第49話 にぎやかな夜
第2部冒頭、滝の要塞レスケイドを制圧したあとの場面から始まります。
◇
要塞レスケイドを制圧し、ポルタリアを解放した俺たちは、住民たちから手厚い歓迎を受けた。
日中のうちに戦いを終え、大まかな戦後の処理も行った。
騎士団側の死傷者は少数で、降伏した敵兵の捕虜たちもひとまず要塞のなかに監視つきで待機してもらっている。
すべてが終わったころにはあたりはもう、すっかり暗くなっていた。
入り口の街、ポルタリアは自然の豊富な田舎町という風情だ。
街や町というより、『村』といったほうがしっくり来るかもしれない。
石造りの建物が多いカレドラルとはまったく雰囲気が違っていて、木造の原始的な造りの建物が多い。
道路もあまり整備や舗装がされておらず、通り道は踏みならされて土が剥きだしになっているような感じだ。
気候が温暖なので建物は開放的な造りをしており、空気もどことなく湿ってむわっとしている。
周囲の木々の闇のなかからは、常に小川のせせらぐような水の音と、虫の鳴き声が聞こえてくる。
外は飛んでいる虫が多いが、建物の周囲に虫が嫌う植物を配置しているので、なかにはあまり入ってこない。
レゼルや幹部衆など、騎士団の主要人物たちは街でいちばん大きな建物である集会所に案内してもらった。
(俺もさりげなくついて行かせてもらってしまった)
ほかの騎士団員たちも、捕虜の監視から交代制で帰ってくると、街の住民たちから食事を提供してもらっている。
俺たちを集会所で待っていたのは、まさしく食べきれないほどの量のごちそうの山だった。
レゼルが作る料理の量も大概だが、それすらも少なく感じてしまうほどの量で、思わず笑ってしまう。
いったい、ひとりあたりどれくらいの食べる量で計算しているんだ、この人たちは……?
運ばれてくる料理もまた、レゼルが作るような調理技術の粋を集めた繊細な料理ではない。
果実や野菜、木の実、そして川魚をふんだんかつ大胆に使った、豪快な料理だ。
大きな葉っぱの皿に、皮を剥いた果実や、丸焼きにした魚がどーん! と乗っているような感じ。
だが、豊かな自然で育てられた作物や魚は濃厚かつ新鮮で、素材本来の味だけでも非常にうまみが強く、おいしい。
そうした豪快な料理が、木製の大きなテーブルに、所せましと乗っかっているのである。
もてなしをしてくれるポルタリアの人々もまた、特徴的だ。
気候が暖かなので、彼らは薄手で半袖の麻のシャツを好み、色とりどりの花から抽出した色水で明るい色に染めている。
こうしたのどかな自然環境に囲まれて育つためなのか、ファルウルの国民性はとても穏やかでのんびり屋であることは有名だ。
周囲に食糧が豊富にあるので取りあいになることは少なく、狩猟をしなくても勝手に栄養豊富な果実がみのる。
そんな環境で育つおかげなのか、彼らは争いごとは苦手だけども、他人に気遣いをする余裕がある。
この集会所にもふくよかなおばちゃんたちが何人かいて、先ほどから「姉ちゃんたち細いねぇ、食いな食いな!」とレゼルたちにどんどん食わせようと勧めてくる。
さしもの大食いレゼルとシュフェルも、大変そうにしているのが可笑しい。
俺もめちゃくちゃ食わされて腹が張りさけそうだが。
また、彼らが友好的なのには、近隣国として旧・カレドラルとも非常に良好な関係を築いていたという歴史も関わっているだろう。
かつて帝国の大規模侵攻が起こる前までは、両国は積極的に交易が行われており、ファルウルの農作物や水と、カレドラルの牧畜産物がよく行き交いして取引されていたという。
平和を好む大国どうし国民性の相性もばっちりで、ウマが合ったというわけだ。
帝国に占領されたのちも、ポルタリアの農民たちは武力による反抗を好まなかった。
食糧を生産して帝国領土の各国に送るという役目を果たすという名目もあったので、比較的虐げられずに、従来の生活を維持することを許されていた。
だが、重度の税を課せられて苦しんでいたので、やはり帝国の支配から逃れることができるのはうれしいとのことだった。
そんな風にポルタリアの人々の話を興味深く聞いていたのだが、突如、集会所のとびらの向こうからドスドスドス! という騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「げっ」
俺は思わずうめいてしまった。
自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。
……そうだ、ここはポルタリア。
やつがいる場所じゃないか!
この足音は間違いない。
俺としたことが、戦いのことで頭がいっぱいで、そんな大事なことを忘れてしまっていたなんて!
俺がひとりで青ざめているのなんて知ったことかと言わんばかりに、足音はどんどん迫ってくる。
そして、その足音は扉の前まで近づき……。
バターン! という感じで勢いよく扉はひらかれた。
扉のこちら側に誰かいたらどうするつもりだ。
扉をひらいた主は、入り口に納まりきらないほどの大男だ。
その大男は開口一声、腹まで響く大音声で叫びをあげた。
「ガ―ハッハッハッハァ!
ようこそおいでなさりました翼竜騎士団御一行さま!
今宵は心ゆくまで楽しんでいってくださいませぇ!」
あまりの勢いに、騎士団の面々はみんな目が点になり、食事を運ぶ手がとまっている。
みんなの頭に浮かんだであろう「誰この人?」という疑問符。
そんな騎士団員たちの様子などまるで意に介することなく、大男はきょろきょろと集会所内にいる誰かを探しはじめた。
「あれ?
急にテーブルの下に隠れてどうしたんですか、グレイスさん。
頭は隠れてますけど、お尻が見えてますよ?」
「……俺のことは放っておいてくれ、レゼル」
レゼルが不思議そうに俺のお尻を見つめているのを感じる。
「むわっふぁっふぁ、隠れても無駄だ坊主。商人の嗅覚をなめるなよ。
誰がお前に商売のイロハを教えてやったんだと思ってるんだ?
お前が騎士団御一行さまに加わっているという話は、すでに俺の耳に届いているんだよ!!」
そう言って、大男はテーブルの下にいた俺のお尻、もとい腰のあたりをつかんで軽々と抱えあげた。
普通の成人男性くらいの体格の俺を、まるで赤子に高い高いをするかのように持ちあげている。
「おう、坊主! 久しぶりだな!
会いたかったぜ、ガハハハハ!」
「その呼びかたで呼ぶんじゃねぇ。
あと手を放せぇ」
俺は宙に浮いた手足をばたつかせるが、この男の腕はびくともしない。
ちからでは、まったく敵いそうにない。
だからこいつは嫌いなんだ。
……いくつになっても、俺を子供あつかいするから。
「グレイスさん、このお方は?」
「んお? これは失礼いたしました!
あなたがレゼル様ですな?
聞きしにまさる美貌と若さ!
あなたのような麗しいお嬢さまが翼竜騎士団の首領とは、いやはや驚きですな!」
「はぁ……」
臆面もなく述べられる賛辞の言葉に、レゼルはほんのり頬を赤らめている。
「私の名前はロブナウト。
ポルタリア商会の会長にして、ここポルタリアの街長であります!
そして、ひよっこだったこの坊主に商売を叩きこんだ当人でございます。
以後お見知りおきを!」
ゴウ! とでも音が聞こえてきそうな無駄な迫力で挨拶を済ませるロブナウト。
「いいから放せぇ、クソオヤジ」
ロブナウトの挨拶をよそに、俺はまだ空中でばたついていた。
「ん? なんだ久しぶりに会えてうれしいのか?
どれどれ、よほど甘えたいようだな」
「だから俺を放せっつってんだよ。
頬ずりするな!」
……やっとのことで放してもらえた。
子ども同然に扱われる俺を見て、騎士団の面々から笑いが起こる。
くそぅ、なんで俺まで赤面しなきゃならんのだ。
――そうなのだ。
俺とヒュードが行商になりすまして帝国をでたばかりのころ、商売がうまくいかず資金が尽きそうになったところで転がりこんだのがコイツのところだったのだ。
しばらく衣食住をまかなってもらったうえ、商売の基本を教えてもらったのは残念ながら事実である。
それにしても、久しぶりに見るとほんとうにデカい。
顔は切り傷だらけのうえ、体格はがっしりとしていて、背丈も横幅もアレス以上。
なんなら見た目だけならこの場にいる誰よりも強そうだ。
……そんなロブナウトの足元に、いつの間にかひとりの人影が立っていた。
「……ん?
なんだこの可愛らしいお嬢ちゃんは?」
ロブナウトが見おろすと、いつの間にかシュフェルが奴の足元に立っていた。
青いサファイアのような瞳を向けて、じっと奴を見つめている。
かなりの身長差があるので、すっかり上を見あげる感じだ。
「……初めて会ったけど、なんかアンタとは気が合いそうな気がする……」
「おう、初対面でアンタ呼ばわりとは気が置けなくていいねぇ!
人形みたいな見た目をしてかなり豪気な嬢ちゃんと見た!
よろしくな、ガハハハハハ!」
「おぅ!
こちらこそよろしくな、ガハハハハハ!」
ロブナウトとシュフェルはいっしょになって腰に手をあて、ガハハ笑いをしている。
お互いの豪快さを一瞬で感じとったらしく、豪快仲間と認識したようだ。
なんのこっちゃ。
「さてさて、皆さま本日は戦いでお疲れでしょう!
今宵はどうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ。
明日、ポルタリアの現状についてご説明しましょう!」
ロブナウトが、無駄に勢いのある声でそう締めくくった。
――こうして、ファルウルでの初めての夜がにぎやかに過ぎていく。
次回投稿は2022/7/2の午前11時ころにアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




