第62話 心をかき乱す声
◇
翌日、俺とブラウジはそれぞれの龍に乗って、氷の壁の前まで視察にきていた。
俺たちの後ろには、ブラウジ直属の重装龍兵五人衆も付いてきている。
レゼルやシュフェルも誘ってみたのだが、「悔しくてジッとしてられない」とのことで、訓練をしにふたりして近くの小島に飛んでいってしまった。
死闘を繰りひろげたのはつい昨日のことだというのに、ほんとうに元気なことだ。
俺は氷の壁のすぐそばにまで近よって、あらためて壁を見あげてみた。
――何度見ても、ほんとうに高くて厚い壁だ。
外は暖かいが、氷のそばまで来ると空気がヒンヤリとしている。
氷の壁の内部に冷気が閉じこめられているのなら、壁を壊せばいい。
極めて単純明快な発想であった。
ためしに拳をグーにして叩いてみたが、ビクともしない。
ナイフで削ってみると、少しずつなら削れるが、これではいつになったら向こう側までたどり着けるのかわからない。
ちょっと舐めてみようかとも思ったが、舌がくっついたら困るのでやめといた。
感触的にはやはり普通の氷よりも硬い気がして、自然素の操作によってつくりあげられたものなのだとわかる。
そもそも、この外気温でまったく融ける気配がないこと自体がおかしいのだ。
「うーん、みんなで協力して掘ってみても駄目だろうなぁ」
「掘れることは掘れるじゃろうが、多大な人員を割くことになるじゃろナ。
それに、多少の穴が開いたところですぐにまた塞がれるのがオチじゃろうゾ」
「ハイホー♪」
俺とブラウジの背後では五人衆が踊りの練習をしており、曲の節目節目で合いの手を入れている。
「レゼルとシュフェルなら壊せるだろうけどな」
「派手に壊せば、すぐに修復されるじゃろうナ。
壊したり修復したりを繰りかえすうちに、姫様たちの体力のほうが削られてしまうゾ」
「ハイホー♪」
「ふたりのうちのどちらかを壁の破壊に専念させてもいいけど、向こうにはミネスポネがいるうえに、双子までいるしな……」
「きのうの敵の戦いぶりを見るに、戦力の分散は望ましくないじゃろうナ」
「ハイホー♪」
ハイホーハイホーうっせぇな!
……しかし、こう見えても五人衆はかなりの実力をもった戦士たちなのだ。
突っかかっても返り討ちにあうのが関の山なので、俺はグッと怒りの感情を飲みこむ。
ここから先は心の防音壁で雑音を遮断することとしよう。
「つまり、敵はレゼルたちとの戦いに目を向けさせつつ、ほかの手段で一気に壊すのがよさそうってことだな」
「まぁ、そういうことじゃナ。
敵も双子の後ろにミネスポネが控えるかたちをとるじゃろうから、なかなか難儀だがのぅ。
それに、どうやって一気にこの厚い氷の壁を壊すかじゃ」
そう言って、ブラウジは腕を組んでウーンとうなった。
俺はめげずに提案する。
「アイゼンマキナ軍が残した火炎放射器を使うのはどうだ?
機龍兵用とは別に、燃料も残ってるんだろう?」
機龍兵用の燃料は危ないから余ってたとしても使わないほうがよい。
なにせ『液体助燃剤』を混ぜたのは俺だからな。
「役には立つじゃろうが、所詮携行を前提とした兵器じゃからの。
多くは爆発に巻きこまれて消滅してしもうたし、ひとつひとつもすぐに燃料が切れるから今一歩もの足りない感じじゃ。
オヌシのせいじゃゾ」
……たしかに、火炎放射器の数が減ったのも俺のせいかもしれない。
「じゃあ、固定砲台は?」
「破壊力としては申し分ないが、輸送が大変じゃし、固定する台座が必要じゃ。
まずは工事が必要じゃナ。
ファルウルの軟らかい土壌だと地盤工事からじゃ」
ウーン……!
俺とブラウジはいっしょになってうなる結果となってしまった。
話が行きづまると、どうしても「ハイホー♪ ハイホー♪」という声が耳に入ってきてしまう。
こんなときにホセがいればなぁ。
「そうだ! ホセ!」
ひらめいた。
今は遠く離れてしまったが、俺たちにはホセという心強い仲間がいるじゃないか。
そして脳内のホセに引っぱられるかのようにして、新たな発想がわいてきた。
まだ隣国であるファルウルなら、カレドラルから強力な後ろ盾を得られるじゃないか。
ブラウジとの対話から、新たな気づきが得られた。
そして、ホセという優秀な後方支援がいてほんとうによかった。
彼ならきっと、短い期間でも手際よく準備を進めてくれるはず。
俺は自分が倒すべき敵そのものであるかのように、氷の壁を見据えた。
◇
――さらに三日後。
俺はレゼルとシュフェルを連れてロブナウト商会の本部を訪れていた。
時刻はまだ朝と昼のあいだくらい。
外はよい天気で、ファルウルにしては珍しい、晴れわたる青空だ。
ふたりは今朝も朝早くから訓練に没頭していたが、この数日間あまりにも根を詰めすぎていたので、むりやり連れだしたのだ。
可愛らしい秘書さんがコンコン、と会長室の扉をノックする。
「会長、お客様ですよ」
「入れてくれ」
秘書さんが先に扉を開け、なかに招きいれると、奥の大机にロブナウトが座っていた。
大量の書籍に、机のうえには契約書の山。
窓からは明るい光がさしこみ、棚に陳列されているレヴェリア各地の貴重な風物を照らしている。
「よお、坊主。どうした急にやってきて。
また俺が恋しくなったのか?」
「話を聞きにきてやったんだよ、クソオヤジ」
「ロブさん、おっはよー!」
「おお、おはよう嬢ちゃん。
きょうも元気だな、ガハハハ!」
……シュフェル、なんで俺が「オッサン」なのにそこのオヤジはオッサン扱いしないんだ?
どう見てもそこのオヤジのほうがオッサンだろ?
俺は悲しいよ。
ロブナウトが立ちあがり、レゼルに恭しくお辞儀をした。
「女王陛下、ようこそおいでくださりました。
事前にご連絡をいただければ、おもてなしの準備をいたしましたのに」
「いいえ。
ロブナウトさん、どうぞそんなにかしこまらないでください。
私はまだ若輩ですし、あなたが皆にするように、気さくに接してくださるほうが私は好きです」
「承知しました」
ロブナウトは再度頭をさげる。
だが、幼子に敬意を表するときのような笑顔を見せ、同じお辞儀でも先ほどより柔らかい印象を受けた。
「さぁ、外は気持ちのよい晴れ空です。
せっかくのお天気ですから、お話は外を歩きながらでもいかがですかな?」
ロブナウトの提案で、俺たちは商会の建物の外へとでた。
ポルタリア商会本部のある街の中心部は、周囲の農村部とは雰囲気がだいぶ異なる。
建物こそ木造が多いものの、カレドラルから買いとった白色の石材と建築技術がふんだんに使われた、石畳の街だ。
決して広くはないものの、ファルウル国民からしてみれば、異国情緒のただよう街ということになる。
道路の脇には水路が流れ、街のいたるところに泉や噴水がある。
水路の水が陽光に照らされて輝き、清らかな音をたてて流れている。
麗水の国の名に恥じない、美しい街だ。
……だが、そうした街の明るい光景とは裏腹に、俺は心のなかに言いしれぬ不安を抱えていた。
じつは、氷の壁を破壊する手筈の準備はすでに始まっていた。
先日、ブラウジとの対話を終えたのち、すぐにカレドラルにいるホセに向けて使いをだしたのだ。
あとはホセが準備を整えてくれるのを待つばかりなのだが……。
なぜか嫌な予感がする。
思いついたときはとてもよい考えだと思ったのだが、なにかを見落としているような、なにかもの足りないような……。
そんな不安を感じるのだが、不安の正体がわからずにいた。
気分転換に、とレゼルやシュフェルを連れてでかけてきたのは、自分のためでもあったのだ。
そんな俺の不安など知るよしもなく、レゼルたちは楽しげにロブナウトの街の案内を受けている。
本日もシュフェルはかたのりシュフェルだ。
「ほんとうに、綺麗な街ですね」
「石造りも、カレドラルみたいでイイカンジ!」
「ハハハ、気に入っていただけましたかな。
この街の光景は、ファルウルとカレドラルの友好の証でもあるんですよ」
こうした昔ながらの光景が保たれているのは、ポルタリアの民が農耕や漁業、商業を生業にした人々で、武力を好まなかったからだ。
激しい抵抗を行ったカレドラル国内や、ファルウルの王都ルトレストでは、こうはいかない。
と、街の中央にある一番大きな噴水の広場まできたところで、ロブナウトは俺が浮かない様子でいることに気がついたらしい。
噴水は豊富な水量と水位差を利用して水を噴きあげている。
水の飛沫がキラキラと光を反射し、虹をつくりだしていた。
「おう、どうした坊主。悩みごとか?
そういや俺の話を聞きにきたって言ってたな」
「ああ。……『氷銀の狐』。
俺も氷の壁内に行って、初めて本物を目のあたりにしたよ。あいつらの恐ろしさもよくわかった。
狐たちと戦うための手がかりをなにか得られないかと思って、あらためてあんたの話を聞きにきたんだよ。
どんなことでもいいから、知っていることがあったら話してくれないか」
そう言って、俺は深々と頭をさげた。
レゼルがちょっと驚いたような顔でこちらを見ているのを感じる。
「グレイスさん」
「……お前は昔から、ツッパってみせてても、必要だと思えば頭をさげて、素直に教えを請う奴だったな。
そういうとこはお前のいいところだ。大事にしろよ」
ロブナウトが考えごとをするように自分の顎をなでた。
「とは言え、なにか知っていることなぁ。
役に立つかどうかはわからんが、俺が『氷銀の狐』について知ってることはすべて話してみるよ。
使える情報かどうかは、自分たちで判断してみてくれ」
――こうして、俺たちはロブナウトから『氷銀の狐』に関する話を聞けることとなった。
ロブナウトの話の内容は次回に続きます。
次回投稿は2022/8/14の19時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします!




