第9話 龍騎士のちから
旧カレドラル第二の都市、テーベを奪還するための戦いが、いよいよ始まります。
◇
軍事会議から七日後。
よく晴れた、風のない日に作戦を決行することとなった。
雨が少ない季節であったことも味方した。数日前から晴れた日が続いており、空気は乾燥している。
幸運にも気候条件は最良。
作戦目標は『テーベの奪還』――。
俺たち翼竜騎士団はテーベのある島の端に降りたち、丘陵から敵軍の基地を睨むかたちで陣形をとった。
翼竜に乗って出撃する場合、低地から飛びたつよりも高地から滑降したほうが敵陣への到達速度が速く、遠距離射撃の標的になりにくい。
全力で龍を飛ばせば一分もかからずに敵陣に到達できる距離だ。
いっぽう、敵軍も翼竜騎士団の島への接近に早急に気づき、すでに迎撃の態勢は整っていた。
一般歩兵は武装を完了し、一部の機龍兵は射出機に設置され、固定砲台にも人員が配備されている。
固定砲台の砲身は龍の全長に匹敵するほどに長く、巨大なものだ。
敵軍の基地は鉄炎国家らしく、鉄鋼で構成された幾何学的な形状の建物が集まっており、軍は基地の手前側の平地を守るように配陣されている。
基地の奥側には市街地が広がっており、向かって左側は山麓になっている。
俺は前線にでないことを条件に、翼竜騎士団の陣営に配置させてもらっていた。
防具を装着したことなどなかったのだが、ほかの龍兵たちに「戦場にでるなら鎖帷子くらい着ろ」と言われ、帝国製の服の下に鎖帷子と胸当てだけ装着している。
胸がギシギシ締めつけられて呼吸が苦しいし、鎖ばかりなのにずいぶんと重い。
だが、付いていかせてもらっている身なので、文句を言える立場ではない。
――いよいよ、戦いの時がきた。
レゼルがエウロに乗って騎士団の先頭に立ち、敵陣を見おろす。
近年は小島での遊撃戦が多く、こうして大規模に戦いを挑むのは翼竜騎士団にとっても久々であるとのことだ。
彼女は両手をにぎり、神に祈りを捧げている。
「どうか我われ翼竜騎士団に、龍神様のご加護があらんことを……」
祈りを終えたあと、レゼルは腰に差していた双剣を鞘から抜きはなつ。
剣の取っ手と鞘には、流れる風のように複雑で繊細な細工がほどこされている。
彼女が剣の柄に手をかけた瞬間、ふわりと風がそよいだのを感じた。
そばにいたブラウジが、俺に話しかける。
「グレイスよ、オヌシは運がよいのう。
この世で数えるほどしかない『神剣』の抜き身を、こんな間近で拝むことができるんじゃからな」
レゼルは右手剣を左腰、左手剣を右に差している。
腕を交差させて剣を引きぬく所作はじつに優美で、気品すら感じさせた。
ひと目で、その双剣が人の手で作られた物ではないことがわかった。
緩やかな曲線を描く刀身はレゼルの瞳と同じく、エメラルドのような輝きを放っていた。
翠色の刀身はわずかに透きとおっていて、刃の向こう側の景色が見えている。
しかし、貴石でも金属でもない、明らかにこの世のものではない材質で造られていた。
「あの剣こそが大気を統べる風の神剣、『リーゼリオン』じゃ。
レゼル様が翼竜騎士団最強の騎士である由縁は、龍騎士としての素質と並はずれた剣の才能を有するからだけではない。
神剣に選ばれ、持つことを許された唯一の者だからじゃ」
レゼルが父親から受け継いだという風の神剣。
これはのちにレゼル自身から聞いた話だが、神剣に類される剣はそれ自体が自然素を生みだすことができ、神剣を操る騎士は龍と剣の両方からちからを得ることができる。
ただし、神剣には意志のようなものがあるらしく、剣が主として認めた者にしかちからを与えない。
むしろ、意にそぐわない使い手には牙を向くことすらあるらしい。
このレヴェリアを創生した龍神たちが造ったとされる、神々の剣だ。
レゼルの周囲をめぐるように、静かに風が吹きはじめた。
「事前の打ちあわせどおり、私とシュフェルで斬りこみ、敵陣を崩します。
敵兵が混乱におちいったところで、ほかの皆さんも突撃してください。
……大丈夫。
私たちのうちの誰ひとりとして、死なせはしません……!」
レゼルが自分に言い聞かせるように話すと、シュフェルに目配せをし、鐙を軽く蹴ってエウロに合図する。
「行きましょう、エウロ!」
次の瞬間、レゼルとエウロは、強く地を蹴る音と、大きな翼が空気を叩く音とともに、敵陣へと飛びたっていた。
その初速は凄まじく、あっという間にレゼルたちは遠くまで飛んでいってしまった。
ひと目見ただけだが、断言できる。
エウロは俺が今までに見たどの龍よりも、速い。
エウロはぐんぐんと速度をあげ、敵陣へと迫る。
エウロの飛行速度があまりに速く、固定砲台の弾丸ではレゼルたちを捉えられない。
敵陣の射出機が乾いた音を鳴らし、十数台の機龍兵が一気に射出された。
機龍兵が空中で翼を広げ襲いかかるのを見てとり、レゼルとエウロは『共鳴』した。
高くて澄んだ共鳴音が味方側の陣地に届くほどまでに響きわたり、レゼルたちの周囲に強烈な風が巻きおこる。
風に後押しされて、エウロがさらに加速した。
エウロの翼が、大きな空気のうねりを生みだす!
『風車』
エウロは転がる車輪のような軌跡を描いて飛行し、その動線上に位置していた機龍兵たちは風の刃とレゼルの剣に斬りさかれ、反撃の暇すら与えられずに消滅した。
レゼルとエウロの勢いはまったく削がれることなく、敵陣の中央へと突入していった!
レゼルとエウロが着地した瞬間を狙おうと、敵兵が武器を構える。
敵兵の武器はクロスボウや小型の火炎放射器が主だが、近接戦用に籠手と一体化した手甲剣を装備している兵士もいる。
手甲剣の刀身には縁に刃付きの鎖が巻いてあり、兵士が機械を作動させると騒々しい音をあげながら鎖が回転しはじめた。
しかし、敵兵が攻撃を開始しようとしたときには地面から猛風が立ちあがり、レゼルたちをとり巻いていた。
エウロが今度は地面から巻きあがるような螺旋を描いて飛びあがる。
『旋風』
レゼルとエウロを中心とした渦まき状の風が、周囲一帯の一般歩兵や機龍兵を吹きとばし、破壊した。
大技を二連発して敵兵たちの態勢が崩れたところを狙い、レゼルは個々の兵を撃破していく。
「あははっ、さすが姉サマ。
さぁ、アタシたちも行くよ!
クラム!」
姉の敵陣での戦いぶりを見て、楽しそうな声をあげるシュフェル。
自分が乗っている龍に合図を出して飛びたつと、地面に向かって真っすぐに滑降していく。
クラムとは、シュフェルが乗っている龍の名前だ。
磨きあげられた黒瑪瑙のような光沢をもつ体毛に、黄金色の鱗がまばゆく輝く。
エウロより翼は小さいが、地を駆けぬける速度は翼竜騎士団が保有しているどの龍よりも速い。
クラムは地面に降りたつと、敵陣に向かって猛然と駆けだした。
固定砲台の射程に入る直前で、シュフェルがクラムと共鳴した。
レゼルたちの共鳴音よりも鋭く尖った音が鳴りひびき、シュフェルの髪の毛がすべて逆立つ。
『雷剣』
シュフェルとクラムが電気を身にまとうと一気に加速し、横向きに走る雷そのものとなって敵陣に突撃していった。
直線上にいた敵兵たちが、陣前に敷かれていた鉄鋼の阻塞もろとも粉々にうち砕かれ、轟音とともにはじき飛ばされた!
風の動きと比べればシュフェルの技は直線的ではあったが、破壊をともなう貫通力に関してはレゼル以上かもしれない。
彼女もまたレゼルと同様、敵の防衛線が崩れたところで個々の兵を撃破していく。
そんな彼女たちの戦いぶりを、俺は初めて目の当たりにしたわけなのだが……。
――つ、強い!
まさしく予測不可能な大気の流れのように変幻自在の剣を振るうレゼルと、華奢な体格からは想像もできない剛剣で敵を薙ぎはらっていくシュフェル。
これが、『闘う龍の巫女』たちのちからなのか。
噂で聞いていたのよりもはるかに強力で、会議でのホセの見積もりに偽りはなかったわけだ。
俺は興奮して、思わず近くにいたブラウジに話しかけた。
「おいおい、おたくのお嬢さんたち、こんなに強かったのか。
敵兵さんたちが紙くずみたいに切りきざまれちゃって、可哀想になるぜ。
鉄炎国家をひっくり返すのなんて余裕なんじゃないのか」
ブラウジが鼻を鳴らす。
「姫様たちが強いのはわかりきったことじゃ。
だが、龍騎士の御技は自身の肉体にとてつもない負担をかける。
いくら姫様とシュフェルが強力な龍騎士であっても、巨大な敵の軍勢を一度にすべて倒すことはかなわぬ。
……そして何より、敵の陣営には奴がおる」
「奴?」
「細かい話はあとじゃ!
敵の陣形はすでに崩れはじめておる。
ここで攻め入らんと、姫様に怒られてしまうワイ」
ブラウジは味方兵のほうを見渡すと激励し、号令をかけた。
「行くぞ皆の者!
今こそ我らのちからを天下に知らしめ、テーベの地をとり戻すときじゃ!」
ブラウジの号令とともに百余名の一般龍兵たちが一斉に飛びたった。
敵陣からも一般龍兵たちを迎えうつべく、機龍兵や一般歩兵たちが出撃を開始した。
翼竜騎士団が陣を張っていた丘と、敵陣との中間地点で両軍が衝突する。
俺とヒュードは味方軍の最後尾にいて、まずは戦況を見極める。
一般龍兵たちの戦いぶりを見て、こちらの戦力に関してはかなり控えめに見積もられていたことがすぐにわかった。
翼竜騎士団員たちはおもに三人ひと組で行動しており、相互に連携をとって機龍兵を一体ずつ撃破していく。
剣や槍などの近接武器を持つ兵士が空中で機龍兵の動きを封じ、弓矢を持つ兵士が機龍を操縦している兵士の首を狙って確実に仕留める、といった案配だ。
敵のクロスボウから放たれる矢や火炎放射器の炎も、身をかわしたり、盾を持つ兵士が持たない兵士を庇ったりして防いでいる。
刃付きの回転鎖を持つ手甲剣は、刀身の腹を突くことで対処している。
ブラウジが贔屓にしている重装龍兵五人衆の活躍もめざましい。
斧の使い手五人は近接戦の連携としては人数が多すぎて難しそうなものだが、彼らはかけ声ひとつで一糸乱れぬ連携を保っている。
ほかの龍兵たちより多少攻撃の速度で劣っていても、五人が息継ぐ間もなく繰りだす連続攻撃で敵を次々と撃破していく。
皆の律動感がいっしょで、互いの動きかた、射程を完全に把握しているからこそ成せる業だ。
伊達に日がな一日いっしょに踊っているわけではなさそうだ。
ホセは『機龍兵一騎が一般龍兵一騎に相当する』計算で考えていると言っていたが、騎士団員たちは実際にははるかに強いと言っていい。
だが、個々の戦いでは優勢でも、騎士団員たちには強気に攻めることができない理由がある。
現時点での戦線よりも敵陣に近づくと、『固定砲台』の射程に入るからだ。
固定砲台は火薬を用いて大人の頭ほどの大きさがある鉄球を高速で撃ちだす。
その威力は硬い皮膚と鱗をもつ龍のからだをも容易に撃ちぬき、人間に直撃すれば即死する可能性すらある。
発射の時点から注意を向けていれば弾道を予測して回避することは可能だが、敵兵との戦闘中に砲撃されて回避することは難しい。
戦闘中でもまともに回避や防御をすることが可能なのは、騎士団員でもレゼルとシュフェルだけだ。
一般龍兵たちは固定砲台の射程範囲内に攻め入ることはできない。
個々の戦いでは勝っていても、防戦一方では、いずれ数に圧しつぶされてしまうのは明白なのだ。
俺は味方の兵士たちがじゅうぶんに持ちこたえられることを確認すると、レゼルと合流するべく、山の麓のほうへと向かった。
敵味方の軍が衝突したら、彼女と合流する手筈となっていた。
――俺が考えていた作戦が始まるのはこれからだ。
天下の大ホラ吹きになるか、戦勝の功績者になるか。
結果はすぐにわかるさ。
今はただ、前に突き進むのみ!
※機龍兵を撃ちだす射出機……戦闘機のカタパルトをイメージしています。
※刃付きの鎖がついた手甲剣……チェンソーがついたガントレットをイメージしています。
このパートで突如出現しましたが、じつはこの作品には『神剣』という概念があり、レゼルは風の双剣リーゼリオンの使用者です。
詳細な設定は徐々に公開していきたいと思います。
また、以前にもどこかに書いたかもしれませんが、わかりやすいように龍の御技を使用する『龍騎士』と、それ以外の『一般龍兵』に分けております。
今後も戦闘シーンではグレイスの視点で「目よすぎね?」とか「分析力やばくね?」と思うシーンが多々でてきます。
違和感が強くなりすぎないように気をつけていますが、ある程度は『語り部補正』ということでよろしくお願いします。