絶望への入口・5
リリィは自室で無惨にも首を絞められて横たわっていた。
そして、その部屋で空虚に佇むのは行方知らずだった使用人のメグチ。
この状況に絶句し理解の追いつかない頭を必死に巡らせていた。
しかし、いくら巡らせたところで状況を飲み込むことはできない。
ただ一つわかることはメグチがリリィを殺したかもしれないということだ。
呆然とするミズキに、メグチが不穏な表情で近づいてくる。
彼女は言葉を発さない。先ほど、『呪いの姫』と告げてからその顔色はまっさらだ。何の情も刻まれていない。
あまりに不気味。ミズキが知っているメグチとはまったくの別人に見える。内心ではそうであってほしいと思うが、その形と獣耳がメグチであることを裏付ける。
近づいてくるメグチに何もせず耐えていると、メグチはすっと白い手を伸ばしてきた。
伸ばされたのは両の手。何も言わずに伸ばすその手は自然とミズキの首を掴んだ。そして、力が入る。
「がっ、かはっ……。ぐっ」
自然な動作にミズキはすぐに対応できず、首を絞められる。
気道が締め付けられ酸素を体内へ綺麗に取り込められない。徐々に脳内が鬱血していき身体の活動を蝕んでいく。
対するメグチは表情に一ミリの変化もない。ただただ無感情にミズキを追い詰めていく。
ミズキはジタバタと頭を左右に揺らし、不安定な手先を動かして首を絞める両手に必死で手を伸ばす。
伸ばした先で手首を引っ掻くように爪を立て掴み引き剥がそうと試みるが、接着剤でつけられたみたいに動かない。
(や、やだ、死ぬ、やだ……)
心中ではまだ思考が生きている。この間に脱さなければミズキには死が訪れる。
ミズキの手は、絞める両手を諦めメグチの肩を必死な思いで強く掴む。
(やめて、やめて、やめて!)
か細い呼吸で現実に辛うじてつなぐ中、心中で強く祈る。
すると、メグチの手が力なく緩んだ。
「ごほっ、はぁ、はぁ、はぁ、っく……」
吃音を漏らして酸素を急いで取り込む。全身で取り込むように息をする。
満身創痍のミズキの側で、相手のメグチはその場で崩れるように倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、な、なに、なんで……?」
この場の生は繋いだわけだが、メグチが倒れたことに不思議を覚えた。
ミズキは恐る恐るメグチを確認する。彼女の顔を上げ見てみるとその面は目を見開いたまま微動だにしない面だった。
ミズキはギョッとする。まるで作り物のような表情に驚いたのだ。
何より実際に触れてみて、その感触に慄いた。ひんやりとして硬い。死体でも触ってるかのような。
不意に、自分の首筋に触れる。自分の首筋もほのかに冷えて感じる。悪寒が全身に伝播していく。
「な、なんなの、何が起きているの?」
側で動かないリリィを一瞥して、背くように目をぎゅっと瞑る。
ミズキは事態を把握できないままにこの部屋から脱する。
別邸はどうなってるのか。とにかく、ミズキは生きている人に会いたかった。
部屋を出て一階のエントランスを目指す。
アヤチはどこにいるのか、ちゃんといて欲しいと願う。
廊下をヒタヒタと歩いていく。絞められた影響か身体がやけに重く熱い。意識も希薄だ。
薄暗い廊下を練り歩く中、姿見に映るの自分が視界に入る。そこには疲れ切った自分がいた。
フィロルドの近侍を示す制服に身を包んだミズキ。制服はやれていて、正面には赤い点々が付着していた。
何これ、と無関心ながら思うがメグチの衣装についていた赤い模様が転写したのだと直感する。
その事実だけを飲み込みその赤がなんだったのかは考えていない。
いや、考えようとはしていない。
意識が希薄なのが、今のミズキには好都合だ。考えてしまうと正気でいられるはずない。
だが、エントランスに降りてその意識は一気に目覚める。
浸る血の溜まりに横たわる一つの影。
無造作に放られた身体は力なくそこに倒れている。近くに様々な陶器が割れて転がっている。そして、血塗れの包丁がその身体を凄惨に突き刺さっていた。
その主は、
「はぁ、はぁ……」
呼吸が荒くなる。全身の熱が強くなる。
瞼が強く押し付けられたみたいに鈍痛を感じる。
目の前に突きつけられた現実に拒絶感を表する。
アヤチの無惨な姿に、ミズキはその場で倒れ込み絶え間ない嗚咽が現実との乖離を訴えてた。




