第56話 氷銀の世界を統べる者
◇
「覚悟!」
「死ねえええええぇ!」
レゼルとシュフェルが剣を向けて迫る。
双子にとどめを刺そうとした瞬間、異変が起こった。
「「!?」」
彼女たちと双子のあいだを遮るように、一瞬にして地面から巨大な氷の壁が立ちあがってきたのだ!
最初に上空で騎士団に飛んできた氷の山のように、厚くて巨大な壁だ。
そして、その圧倒的な存在感を察知し、レゼルとシュフェルは王城のほうを振りむいた。
戦場にいた誰もがその気配に気づき、戦いをやめて王城のほうへと視線をそそぐ。
味方どころが、氷の狐たちまでもが恐れおののき、動きをとめてしまっていた。
はるか遠く、王城の先端となる尖塔から、何者かが飛びおりたのだ。
その何者かは、双子が乗っているのよりもさらに大きな氷銀の狐に乗っていた。
通りすぎた軌跡上では空中に微細な氷の結晶が形成され、光を反射して輝いている。
何者かが空中を舞う姿はまるで女神が降臨するさまのように美しく、騎士団員たちは目を奪われた。
だが同時に、その姿を見た誰しもが、自身の本能が警告を告げているのを感じとっていた。
その美しく妖しき者が、自分たちの命を摘みとる存在であるのだということを……!
彼女が乗る氷狐が着地したとき、その着地点を起点として、極寒の戦場にさらなる冷気が広がった。
――疑うべくもなかった。
もう間違いない。
彼女こそが五帝将のひとり、『氷華』ミネスポネだ……!
ミネスポネは双子と同じように、一枚の布地でできた服を、腰布で結んでいる。
顔つきもそっくりで、まさしく双子の母親といった風貌だ。
だが、氷細工のように美しく長い髪のあいだからは狐のような耳をピンと覗かせており、妖しく危険な雰囲気と不思議な隔たりを醸しだしていた。
ミネスポネは戦場に降りたつと黙ってレゼルたちがいる方向を見据えていたが、ふと、氷狐の足もとに人間がいることに気づく。
「おや?」
彼女が視線を落とした先には、一般龍兵のひとりが恐怖で腰を抜かしていた。
まだ若い青年だ。
彼自身はほぼ無傷のようだったが、乗っていた龍は氷狐に胸を切りさかれて絶命しており、すぐそばに横たわっていた。
持っていた剣も、すでに根元から折られている。
ミネスポネはさも哀れ、とでも言わんばかりの顔で氷狐の背中から降り、兵士のそばにひざまずく。
兵士が恐怖のあまり、表情とからだを引きつらせた。
「ひっ!」
「あらあら、お可哀想に。
龍を殺されて怯えていたのでございましょう。
それに、手にお傷……血が流れていますわ」
兵士は手の甲に傷を負っていた。
小さな傷だが、傷口からは血が流れつづけ、雪を赤く染めている。
ミネスポネが優しげな素振りで、手に手を取った。
「な……!?」
「今、とめてあげる」
そう言って、ミネスポネは傷口にくちづけた。
「あっ、あっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……っ!!」
兵士は血液の流れを介して、体内から氷漬けにされていく!
最期は体が硬直したまま絶命し、氷像のように動かなくなってしまった。
ミネスポネは立ちあがり、唇についた血液を舐めた。
その顔には獣のように残忍で、それでいて艶やかな笑みが浮かぶ。
「……ね、とまったでしょう?」
惨たらしく仲間を殺され、騎士団員たちが身じろぎすらできずに立ち尽くすなか、レゼルとシュフェルがミネスポネのもとへと向かい、到着した。
レゼルが双剣を振りかざし、ミネスポネへと話しかけた。
「あなたが五帝将のひとり、ミネスポネですね……!」
「左様です。
わらわも貴方がたのことは存知あげておりますわ。
なかなか血の気が多い方々とのことで」
「んだぁ、コイツ。
お高くとまりやがって……!」
シュフェルが殺気だつが、レゼルは冷静に話を進めようとする。
「狐たちとともにこの国、ファルウルから去りなさい。
去らなければ龍神の御名のもと、あなたたちに制裁を与えます」
「あら、これは驚天」
ミネスポネはわざとらしく驚いたような素振りをしてみせた。
「わらわたちは、古来よりもともとこの土地に住むもの。
勝手に国という仕切りをつくり、土足で踏みこんできたのはあなたたち龍と人のほう。
わらわから言わせれば、よそ者はあなたがたのほうですわ」
ミネスポネのまわりで、雪が逆巻き、舞いあがりはじめる。
「でていけなどと、無粋なことは言いませぬ。
凍って砕けたあと、外に運びだすのは面倒だもの」
「……!」
レゼルとシュフェルが、剣を構えた。
と、そこで双子が氷の塊をそりのように滑らせてミネスポネのそばまでやってきた。
双子はそりから飛びおりて雪の上に着地すると、姉のほうがミネスポネにすがるように話しかけた。
「母上、さっきは虚を衝かれたけど、あいつらはあたしたちが……!」
「クラハ、おさがりなさい」
「でも、あいつらは……っ」
「 お さ が り な さ い 」
ミネスポネが冷たいまなざしで凄むと、双子はふたりでからだをびくつかせ、身を寄せあって黙りこんでしまった。
双子の姉妹のあいだでも上下関係を感じたが、母親の支配はそのはるか上方から抑圧するものであるらしかった。
「あなたたちへのお仕置きはあとで行います。
今は邪魔だからさがっていなさい」
「はい、母上……」
クラハと呼ばれた姉のほうは、血の気のない顔をさらに凍りつかせ、からだを震わせたままうつむいている。
ネイジュにからだを支えられ、双子はミネスポネの後方へとさがっていった。
舞台から降りていく双子とは裏腹に、ミネスポネの周囲ではさらに氷雪が激しく渦巻き、彼女は昂揚していた。
「興を削いでたいそう失礼いたしました。
さぁ、お待ちかね。
めくるめく氷宴をとくとお楽しみあれ!」
そのとき、ミネスポネの服の袂から青白く光る刃が姿を見せた。
手に納まるほどの長さの短剣で、とうてい剣どうしの戦いには不向きな刀身。
だが、容貌自体が氷細工のようなミネスポネにふさわしい、繊細にして優美な造り。
柄には流れる水と氷の結晶を模した装飾がほどこされていた。
――『水氷の短剣 エインスレーゲン』
レゼルたちから話は聞いていた。
カレドラルはかつて神剣を二本(風の双剣リーゼリオン、炎の大剣ブレンガルド)も所有していた神聖国家だけあり、神剣に対する造詣は深い。
五帝将に関する情報はなくとも、神剣に関する知識は俺が周遊していた世界じゅうのどの国よりも充実していた。
水氷の短剣エインスレーゲン。
万物を凍らせるほどの冷気を内に秘める、龍神たちが造りし奇跡の短剣。
数ある神剣のなかで、もっとも剣としての殺傷力は劣るが、もっとも自然素の操作に長けた剣。
内部で吹雪が荒れくるうかのように。
今、水氷の神剣の刀身が、青く輝く――!
ミネスポネは賢王の前でのみ一人称『私』です。
次回投稿ですが、2022/7/27の19時に、予約投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




