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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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絶望への入口・4

 ローヤルチョーカー。

 宝物の一つであり、その効力は服従。つけられたものはそのつけた相手の言葉に反応する。

 そもそも宝物は何らかの能力を持った道具。ミズキはそう認識している。また宝物には位があるようでローヤルチョーカーはその中でも希少に位置するようである。

 正直、その効力に関しては出会った時くらいに見せつけられただけで今では主従関係を意味する道具と化している。

 この証がリリィとの繋がりを示していた。

 この証がミズキがここにいる意味を作っていた。

 それが今ーー、

 ベッドの上に転がっていた。

 無機質に、無作為に、空虚にそれは横たわっている。ミズキに凄惨な事実を突きつけるように。

「どうして……」

 疑問が口をついたところで事はもう遅い。

 ベッド上に臥したローヤルチョーカーはリリィの死を意味していた。

 無気力が身体を蝕む。無理解が頭を支配する。事態が飲み込めない。

 リリィの部屋で音が二回鳴った。打ち付けられるような音。その後に、ローヤルチョーカーは首元から外れた。

 隣の部屋で確実に何かがあった。

 リリィを死に至らせる。何かが。

 途端にミズキの心音が強く跳ねる。直感的に思ったのだ。

ーー誰かがそこにいる、と。

 ミズキは今夜死ぬことを頭の端にやっていた。やっていたというよりは押しやられたというべきか。未知への恐怖がそうした。

 ミズキは恐怖に身体が支配されながらも懸命に動かし自室をそっと出る。

 光の魔石で出来た薄明かり灯る廊下に出で隣を恐る恐る見遣る。隣の部屋は扉が開いていた。

 背筋がゾッとする。無意識に目を背けそうになってしまう。

 だが、背けるわけにはいかない。クラクでの経験がここで逃げることを躊躇わせた。

 ミズキは高鳴る心音を抑え込み、喉の渇きを忘れ部屋に突入する。声は顰め、足は忍ばせて。

 まず顔だけ出して静かに確認する。天井に光の魔石で作られた灯りがぼんやりと輝いているのがわかる。その光量はミズキの自室と変わらない。部屋の家具が薄々わかる程度だ。

 リリィはどこにいる? そう思いながら目線を巡らせる。すると、ふと誰かの足元が掠める。

 リリィではない。直感した。

 逃げるように視線はめぐるが、倒れた身体を目撃してしまった。それが直感を裏付けた。

「だ、誰なの……?」

 不思議なことに、その足元の主は部屋に入ってくるミズキに反応すらしてない。物音も立てない。声も発さない。

 ミズキの恐々とした台詞にその者は反応を示さない。まるで、そこに像のように立ち尽くす。

 怖くて視線を上げられない。反応がない分なおさらだった。

 床に視線を這ってると、もう一つの存在が視界を掠める。

 壁にもたれかかるようにしているその存在。力なくそれは存在している。垂れた長髪、投げ出されたように手が地べたにつけられている。

 息を呑む。その瞬間、そこにある身体は魂が抜けたみたいにその場で倒れた。

 それは、その者は正気を失ったリリィだった。

 気づいたミズキは動悸を抑えて駆け寄る。か細い声が彼女の名を呼び、震えた手がリリィに触れる。

 まだ暖かい。先ほどまで生きていた証拠だ。

 小さな声がどうして、と呟く。無駄な自問に、ミズキはただただ惨めさを自覚する。

 リリィの身体に傷はない。代わりに首元が鋭い引っ掻き傷と赤い鬱血を纏っていた。

 絞殺だろう。抵抗はしたみたいだが、どうして彼女は声を上げなかったのだろうか。

 また自分の惨めさを知る。

ーー私はなんで……。

 その時、背後で気配を感じた。

 この間にやっと像でいることをやめたのだろうか。

 ミズキは恐怖を懸命に押し殺し、首だけを動かして確認する。

「あ、あなたがリリィを……っあ、え……」

 ミズキは言葉失っていた。

 瞳がそれを確認した途端に言葉を紡ぐのをやめた。それどころが思考が霧散する。

 口をパクパクさせて指差す。

「どうして、なんで、なんで」

 頭のてっぺんには力無い獣耳が折り畳まれている。臀部から生える尻尾がやる気を無くしたように垂れている。その特徴は獣人のものだ。

 見覚えのあるエプロンドレスの白い部分は奇妙にも赤色の模様で彩っている。その赤は本能的に気味悪くさせた。

 何よりもその面は、

 いつもは楽観的で、奔放な姿の、知ってるそれではない。

 まるで無表情の仮面でも被ったかのように異質な面。

 ミズキは慄きながら相手の名を呟く。

「メグチ……なんで……」

 そこにいたのは自分の知らないメグチの姿があった。

 別邸の使用人で、アヤチの妹で、昨晩から行方知らずの彼女の姿が目の前にあった。

 メグチは魚のように口をぱくつかせいう。

「あ、う、すべては呪いの姫の仰せのままに……」

 作られた文章を述べるような彼女に、ミズキはますます理解が追いつかない。

 ミズキはまた疑問を呟く。

「どうして……?」

 それしかミズキにはできないのだから。

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