第26話 舞い踊る真紅の炎
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◇
決戦の日。
徐々に陽が傾きはじめたころ、翼竜騎士団は覇鉄城へと向かってジェドの島の上空を飛行していた。
ジェドの城壁を越え、領空域内に侵入したが、敵軍からの奇襲や迎撃はなかった。
ジェドの街は静まりかえり、ただ煙だけを吐きだしつづけている。
そして、俺たちの目指す先には巨大な鉄の城が不気味に佇んでいた。
俺の近くを飛行している騎士団員の数人が、控えめな声で話をしているのが耳に入ってきた。
「思っていたよりすんなり入れたな」
「城壁を越える前に迎撃されると思っていたが……。
まさか我われの宣戦布告に素直に応じるとはな」
「いいや。
街の手前で追いはらっていつものように逃げまわられるよりも、深部まで誘いこんで一網打尽にしたほうがいいと考えたんだろう。
アイゼンマキナ軍にとっても俺たちはうっとうしい存在なのさ。
その俺たちとの戦いを今日、すべて終わらせようとしている。
……そして、相手側には俺たちを正面から叩きつぶす自信があるってことだ」
最後に騎士団員のひとりが言っていたことが、多分正解だろう。
敵さんからすれば、包囲網のなかで正面から衝突されれば、俺たちを潰すのは容易なのだ。
すぐに逃げだされたり、奇策を打たれたりするほうが厄介なはずだ。
おそらく、都市をとり囲むように大量の伏兵が息を潜めている。
……だが、こっちだってそれは想定の範囲内だ。
俺たちはそのままとくに攻撃を受けることもなく城にたどり着き、城の敷地の端に次々と着陸していく。
敵の軍勢は城の前の大広場に展開されていた。
城の背面と側面は鋼鉄製の軍事基地で固められているが、正面には鉄炎国家の威容を示すように広大な広場が造られている。
そこには幾何学的な芸術品が散在しており、多少の段差とあいだを流れる水路はあるもののおおむね水平で、敵にとって城の防衛戦を繰りひろげるのにうってつけな場所だった。
その大広場に、約五万人の一般歩兵と、三千機あると目される機龍兵の軍勢がひしめきあうように配置され、城の正面をがっちりと固めている。
(実際には、城内の警備や都市内外の伏兵にもいくらか割かれているだろうが)
数百台は設置されている固定砲台にも砲手がつき、いつでも砲撃可能な状態だ。
さらに不気味なのが、通常の機龍とは異なる形状をした特殊な機龍が、敵の軍勢に数機混ざっていることだった。
人型に近いかたちをしたもの、車輪の上に大きな龍の顔だけが載っているもの、翼が無数の刃で構築されているもの……。
なかでも圧巻だったのが、巨大な鋼鉄のドームだと思っていたものが、とぐろを巻いた蛇型の機龍であったものだ。
蛇型の機龍が頭をもたげ、不気味な赤い光を灯した目でこちらの様子をうかがっている。
これらの特殊な機龍一体一体にも、それぞれ龍騎士対策、つまりレゼルやシュフェルへの対策がほどこされていると考えるべきだろう。
いずれもテーベで戦った機龍のような強敵であるとしたら、相当に恐ろしい相手だ。
これらの軍勢に守られて、奥にある城の入り口は固く閉ざされている。
対して、われら翼竜騎士団は強力な龍騎士ふたりを擁しているとは言え、たかだか百余名の龍兵のみ。
あまりにも多勢に無勢だ。
遠くに避難して見守っているジェドの住民たちも皆、こう思ったことだろう。
翼竜騎士団は長きにわたる戦いにとうとう倦み疲れ、戦場で華々しく散ろうとしているのだと。
◆
ゲラルドとオスヴァルトは城の高層階にある司令室におり、物見窓から翼竜騎士団が飛来する様を眺めていた。
どこかから増援がきたわけでもなく、騎士団がいつもどおりの少人数でやってきたのを見て、ゲラルドは笑った。
「フハハハハ。
ヤツら、のこのこと正面からやってきやがったなァ。
よかろう、いい覚悟だ。お望みどおり叩きつぶしてやる。
今日でうっとうしい小蝿ともオサラバだ!」
興奮するゲラルドの隣で、オスヴァルトは黙って翼竜騎士団を見やっていた。
給油庫を襲撃されたあと、配下に燃料油を点検させたが、とくに異常は見られなかった。
この数日間で二、三件ほど機龍の動力機関が故障したという報告があがっているが、先の襲撃との関連は明らかになっていない。
オスヴァルトはまだ、翼竜騎士団の真意を計りかねていた。
――無策なわけではないだろう。
奴らはいったい何を狙っている……?
隣でオスヴァルトが考えあぐねていることなどつゆ知らず、ゲラルドの耳ざわりな高笑いが室内に響いていた。
◇
翼竜騎士団は鉄炎国家軍とのにらみあいを続けていた。
騎士団は、大広場の城とは反対の端に、横に広がるように陣形をとっている。
レヴェリアの文化圏では時間の数えかたは統一されており、十六の刻になると時計塔の大鐘が鳴らされ、そこからが『夕の刻』とされている。
つまり、その大鐘がうち鳴らされるときこそが、戦いの合図であることは敵味方のあいだでの共通認識だ。
ジェドの時計塔は旧カレドラル時代から建っているものだ。
塔は遠くに位置しているものの、ぜんまい仕掛けの大時計は城の大広場からもよく見えている。
陽が沈んでいくのとともに時計塔の影は伸び、刻一刻と十六の刻が近づいてくる。
夕の刻が目前に迫ると、おもむろに覇鉄城が形状を変えはじめた。
城から無秩序に伸びていた腕が表面を滑るように移動し、翼竜騎士団を上空から迎え撃つような配置をとる。
伸びた腕の上には、さらに数多くの機龍兵が並んで待機していた。
城のあちこちから常に噴きだしていた煙が炎へと変わり、今にも炎の巨人が覆いかぶさってくるかのように見えた。
この姿こそが、仇なす者を屠るための覇鉄城の真の姿というわけだ。
城の威容と巨大な軍勢に尻込みする兵士もいるなか、レゼルとエウロが一歩前にでて、両手に持った剣を振りかざした。
「皆さん、恐れることはありません。
龍神様の加護は常にわれらとともにあります。
命のあらん限り戦いましょう。
今日こそあの鉄の城に、聖なる裁きを!」
勇敢なレゼルの激励に、翼竜騎士団の面々は決意を新たにする。
敵味方のあいだに緊張が走るなか、時計の針は一定の間隔で時を刻みつづける。
三、二、一、そして――。
時計塔の大鐘がうち鳴らされ、その音がジェドの街中に響きわたった。
鐘の音を合図に無数の機龍兵たちが一斉に鋼鉄の翼をはためかせ、飛びたちはじめた!
敵軍と翼竜騎士団との戦力差は歴然だ。
鉄の塊が大きな波となって立ちあがり、瞬く間に騎士団を飲みこもうとしていた。
だが。
大鐘がうち鳴らされたのと同時に、翼竜騎士団も動きだしていた。
鉄炎国家軍を上まわるほどの猛然とした勢いで。
しかし、翼竜騎士団から飛びだしていたのはわずか二騎!
シュフェルとクラムが電光石火で駆けぬけていき、そのすぐ後ろを援護するようにレゼルとエウロが飛行している。
たった二騎で、機龍兵の大群へと迫っていく。
予想外の行動に意表を突かれて、敵軍の動きが一瞬とまる。
そして敵軍の目の前で、ひと際甲高い共鳴音が鳴りひびいた。
シュフェルが大量の電気を帯びて、彼女の髪がすべて逆立つ。
右手ににぎりしめた長剣を天高く振りかぶり、そして――。
彼女は大きくからだを捻ると、にぎっていた長剣を前方へと投げた!
「っらァッ!!」
その剣は真っすぐに飛んでいき、敵軍の先頭にいた機龍の下腹部にあたる部分に深く突き刺さった。
腕を振りきった勢いそのままに、シュフェルが右手を前方へとかざした。
『電孤』!!
シュフェルがかざした右手から、最大量の電気が放たれた!
電気の筋が空気中を伝い、避雷針のように剣へと導かれ、注がれていった。
剣の刀身を通して機龍の内部に電気が走る。
そして、剣が刺さった機龍は――。
爆発した。
耳が裂けるような音とともに、内部から破裂した。
機龍のからだから巨大な爆炎が巻きおこる。
シュフェルとクラムは爆発することを予期してからだを翻し、距離をとっていた。
入れ替わるようにレゼルとエウロが前にでて、共鳴した。
『暴風』!!
レゼルが双剣を交差させるように振ると、彼女を中心にして暴風が吹きあれ、爆炎を拡散させた。
拡散した爆炎は近くにいた数台の機龍をも巻きこみ、誘爆した。
誘爆した機龍は最初の機龍と同様に大爆発を起こし、爆炎の勢いはいや増していく。
爆発が爆発を呼ぶ。
爆発の連鎖が、次々と機龍兵たちを飲みこんだ。
機龍たちは逃れる暇もなく爆炎を拡大させていき、周囲の歩兵や固定砲台、城壁をも巻きこんですべてが粉砕されていく。
真紅の炎が縦横無尽に舞い踊り、鉄を斬りさき、弾き、飲みこんだ。
爆発はしばらくのあいだ収まる気配を見せず、覇鉄城の足元から巨大なきのこ雲があがるころには、地上に配置されていた機龍のほとんどが壊滅していた。
レヴェリアの住人の誰も、これほどの規模の破壊を見たことはなかっただろう。
大量の煙と火の粉が舞うなか、動く物はほとんどなかった。
唯一、巨大な蛇型の機龍の首から先が残り、口をひらこうとしていたが、ガタガタと震えてやがて動かなくなってしまった。
そして、覇鉄城の基部も大きく破壊され、固く閉ざされていたはずの城の入り口はぽっかりとひらいた大穴となり、低層階の内部が露わになっていた。
◆
ゲラルドは爆発による大揺れで無様にひざまずいていたが、物見窓まで這いつくばっていくと、粉々になって壊滅した機龍兵たちの惨状に愕然とした。
「馬鹿な……。馬鹿なァ!
オレ様のカワイイ機龍たちがァァァ」
オスヴァルトも物見窓から事の始終を瞬きひとつすることなく見ていた。
炎の神剣の使い手であるオスヴァルトですら、これほどの規模の爆発は見たことがなかった。
「信じられん。
こんなことが現実に起こるとは……」
ゲラルドは頭をかきむしりながら、狂ったようにわめいている。
「オスヴァルトォ! どういうことだァ!
機龍兵がいくら燃料を積んでいるといっても、電気を通しただけであれほどの爆発が起こることはない!
なぜ不発弾のごとく容易にぽんぽんぱんぱん爆発するのだァァァ」
オスヴァルトはハッとした。
やはり一週間前、燃料庫でなにかを仕込まれていたのか?
だが、火薬を混ぜた可能性を考え、燃料油を機龍兵に注入して動作確認まで行っている。
奴らはいったい、何をしたというのか――?
◇
翼竜騎士団はシュフェルとレゼルが攻撃した直後に退避しており、猛烈な爆風に備えて身を伏せていた。
爆風が収まったところで、俺はヒュードに乗って立ちあがる。
作戦がうまく行ったことを確認し、オスヴァルトとゲラルドがいるであろう城の上層部を見あげた。
――レゼルから聞いたぜ、オスヴァルトさんよ。
あんたは戦場に舞いあがる塵を核にして大爆発を起こしたらしいな。
いい発想だ。
俺たちがやったことも似たようなもんさ。
もっとも、俺たちが燃やした塵は機龍兵一体分のでかさだけどな。
※電弧放電(アーク放電)……電極に電位差が生じることにより、電極間にある気体に持続的に発生する絶縁破壊の一種。
ふたつの電極間に強い電圧をかけることで普段は電気を通さない気体中を電流が流れます。
蛍光灯などもアーク放電の原理が利用されています。
解説編は次回になります。
次回は2022/4/13の19時ころにアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。