第33話 入国者の証
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「『特戦機龍 第陸式』」
ゲラルドが唱えると、床の模様の入ったタイルの一枚一枚から機龍の腕が伸び、無数の腕となって俺たちに襲いかかってきた!
腕の数が多すぎて精鋭ぞろいの騎士団員たちも対応しきれない。
ブラウジも何本か機龍の腕を叩き斬ったが、やがて拘束されてしまい、十人あまりの騎士団員たちは全員捕らえられてしまった。
もちろん、機龍の腕は俺をも捕らえようと伸びてくる。
――ゲラルドの、機械を開発する技術力はほんとうにどうなってるんだ……!?
ひとりだけ生きている時代を間違えてやがる……!
「ヒュード!」
俺は腕が伸びてきた時点でヒュードを呼び、背中にとび乗っていた。
ヒュードは持ち前の身のこなしで床から次々と伸びてくる腕をかわし、あと一歩、手を伸ばせば届くというところまで飛空船に迫った!
……だが、そこで俺もヒュードも伸びてくる腕につかまって捕らえられてしまう。
飛空船はすでに部屋の壁をくぐり抜け、城から突きでた離陸台にまで到達していた。
「グレイス!」
「ヒャーハッハッハァ!
惜しかったが残念だったなァ!
あと一歩で届いたのになァ」
後方から味方の悲嘆の声が、上方からゲラルドの不快な高笑いが聞こえてきた。
「やれ!」
「ハッ!」
ゲラルドがそばにいた護衛の兵たちに顎で指図すると、城のあちこちから爆裂音が聞こえ、城全体が大きく揺れた。
どうやら城の各所を爆破して倒壊させ、内部にいる翼龍騎士団ごと潰すつもりのようだ!
「このまま特戦機龍の腕でキサマらをちぎり殺すのは容易だが、死の直前まで恐怖に怯えつづけるがいい。
瓦礫にまみれて死ね!」
目前で飛空船のプロペラで煽られ、夜の冷たい空気が顔に当たる。
大型の飛空船がふわりと浮かび、逃走していく。
追いかけたくとも、機龍の腕にからだのあちこちをつかまれて動けない。
つかまれた腕にきつく締めあげられ、ギシギシとからだが軋む。痛みで意識が遠のきそうになる。
――だが、逃がさない。
ゲラルド、お前だけは決して逃がすわけにはいかない……!
俺は身体を拘束される間際、とっさに口にくわえた笛を全力で吹いた。
アイゼンマキナの国境を超える許可を得たことを示す、証の笛を。
俺とヒュードが飛空船を追いかけたのは、建物の外に一歩でも近づくためだ。
……だって、そうだろ?
非力な俺が飛空船に手を触れたからって、なにかできるわけじゃないんだからさ。
俺の口もとで、規格外の騒音が鳴りひびいた。
◆
警報音のように硬質な笛の音が、城から突きでた離陸台から、都市の隅のほうに届いてしまうほど遠くまで響きわたった。
その音は、飛空船の厚い鋼板を通りぬけて、ゲラルドの耳まで届くほどであった。
「なんでこんなときに笛の音がァ……?」
「ゲラルド様! 下方から龍が……!」
「エ?」
飛空船の窓を通してゲラルドとその下僕たちが見たものは、地上から一気に飛びあがり、目前まで迫ったシュフェルとクラムだった。
――臨時の軍事会議で、グレイスから幹部衆に作戦の大筋が伝えられたときの一場面。
グレイスは想定しうる事態について補足の説明をしていた。
「ゲラルドは武人じゃない。
卑劣な男だと聞くから、自分の身が危ないと思えば残された兵も民も置いて平気で逃げだすだろう。
本番ではそんな余裕はないかもしれないが……シュフェル、もしゲラルドが飛空船で逃げだすのを見つけたら、機龍兵の足止めはもういい。
迷わず叩きに行くんだ」
「うっせーアタシに指図すんなオッサン」
シュフェルはグレイスとは目を合わせず、そっぽを向いている。
「とは言え、闇雲に突っこむのがまずい場合もある。
ひとつは敵が脅威となる未知の兵器を持っている場合。
そしてもうひとつは、味方の誰かが捕らえられていて人質になっている場合だ。
とくにレゼルが捕らえられていた場合、逃げられても追撃のまき添えになっても翼竜騎士団にとっては致命傷となる。
だからもし俺が問題なく行けると判断した場合は、この笛を吹いて合図する。
そのときは迷わず行ってくれ」
「うっせーアタシに指図すんなオッサン」
「…………」
グレイスが涙目になっているのを、レゼルが苦笑いして優しく取りなした。
「大丈夫ですよ、グレイスさん。
シュフェルは口ではあんなこと言ってますが、本番ではちゃんとやってくれる子です」
ちなみに笛が断続的に繰りかえされる場合は攻撃せずに追跡。
笛一回は迷わず破壊――。
冷たい夜の空気は、遮蔽物のない高所から発せられた音をよく伝える。
あたりに響く笛の音を聞きながら、シュフェルは剣をにぎる手に怒りをこめた。
「……ったくあのオッサン、何回アタシに同じこと言わせる気だ。
だぁからアタシに指図するんじゃ……」
彼女の身にまとう雷のちからが増していく。
シュフェルとクラムが、さらに加速していく。
「ねえええええええええええええっ!」
『雷剣』!!
「馬鹿なァァァッ!」
ゲラルドが恐怖に震える叫び声をあげたが、もう遅い。
シュフェルとクラムは飛空船の船体を雷光のごとく貫き、そのまま突きぬけた!
さらに、あり余るほどのシュフェルの雷電は船に積まれていた燃料油内の液体助燃剤をも一気に気化させ、船体を粉微塵に爆発させてしまった。
「シュフェル!」
グレイスたちが、シュフェルが大事を成しとげたことを知り、歓声をあげている。
主を失ったことを悟った機龍兵たちが、島の外へと逃亡していく。
技を繰りだしたシュフェルとクラムは体勢をとり直すべく、崩れゆく城から突きでていた腕の一本へと降りたつ。
彼女は剣を肩に担ぎながら、落ちていく飛空船の残骸を見おろした。
「ったく。
アタシを一箇所に留めておけると思ったら、大間違いなのよ」
次回投稿は2022/5/9の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。