第75話 さざ波
◇
――レゼルたちがミネスポネのもとへと向かったあと。
ネイジュからの猛攻が今も続いている。
水氷の自然素の流出によって、かなりちからが削がれたとはいえ、まだまだ周囲には大量の氷雪が残っている状態だ。
彼女自身が練りあげた自然素から飛んでくる氷棘と冷気はもちろん、油断していると周囲に積もっている雪を材料にして、攻撃の起点として氷棘が飛んでくる。
周囲の環境すべてが、ネイジュの攻撃手段となって襲いかかってくる!
「! ヒュード、後ろ斜め上方!」
「グル!」
樹氷に覆いかぶさった雪が、氷棘と化して飛来してきた!
俺の警告でヒュードが横に転がるように避け、俺たちがいたあたりの地面に数本の氷棘が突きささる。
俺は周囲への警戒に徹しており、大部分はヒュードの判断に委ねて、ネイジュの攻撃をなんとか回避することができていた。
しかし、後ろからの奇襲を回避してひと安心する余裕などなく、ただちに次の氷棘が嵐のように飛ばされてくる!
……それにしても、ほんとうに恐ろしいほどの手数の多さだ。
自分が実際に攻撃を受ける立場になってみて、ようやくわかった。
ネイジュひとりでもこれ程激しい攻撃なのに、それらをすべていなしていたレゼルたちの凄さが痛いほど実感として湧いてきた。
って、感心してる場合じゃない!
ネイジュからの攻撃が凄まじすぎて、投げナイフの射程距離内にすら入れない。
向こうもこちらの攻撃手段がナイフしかないことを悟って近づけないようにしている。
ネイジュが敵ながら有能な奴であることは、すでにわかっていたことだ。
――だが、必ず付けいる隙はあるはず。
その隙を見つけるまで、俺とヒュードは雪まみれになって、傷まみれになって、どんなにみっともなくても逃げきってみせる。
だから頼むヒュード、最後までもってくれよ……!
ネイジュは、蔑むような目で俺たちのほうを見つめていた。
「ほんとうに、逃げ足ばかりが速い。
……こざかしいわね」
彼女は、氷棘を飛ばす際に俺たちのほうへ向けていた手のひらを返し、にぎりしめて振りあげた!
『さざ波』
「!!」
それは、『さざ波』なんて可愛らしいものなどでは到底なかった。
俺たちの横側で爆発でも起こったかのように雪が舞いあがると、それはそのまま雪の津波、すなわち雪崩となって押しよせてきたのだ!
白い津波の斜面がトンネルを形成し、ヒュードが斜面に沿ってトンネルを抜けるように飛翔していく。
――俺たちを追いつめるための広範囲攻撃。
だが、この攻撃こそ、俺たちが待ち望んでいた状況……!
ネイジュは、手応えから自分の攻撃が標的を逃してしまったことを感知していた。
だが、雪の波による広範囲攻撃は敵の視界を大幅にせばめる。
雪の波を抜けて無防備になった瞬間を狙い、氷棘を撃ちこむつもりだった。
しかし、ネイジュはほんのわずかな時間だが、標的を見失う。
……いや、正確には自分の目で捉えたものが何なのかを認識するのに、時間的なずれが生じたのだ。
――『さざ波』から抜けてきた、白いものはなに?
本来、ネイジュたち氷狐の眼は逃げまわる獲物の動きを捉えることに適した構造をしている。
だが、先ほどまで煉瓦色の体色をしていたヒュードのからだが、突然白色に変わっていたことが彼女の視覚的認識のずれを生みだした。
おまけに周囲の雪とも同化していて、非常に見えづらい。
『擬態』
ヒュードがもつ特異体質。
周囲の景色にあわせて自由に体色を変えられる。
ヒュードは俺たちの視界がさえぎられるのと同時に、ネイジュからの視線もさえぎられた瞬間に体色を変えていた!
氷のように無表情だったネイジュの顔に、わずかに動揺が走る。
ヒュードは彼女に腹側を見せて飛んでいる。
そして徐々に方向を変え、樹氷のあいだをぬって、横からまわりこむように接近してきていることに気付く。
「小癪! 人間ども!!」
慌てて彼女もからだの向きをかえ、氷棘を飛ばした。
体色変化のからくりに気付くまでのあいだに、彼女は俺たちに接近を許していた。
ヒュードはからだを翻しながら、氷棘をかわそうとする。
「ガルッ……!」
接近したことで回避が難しくなり、ヒュードは翼を撃ちぬかれて傷を負ってしまった。
転がるようにして、雪の積もった地へと落下していく。
だが、ヒュードが背中を見せたとき、ネイジュはさらなる動揺を見せることになる。
――上に乗っていた人間は、どこ!?
ヒュードが見せた背中には、龍鞍しか乗っていなかった。
この瞬間を、待っていた。
『擬態』で敵の眼がくらんだ隙に、投げナイフの射程範囲内まで接近する。
俺は龍鞍の固定をはずし、樹氷の陰に重なった瞬間にヒュードの背中から離脱していたのだ。
そして、意表を突かれたネイジュの視線は、いまだにヒュードのほうを向いている……!
ネイジュの隙を完全についた。
俺は樹氷の陰から踊りでて、二本のナイフを投げた!
「シッ!」
「!!」
一本のナイフは、ネイジュの右腕に命中した。
彼女の腕に深く刺さり、この戦闘中は使いものにならないだろう。
そしてもう一本。
彼女の首をかき切るように飛ばしたナイフは――。
はずした。
正確には、髪一重でかわされた。
ネイジュには姉・クラハのように驚異的な反射神経が備わっていた。
とっさに首を反らされたのだ。
この寒さで、俺の手がかじかんでいたせいもあるかもしれない。
だが、そんなの言い訳にすぎないことは、自分自身がいちばんよくわかっていた。
――俺はとっさに、狙いを浅くしてしまったのだ。
あろうことか、少なくとも外見はひとりの少女にすぎないこの女性に、俺は致命傷を与えることをためらってしまったのだ。
ネイジュがこちらを見ている。
彼女は傷ついていないほうの左手をにぎりしめ、振りあげた。
『さざ波』!!
俺を取りまくすべての動きが、ゆっくりに見えた。
再度、雪の津波が俺を飲みこもうと覆いかぶさってくる。
ヒュードが懸命に、俺を救おうと向かってきていた。
こんな情けない失敗をした俺のために。
とても痛むであろう、傷ついた翼を懸命に羽ばたかせて。
ほんとうに、我が相棒ながらヒュードの動きは素晴らしい。
傷ついていても、相棒は俺のもとにまでたどり着いてくれた。
そしてそこで、俺たちは押しよせる雪に飲みこまれた。
次回投稿は2022/9/22の19時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




