第24話 戦勝の神儀
◆神の視点です。
◇グレイスの視点です。
◆
給油庫で翼竜騎士団とアイゼンマキナ軍が衝突してから四日後、ジェドの街は再び騒然となっていた。
「号外だよ! 号外!」
帝国から逃亡した大物懸賞首の存在が明るみになったばかりなうえ、翼竜騎士団からの宣戦布告がジェドの街じゅうにばらまかれたからだ。
その宣戦布告状には、こう書かれていた。
『鉄炎国家アイゼンマキナ軍と、ジェドの全住民に告ぐ。
三日後の夕の刻、われら翼竜騎士団は覇鉄城に正面より討ち入り、最後の決戦を申しこむ。
龍神の御名のもと、穢れし煙を生みだす者たちに聖なる裁きを与えん。
其の日、鉄と炎の国は終焉を迎えるであろう。
城の周辺住民は戦火に巻きこまれぬよう、避難されたし』
宣戦布告状は最初、街の子供たちが配りまわっていた物だった。
紙を配りまわっていた五つ、六つくらいの兄妹に、彼らの母親が尋ねる。
「あなたたち、これどうしたの?」
「なんかねぇ、ぼうしかぶった兄ちゃんが、これくばってくれたらアメをくれるって」
「目つきはこわかったけど、やさしいお兄ちゃんだったよ」
翼竜騎士団からの宣戦布告状は、すぐに城の司令室にいたゲラルドとオスヴァルトのもとにも届けられた。
ゲラルドは自分たちに向けられた不遜な挑戦状に、怒りを露わにした。
「まったくクソ生意気な蝿どもが!
正面から立ちむかって、われら無敵の鉄炎国家軍に勝てるとでも思っているのかァ。
……よかろう、長きにわたる戦いに倦み、騎士として名誉ある死を望んだのならば。
奴らに鉄と炎による、世界一残酷な死を!」
オスヴァルトはゲラルドの手にある果たし状を見つめながら、考えをめぐらせていた。
――テーベが襲撃されて以降、ジェドの警戒態勢は非常に厳しくなっていた。
外にでるのならともかく、街の内部に怪しまれずに侵入するのは決して容易なことではない。
並の兵士では真似できない、高度な潜入技術が必要となるはずだ。
オスヴァルトの脳裏に一瞬、エルマの顔がよぎる。
……いや、これ見よがしに挑戦状を叩きつけるのは彼女の好むやりかたではない。
おそらく、翼竜騎士団に今まではいなかった異分子がまぎれこんでいる。
給油庫に忍びこんだ者と同一人物だろう。
……面白い。
何を企んでいるのか、そのお手並みを拝見させてもらおう。
オスヴァルトはゲラルドに悟られぬように、ほくそ笑んだ。
◇
決戦の前日の夕方。
翼竜騎士団のうち、手が空いていた者たち数十名とエルマさんのお付きの巫女たちはテーベのすぐ上空に浮いている小島に集まっていた。
ほんとうに小さな島だが、左右対称なかたちが美しく、見る者に安心感を与える。
島の中央には平らにならされた土地があり、帝国に侵略される前は神事が行われる場所のひとつだったらしい。
三百六十度、空しかないはずなのだが、夕暮れになると毎日太陽はどこかへと沈んでいき、空は朱く染まる。
そんな夕陽を背景にして、島の中央にはやぐらが組まれ、巨大な火が焚かれていた。
明日の戦いは翼竜騎士団にとって、この十年間のなかでも最大の戦いになることが予想された。
そのため、勝利を祈念するための神儀を執りおこなうことになったのだ。
俺はレゼルの厚意で、神儀に参列させてもらえることになった。
龍神教は龍御加護の民だけではなく、レヴェリアに生きるすべての者のためにあるという教義に則ってのことらしい。
レゼルがやぐらの前に立ち、何本かの龍の羽根をくくり付けた樹の枝を持って祈りを捧げている。
しばらく祈りを捧げると、やがてレゼルは樹の枝を振るいながら舞を踊りはじめた。
彼女の祈りながら踊る動きは、龍に乗って戦場を舞い、剣を振るういつもの姿のように、ため息がでるほど美しかった。
レゼルの踊りには拍子があり、近くに並んで座っていた巫女たちが彼女の拍子に合わせて笛や鈴を奏ではじめた。
シュフェルも今日は巫女として神事に参加しており、笛を演奏している。
彼女たちは皆、緑を基調として金の刺繍が入った羽織を着ていた。
彼女たちが奏でる調べは静かだが耳に心地よく、聞いているだけで身も心も清められていく。
帝国育ちの俺にも、どこか懐かしく感じられる旋律だから不思議だ。
あたりが暗くなるのにつれて、どこからかひとつ、ふたつと小さな光が集まってきた。
それらの光は巫女たちのまわりを踊るように飛んでいる。
光の数は次々と増えていき、やがて巫女たちが奏でる調べの拍子に合わせて一斉に明滅しはじめた。
その光景と音楽は今までに見たどの景色よりも幻想的で、この世のものとは思えなかった。
「すごいな……。この飛んでいる光は?」
俺は隣に座って神儀に参列していたブラウジに尋ねた。
「この光っているのはルシウルという虫じゃ。
姫様がご自身の龍の鼓動に合わせて舞い、それに合わせて巫女たちが調べを奏でる。
ルシウルはその調べを聞いて悦び、同調して光るんじゃ。
カレドラルにだけ生息する虫じゃが、鉄炎国家が排出する火の煙によって、今ではかなり数が減ってしまったんじゃ」
この美しい光景が失われつつあるということを知り、なんとももの悲しい気分になる。
俺はブラウジに、かねてから抱いていた疑問をぶつけた。
「あんたたち、龍御加護の民が併せもつ龍の鼓動ってのは、いったいなんなんだ?」
「龍は自然素を取りこみ、蓄えて生きる。
生物よりも、限りなく自然現象そのものに近い存在じゃ。
川のせせらぎ、空気を伝わる音、毎日昇り沈む日の動き……。
心臓の鼓動が人間独自の律動だとしたら、龍の鼓動はきっと自然本来がもつ律動なのじゃ。
龍の鼓動とはいったいなんなのか、なぜ我われもその律動を持っているのか、ほんとうのところは誰にもわからんのじゃがのう」
龍騎士であるレゼルたちは、自然そのものと一体になることで、そのちからを引きだしているということだろうか。
彼女たちの体格からは説明不可能な超人的な身体能力も、相棒としている龍たちの能力の高さも、人と自然とが交感していることによる副産物なのかもしれない。
俺は再び前を向き、レゼルたちの舞と演奏を見やる。
龍神教の信徒たちが奏でる祈りの音楽。
……龍神教の大まかな信仰内容なら、俺も知っていた。
今より数千年もの時を超えるほど昔。
すべてを統べる大いなる神のいたずらなのか、その起源はさだかではないが、まず最初に光の龍神がこの世に生みだされた。
その後、ほかの龍神たちも生まれていき、何もない空間にこの無限の空『レヴェリア』を作りだした。
彼らはレヴェリアに浮かぶ島々を作り、自分たちの分身である龍と、言葉を持つ人をも作りだし、島々に住まわせた。
これが世界の成り立ちで、龍と人が作りだされるなかで、龍の特徴を併せもって生まれた人々の子孫が龍御加護の民だと言われている。
創世の龍神たちをたたえ、レヴェリアの永遠の繁栄を願うのが『龍神信仰』であり、龍神信仰は彼ら龍御加護の民によって現在まで大切に守り継がれている。
いっぽう、もうひとつの神聖国家で、レヴェリア最大の軍事国家でもあるのが神聖帝国ヴァレングライヒだ。
ただし、彼らの信仰は龍神信仰ではなく、『邪龍信仰』である。
『始まりの存在』である龍神たちのなかで、一番最後に生まれたのが闇の龍神だ。
闇の龍神はもっとも若く、そして圧倒的に強いちからを持っていた。
最初はほかの龍神たちに従っていたが、やがて世界を統べる者となるべく暴走を始め、龍神たちの戦いが始まった。
戦いは長きにわたって続き、最終的に闇の龍神は封印された。
だが、いずれ闇の龍神は復活し、この世を統べると言われている。
その未来を統べる存在である闇の龍神を崇拝し、新たな世界の創生を望むのが邪龍信仰なのだ。
つまり、ふたつの神聖国家『カレドラル』と『ヴァレングライヒ』は教義が真っ向から対立する国であったということだ。
カレドラルの復興とは、すなわち龍神信仰の復興を意味する。
逆に翼竜騎士団が全滅すれば、龍神信仰は完全に途絶えることとなるだろう。
俺は異国の地で龍神教の信徒たちと出会い、今こうして行動をともにしている。
龍神教の神儀に参加し、はるかに続く龍と人の歴史へと想いを馳せた。
龍御加護の民の存亡と、龍神教の命運をかけた戦いが明日、始まろうとしていた。
仕事の都合で予定より少し早くアップしました。
次回は2022/4/4の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。