道と狙いの正確さから察するに、たしかにただ者ではない。

 だが、龍騎士ではない者が、単身で自分に勝てるわけがなかった。

 龍騎士ふたりを母のもとに行かせるために、捨て身で足止めをするつもりだとしか思えない。


 その男は、世間話でもするような調子でネイジュに話しかけてきた。


「やぁ、ネイジュさんって言ったかな。

 俺はグレイス、そして相棒の名前はヒュード。

 レゼルたちが片をつけるまでのあいだ、お相手させてもらうぜ」

「……自分の命を投げ捨てて、恰好(かっこう)つけるつもり? ずいぶんと気障(きざ)なのね」

「悪いが、俺たちはここで死ぬ気はないよ」


 グレイスと名乗った男はナイフをもう一本投げたあと、樹氷のあいだに身を隠すように龍に乗って逃避行を開始する。


 ネイジュはなんなく氷塊でナイフを弾き、グレイスたちに向かって嵐のように氷棘を浴びせかけた。



 レゼルとシュフェルはネイジュのいた位置を迂回して、ミネスポネが向かった方角へと進んでいく。


 ……そしてついに、彼女に追いついた。

 ミネスポネは、レゼルたちを待ちうけていたかのように空を見あげていた。


 ――山の(いただき)に近い場所。

 ミネスポネの背後には巨大な洞穴(どうけつ)がぽっかりと口をひらいている。

 洞穴の口は厚い氷で(ふち)どられており、その奥は奈落(ならく)のように地の底へと向かっているようだった。


 ミネスポネと氷狐はレゼルたちが近づいてくるのを確認すると、身を(ひるがえ)して洞穴のなかへひらりと舞いおりていった。

 レゼルとシュフェルも、ミネスポネの後を追いかけるように洞穴のなかへと飛びこんでいった。


 レゼルたちは、地の底へと向かって真っすぐに降りていく。

 地表からの光はすぐに届かなくなったが、真下から吹きあげる冷気で、その先に空間が続いていることがわかる。


 長い長い洞穴を落下するように降りていくうちに、穴の底から青く淡い光が(あふ)れだしているのが見えてきた。

 そして、その光の先から強い敵意が向けられている。


 つまり、その光の先にミネスポネがいる……!


「シュフェル、あの光の先にミネスポネがいます! 覚悟はいいですか!?」

「モチロンよ、姉サマ!」


 そして、レゼルたちは青く淡い光のもとへとたどり着く。

 彼女たちは筒のように伸びていた洞穴から、広大な空間へと飛びだしたのだった。


「これは……!」

「なにぃ、ここ……!?」


 彼女たちは龍に翼を広げさせて減速し、ゆっくりとあたりを見まわしながら降下していった。


 ――そこは、とても地下深く潜った先とは思えぬ空間。

 レゼルたちの直下には、巨大な湖が、深い底まで見えそうになるほど透明な水をたたえている。

 見あげるほどに高い天井からはいくつもの鍾乳石(しょうにゅうせき)が垂れさがり、なかには水の底まで柱となってつながっているものも無数にある。


 レゼルたちがいる広間を中心として、各方面へと水路が伸び、複雑な地形を形成しているようであった。

 おそらく地下水の浸食(しんしょく)によって造りあげられたであろうこの空間は、天然の迷宮となっていた。


 ……レゼルたちも、セシリアたちが通った地下水脈の下見には何度か行っているが、この地下洞内は段違いに空気が冷えている。

 水脈としてはつながっているのだろうが、空間としては隔絶(かくぜつ)されているのかもしれない。


如何(いかが)です? 美しい光景でしょう」

「!」


 いつの間にか、レゼルたちの背後にミネスポネと氷狐(ひょうこ)が立っていた。

 先ほどまで抱えていたはずの賢王(けんおう)の姿は影もかたちも無い。

 ミネスポネたちは広い湖の水面に、足場となるように氷の小島をつくりだして、その上に立っていた。


 大地底湖の空間内の気温は明らかに氷点下を下回っていたが、なぜか湖の水は凍っておらず、淡く青白い光を放っていた。

 水が光を放っているのは、ミネスポネによる自然素の操作が加わっている(あかし)だ。


 ……おそらくなにか目的があって、水を凍らせずに管理しているのだろう。

 外から光が差さないこの場所が闇に閉ざされていないのも、この湖が放っている光のためだ。


「賢王はどこです?

 そして、この場所はいったいなんなのですか? なぜ私たちをこの場所に……?」


 氷漬けにされた王城の人びと。

 無惨に殺されていった騎士団の仲間たち。


 レゼルはにじみでる怒りを抑え、静かに問いかける。

 だが、彼女の可憐で細身なからだからほとばしる闘気は、とても隠せそうにはなかった。


 そんなレゼルをあざ笑うかのように、ミネスポネは(そで)の下で笑っている。


「ここは大地底湖。

 かつて水氷(すいひょう)の龍神が翼を休め、このエインスレーゲンが納められていたとされる神聖な場所ですわ。

 其方(そなた)らの死に場所にするには勿体(もったい)ないほど。

 感謝しなさい」

「勝手なこと言ってんじゃねぇよ……!」


 シュフェルも毒づくが、やはりミネスポネが意に介する様子はない。


 ……『氷銀の狐』は水氷の龍神がまとう神気によって生まれた精霊であると言われている。

 狐たちにとっても、水氷の龍神は神聖な存在であるようだ。


貴方(あなた)がたがお求めの賢王は、この広大な空間のどこかにいますわ。

 見つけたければ、わらわに勝ってからゆっくりと探すことね。

 どうせ叶わぬことでしょうけれど」

「叶わぬことかどうかはやってみなければわかりません。

 私たちを今までの私たちと同じとは思わないことです……!」


 レゼルが双剣を構えた。

 エメラルドの刀身が地底湖の水の光に照らされ、蒼翠(そうすい)が混じりあう。


「ガレルたちが、みんなが戦ってくれたから、アタシらはまだまだ全開なんだよ……!」


 シュフェルも長剣の切っ先をミネスポネへと向けた。

 彼女のからだは徐々に電気を帯び、長い髪が逆立っていく。


 ミネスポネが持っていたエインスレーゲンの刀身も、青い光を帯びはじめた。

 ミネスポネは片手にエインスレーゲンを持ち、宙に(ささ)げるように諸手(もろて)をあげた。


「最後に。

 貴方がたをこの場所に連れてきた理由を教えてさしあげましょう。

 ……この大地底湖こそが、わらわのちからを最大限に引きだす場所だからですわ!」


 ミネスポネが言いおわるやいなや、湖の水面から、幾千(いくせん)もの水球(すいきゅう)が浮かびあがった!


 大小さまざまな水の塊は自由自在にかたちを変えながら、宙を不規則に飛びまわっている。

 広大な地下洞のなかを飛びまわる、無限とも思える数の水球を見あげ、ミネスポネは恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべた。


「さあ、わらわと(たわむ)れてたもれ!

 其方らの血潮(ちしお)を混じて、(あお)き色水を真紅(しんく)に染めあげてちょうだい!」


 そう叫び、ミネスポネは宙高く掲げていた諸手とエインスレーゲンの切っ先をレゼルたちへと振りむけた!


「! シュフェル、きます!」

「りょーかい、姉サマっ!」


 不規則に飛びまわっていた水球が一斉に……いや、複雑に時間差をつけて三六十度あらゆる角度から降りそそいできた!


 ミネスポネは氷の結晶を意のままに操ることができたが、無形の水球をあつかうことによってさらに変幻自在に、鋭い軌跡を宙に描くことが可能になっていた。

 攻撃の操作性と鋭さの、格段の向上。


 さらに、水の塊はレゼルたちに接触する直前に氷と化し、威力はまったく衰えていない。

 水の塊は時に鋭く凍って斬りさく刃となり、時には面で凍って頑強(がんきょう)(つち)となった。

 その威力は、鋼鉄ですら容易(たやす)く切りさき、叩きつぶしてしまうことだろう。


 この期におよんで真のちからを発揮し、猛烈な攻撃を仕掛けるミネスポネ。


 レゼルとシュフェルは攻撃の集中を避けるため、おのおの別方向に動きだした。

 ちからをだし惜しむ余裕など欠片もない。

 全力で応酬(おうしゅう)しなければ、圧倒的な水と氷の物量にまたたく間に押しつぶされてしまうことだろう!


 レゼルが巻きおこす風と、シュフェルが発する雷光が、水氷の塊と混じりあいながら地下洞の内部を噴きあれる。

 レゼルとシュフェルは龍との共鳴を深めながら、懸命に剣を振るっていた。


 大量の水と厚い氷を斬る重みで腕が痺れ、ジンジンと痛む。

 一瞬の気の緩みも許されぬ状況に、神経が()りきれそうになる。

 自身の心臓の拍動が、外に聞こえてしまうのではないかと思うほどに強く、速く脈打(みゃくう)っているのが聞こえてくる。


 自分たちが斬った水の塊の水滴が、冷たく顔に降りかかった。


 ――さらにこれ程のちからを隠しもっていたなんて……!


 ――チクショウ、ムカつくムカつくムカつく!

 アタシらはふたりがかりだってのにまた好き放題暴れやがって!


「……でも、私たちは絶対に負けません!!」

「テメェをぶったぎるのは、アタシたちだ!!」


 ミネスポネは荒れくるう水氷の自然素の中心で、笑い声をあげていた。


「強き者が生きのこるのがこの世のさだめ。

 弱き者たちよ、死してわらわにひれ伏すがいい!!」




 次回投稿は2022/9/19の19時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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