第27話 舞台裏
私と咲良は控室で衣装に着替える。
咲良は淡黄色のクラッシックチュチュだ。
「随分迷ってたけど、そっちにしたんだ!」
ジャンヌの衣装は、短いクラッシックチュチュと、膝丈のスカートの両方がある。なかなか決めらなくて咲良に呆れられていた。
「うん。すごく迷っちゃった。あはは……」
「いいよ! すごく似合ってる!」
「ありがとう!」
ジャンヌの衣装は、白いパフスリーブのブラウスに紺色のベスト、淡青のスカートだ。ウエストに三色旗のリボンが巻かれている。
スカートは薄布を重ねた作りで、ふわりと軽い。衣装を着ると気分も爆上がりだ。
……それなのに……。
「どうかした。沙羅?」
「う、うん……どうしよう……きっ、緊張してきた」
「そればかりはねぇ~。私もだもの」
咲良は発表会やコンクールで私よりも舞台経験が豊富だ。そんな彼女でも出番前は緊張するという。
「二人とも似合ってるぞ! お淑やかなお姫様に元気なフランス娘だ!」
「相山さんたら!」
相山の言葉に笑う私と咲良。
(あ……ら?)
いつの間にか緊張がほぐれている。
笑うって凄いことだと思う。
「まずは咲良ちゃんだな。頑張れ!」
いよいよ次が咲良の出番だ。
ジゼル役のダンサーと入れ替わりに、舞台へと歩み出る。
どうか咲良の努力が実りますように。
祈りを込めて私はその後姿を見送った。
――ドルネシア姫のヴァリアシオン。
ポワントで立ち、アティチュードでキープ。
腕はア・ラ・スゴンドに開く。肘は伸ばし切らずに丸みを持たせて。
(決まった!)
しっかりとした立ち姿。
腕の動きが緩やかな軌道を描く。
ドルネシアを印象付けるポーズが成功して、演技は好調なスタートを切った。
ク・ドゥ・ピエからルティレに移動し、脚を後ろに伸ばしてアラベスク。
一つ一つのポーズも整っている。
やや冷たい印象を受けるが、それが咲良の魅力を深めている。ドルネシアは老騎士の理想の姫君で高嶺の花なのだから丁度いい。
「絶好調だな! 咲良ちゃんは!」
「本当に!」
私達はコンサートに向け共にレッスンを重ねてきた。
仲間がこれほど成果を上げたのだから、自分も頑張らなくてはと思う。
バロネ。
ポワントで移動しながら、もう片方の膝の曲げ伸ばしをする難しい動きだが、安定感が申し分ない。
ターンで舞台を一周した後フィニッシュ。
拍手と歓声の中でルベランスをすると、咲良は舞台袖へと戻ってきた。
「咲良! 凄くよかった!」
「お疲れ! 頑張ったね!」
「ありがとうございます!」
息を切らせながらも、咲良の表情は充足感に輝いていた。
そのときだった。
――シャンシャン
軽やかな金属音が耳に響いて振り返ると、それはトゥシューズの足音に変わっていた。
(いっ、今のは?……空耳?)
背の高い、手足の長いダンサーが跳ねるように走ってくる。カツカツと音を立てて近づく姿が、スローモーションのように見えた。
「よかったー!! 間に合った~!!」
彼女は立ち止まると、息せき切って安堵の声を漏らした。
ピンク色のクラシックチュチュ、頭上に戴くはティアラ。
縫いつけられたスパンコールやビーズがキラキラと輝いていた。
だが眩しいのは装飾品ではない。彼女自身からオーラのようなものが放たれているのだ。その場の空気が彼女の周りだけ違うようだった。
「だっ、大丈夫ですか!? ……息が……基礎練はすませましたか?」
出番前に慌てて怪我をしては大変だ。それに準備不足のまま舞台に立つのは危険でしかない。
「ありがとう! 交通渋滞に巻き込まれちゃって……急いでウォーミングアップと着替えを済ませて来たの~!」
つい心配になって声をかけるも、本人はケロリとしていて拍子抜けしてしまった。呆れた気持ちを悟られないように、私は彼女をチラ見する。
うりざね型の面立ちに涼やかな瞳、真珠のように白い肌。抜群のボディバランス。手足が長いだけではない。骨格が日本人離れしているのだ。
彼女はどんなダンスを踊るのか。咄嗟にそんなことを考える。
「はじめまして! 平山さん! 共演出来て光栄です!」
相山の声にはっと我に返る。
(えっと……こっ、この人が!?)
これが私と平山ルカとの初対面だった。
「俺は相山健司。こちらの二人は赤城咲良さんと有宮沙羅さん」
相山に紹介をされて、交互に頭を下げる私と咲良。
「はっ、はじめまして……」
「はじめまして! 楡咲の生徒と共演出来るって聞いて嬉しくって!! 懐かしい~!!」
(えっと……フレンドリー過ぎない? 出番前なのに……)
喜々と発する声に集中力が削がれていく。私は彼女に声を掛けたことを後悔しはじめた。悪気はないものの、ルカは他人のコンディションに気を配らないようだ。私は早くこの場を離れて、自分のペースを取り戻したかった。
だがルカは頓着することなく、ひたすら喋り続けている。
「カフェオレ色の髪? きれ~い!!」
「ミルクティ、です……」
(……わっ、私ったら! いっ、言い方!!)
簡潔に、無意味な訂正をしてしまった。棘があったらどうしようと、いっそう心が乱れていく。
「あ、あの……曾祖父がフランス人でした……」
「フランス人の曾祖父さん!? その衣装はパリの炎でしょ? フランス娘の役よね? ぴったり! うらやまし~! 私なんかクォーターなのに、見かけはほとんど日本人でしょ~?」
彼女は自分の祖父がカナダ人だといった。
ルカは私のそっけない口調を気にしていなかった。会話が繋がり安堵するも、今度は切り上げ時を見失ってしまった。
(……どうしよう……集中したいのに……)
戸惑う私に手が差し伸べられる。
「ちょっと、失礼しま~す!……いいかな? ルカさん? ルカさんは出番前だよね? このお嬢さん達もだ……その……お互いにリラックスしないと……特に沙羅ちゃんは舞台経験が少ないんだ。わかってくれるかな?」
相山が助け舟を出してくれた。さり気ない心遣いは流石大人だと思う。
「ごめんなさい~! 気がつかなくて!」
ルカが笑う。彼女は本番前でも緊張などしないといった。
これが天才少女と呼ばれる所以だろうかと驚かされる。
演目は残すところ僅かとなり、いよいよ待望のルカの出番だ。
「じゃあ、沙羅ちゃん! またあとでね~!」
またあとでね。
「ちょっとコンビニにいってきます」
そんな気軽さでルカは舞台に飛び出していった。
「あんな人だったんだ? 平山ルカ! コンクールで会ったときは気づかなかったよ……」
「さっ、咲良? 呼び捨て!」
ルカは楡咲の先輩ダンサーなのだ。
礼儀をわきまえるべきだと注意をするも、咲良は素知らぬ顔。
「そんなことより沙羅……もっと自分のことに集中しないと! コンディションの調整は自己責任だからね?」
「う、うん……わかった。気を付ける……」
言い方はきついものの、咲良の言い分は正しい。出番前に人の世話をするのはエネルギーの無駄遣い。初対面の相手ならいっそうだ。
「ほらほら! ルカさんのダンスが始まるぞ! しっかり目に焼き付けて吸収するんだ! オーケー!?」
相山の呼びかけに強張った頬が緩んでいく。
咲良と相山。時には厳しく、時には大らかに。彼らは心強い共演者なのだ。
「了解です!」
相山の言葉に声を揃えて私と咲良。
ルカのダンスが始まる。
彼女はどんな踊り手なのか。
私は胸を高鳴らせながら音楽を待つのだった。
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