第50話 丘の上から
◇
歓迎会の翌日、幹部衆はロブナウトに連れられて街の近くの丘に連れられていった。
そんなに高い丘ではないが、頂上は見晴らしがよく、ポルタリアの全貌や、ファルウルの王都『ルトレスト』のほうを見ることができるということだった。
一行は龍に乗って、ロブナウトによるファルウルの地形や気候、歴史などについての解説を聞きながら、頂上への道を歩いて進む。
道のりの途中では美しく咲く多くの花々、さまざまな種類の昆虫や小動物、木漏れ日のあいだから聞こえてくる水のせせらぎが騎士団の面々を楽しませている。
人間や龍に危害を加えるような大型動物が少ないのも、ファルウルの自然の特徴だ。
――俺たちを案内しているロブナウトの肩には、シュフェルがチョコン、と乗っていた。
肩の上に座ってシュフェルはニコニコ顔。かたのりシュフェル。
……ていうか、仲よくなるの早すぎじゃないか?
くそぅ、俺もシュフェルと早く仲よくなりたいのに。
俺はますますロブナウトへの苛だちを募らせる。
ちなみに、クラムは大好きなポルタリア産バナナをたらふく食べたら眠くなって、寝てしまったとのこと。
ロブナウトは幹部衆への説明の合間に、俺にも話しかけてきた。
どうやら要塞レスケイドを攻めおとしたときの話らしい。
「それにしても坊主、お前もやるようになったなぁ。
どこで仕入れたんだ、あんな凄まじい兵器。
遠くからでよくは見えなかったが、橋を粉々に撃ちくだいたり、まるであの要塞レスケイドに雷を落としたようだったぞ。
豪快で俺は好きだがな、ガハハハハ!」
どうやらこのオヤジは俺が武器商人として騎士団のお抱えになっていると思っているらしい。
それをやったのはアンタの目の前にいる可憐なお嬢さんたちなんだがな。
とくにそのうちのひとりはアンタの肩に乗ってるぞ。
肩の上でシュフェルが自分をクイクイ指さして「それやったのアタシだって、アタシ」「んん? 自分の手柄だってか? 相変わらず豪気なお嬢ちゃんだ、ガハハハハ!」とお決まりのやり取りをしている。
俺が何度も繰りかえし説明して、やっとレゼルとシュフェルが龍騎士であるということを信じてもらえた。
「いやぁ、お嬢さんたちが伝説の龍騎士だったってのか。
カレドラルの龍騎士が復活したという噂は聞いていたのだが、この可愛らしい見た目からはまったく想像できん。
……だが、あなたたちならほんとうにできるかもしれませんなぁ、あれをうち崩すことが……!」
「あれ……?」
ファルウルを何度か訪れていた俺には心当たりがあった。
ロブナウトの含みのある物言いを疑問に思った者もいたが、そうこうしているうちに俺たちは丘の頂上へとたどり着いた。
「おぉ~!
ホントだ、景色きれいだな~!
ボク、ファルウルのことがすっかり好きになっちゃったよ」
「アンタって、こういう景色好きよねぇ。
龍で飛んだときに散々景色は見てるじゃないの」
素直に喜びを表すティランに、ツッコミを入れるのはシュフェル。
たしかに、丘から見えるファルウルの景色は美しい。
一面が緑に覆われ、数多くの湖沼を川がつないでいる。
足元に広がるポルタリアの街のあいだにも、幾筋もの川が流れているのがわかる。
だが、そんな穏やかで美しい景色のなかで、圧倒的な違和感と存在感を放つ箇所がひとつ。
王都『ルトレスト』の光景。
……いや、正確にはルトレストをとり囲むようにして立つ巨大な『氷の壁』だ。
氷の壁は高く、厚く、この位置からでは壁に囲まれた内部はまったく見ることができない。
さらに、氷の壁に蓋をするように暗雲がたち籠めているため、上空まで飛んでいったとしても内部の様子をうかがうことは難しいだろう。
ファルウルは空気が湿っており、島の上空には常に雲が浮かんでいる。
天候が悪くなることも多く、島のあちこちの雲では局地的に雨が降ったり、雷が鳴ったりしている。
しかしそれでも、明らかに氷の壁に蓋をしている暗雲は不自然で、まるで何者かに操作されているかのような印象を受けた。
ロブナウトが、氷の壁を指さしながら説明を始めた。
「皆さん、あれがファルウルの王都『ルトレスト』ですよ。
……と言っても、見えているのはその周囲一帯の地域を囲むように築かれた、氷の壁だけですがね。
あの氷の壁は十年前の帝国の大規模侵攻のあと、わずか一夜にして建造されたものです」
「一夜にして、じゃと……!?
そんなことが可能なのですカナ……!?」
「……あれは、天然の氷ではありませんね。
ここからでもわかるほど、強い自然素の集まりを感じます。
あれは恐らく、『水氷の自然素』を固めて築きあげられたものです」
感嘆の声をもらすブラウジに、はるか遠くを見据えて分析するレゼル。
彼女の言葉に、ロブナウトはうなずいた。
「自然素とやらに関しては私ゃわかりませんがね。
あの氷の壁は五帝将である『氷華』ミネスポネが、たったひとりのちからで築きあげたという話です。
そして、ルトレストの住人たちはみんな生きたまま氷漬けにされており、氷の壁内ではミネスポネが統率する『氷銀の狐』が巣くっているのです」
「氷銀の狐……!」
レゼルがはっとしたように目を見ひらき、その言葉に反応した。
俺も詳しいことまでは知らなかったため、『氷銀の狐』に関してはまだレゼルに教えていなかったのだ。
さすがはレゼル、アイゼンマキナとの戦いの日々のなかでも、自身の知識を広げる努力を怠っていなかったに違いない。
「レゼル、知っているのか」
「いいえ。
でも『氷銀の狐』って、ちょっと良い響きだなと思って……」
レゼルは少し頬を赤らめながら答えた。
……あぁ、『氷銀の狐』って軽小説にでてきそうな言葉だもんな。
ちなみに本人は軽小説好きを隠しているつもりらしいが、昔ながらの騎士団員たちはほぼ全員知っていることらしい。
ロブナウトの説明は続く。
「氷銀の狐は冷気を身にまとう、人智を超えた化け物です。
氷の壁内に人間の帝国兵はほとんどいないそうですが、恐ろしく手ごわい魔物たちだと思いますよ」
「……へぇー? 面白そうじゃん」
ロブナウトの肩の上で不敵に笑うシュフェル。
いっぽう、レゼルは表情をひき締めなおして、幹部衆の面々に呼びかけた。
「いずれにせよ、外部から敵の戦力を測るのは難しそうですね。
とはいえ、目的地ははっきりしています。
得ている情報は少ないですが、至急、軍を編成して壁内を探索する準備を始めましょう」
レゼルの呼びかけに、幹部衆はおのおのうなずいた。
「氷の壁内は極寒であると聞いております。
我々ポルタリア民からもせいいっぱいの物資を支援させていただきますが、どうか入念に準備をなさってくださいませ」
最後にロブナウトがそう言って、しめくくった。
次回投稿は2022/7/7の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




