絶望への入口・6
突然、突きつけられた三つの現実。
リリィとメグチ、アヤチの死。その現実はこれから待つ自分の死に対する恐れが増すばかりであった。
止まらない震え。目の前に無惨に横たわるアヤチの死に呼吸が乱れる。
身体を覆う熱と希薄になっていく意識。本能的にこの身体は抗っている。その抗いが余計身体をキツく苦しめさせていた。
途切れ途切れの息遣いの中、思考を冷静にさせようと試みる。
目の前に死がある以上、ミズキはもう自分の死期が近いことを悟った。
逃げ出したいが身体は思うように動かない。
血溜まりの中に沈むアヤチの死。転がった凶器。気づけばその隣に淡い緑色の灯を発する石もあった。
見覚えのあるそれは連絡石と呼ばれるものだ。アヤチは死の直前に誰かに連絡を取ったのだろう。
助けを呼ぼうとしたのなら、連絡石はその使命を果たせずアヤチは死んでしまっている。惨いことだ。
息切れ切れのままその場をよろめきながら立ち上がり、エントランスから外へ出ようとする。とかく、この場を離れなければいけないと思った。
フラフラとした足取りで玄関口を目指す。扉についたところで、身体を戸に預けそのまま全身を倒れ込むようにして扉を開ける。すると、そこは眩い灯りの焚かれた庭先だった。
目が眩み、ミズキはその場で手で顔を覆いながら膝をつく。
「これはまたクラクでは救世主となった人物ではありませんか」
まるで鈴の音のように澄み切った声。声色に含んだ微笑が窺える。
ミズキは段々と慣れた目をゆっくりと開けるそこは、光の魔石で作られた照明具を持った数人が取り囲む状況だった。懐中電灯のようなそれで数人はミズキを取り囲むように照らし、その中央に一際他とは違った風体をする人物がいた。
薄紅色の制服を着こなす清廉な女性。金色の柄をした剣を腰に携えている。
風体からして騎士。その周りも騎士だろうが、その風格は一線を画している。
爽やかな青色の瞳が薄く笑う。長く靡かせたおさげを大層に翻すと、彼女は仰々しく会釈する。
「ハンナ・スチュワート。オルファナスの騎士団を纏める聖騎士です」
「せ、聖騎士……?」
疑問がオウム返しになる。
聖騎士には覚えがある。だが、ルバートは元聖騎士との話だ。
現役の聖騎士に会ったの初めてのことだが、聖騎士が大層な役職であることくらいは認知していた。
なぜ、そんな聖騎士がここに来たのか。その疑問が口をつく前にハンナはいう。
「この屋敷から通報がありましたからねぇ。まあ、でも良かったです」
ハンナは喜ばしそうに笑みを作る。
ミズキは不意に安心感を覚える。きっと通報とはアヤチがしたことだろう。アヤチの近くにあった連絡石が証拠だ。
「は、はは。今、ここでみんなが、みんながっ……」
助けを求めるように状況を口にしようとした時、視界が急に歪む。
水平だった世界が急に斜めっていく。そのまま見上げていた世界が地べたについた。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
再び呼吸が苦しくなる。耐え難い熱が押し寄せてくる。視線がそれを探す。その原因を探す。心の奥底で探すなと訴えていても。
そして、視線がそれを認知した時、声にならない叫びがこの場で吐き出された。
ミズキの左足はなくなっていた。いや、斬られていた。
目の前のハンナ・スチュワートの手に握られた剣の剣先は鮮血が酷く滴っていた。
「な、なんで、なんでなんでなんで、嫌だ、嫌だ! 嫌だ! 死ぬ、死ぬ、死ぬ」
「あらあら、それだけ叫ぶならまだ元気ですねぇ。まあ、でも本当に良かった」
ハンナはミズキの元にゆっくり近づき、狂乱しているミズキの顔の近くに剣先を立てた。
ギョッとするミズキは顔だけを動かしてハンナの顔を伺う。彼女の顔は安堵を浮かべていた。
「これ以上犠牲を出さずに済む。フィロルドを失ったのは大きな損失ですが、いつかまた偉大な姫は誕生するでしょう。これは世界のための尊い犠牲なのですから」
「な、何を言っているの……、はあ、はあ」
「おや、わからないのですか? 呪いの姫よ」
「な、なにそれ……」
呪いの姫。あのメグチも呪文のように呟いていた単語だ。
「貴方は聖域を狙うためにフィロルドに近づいたのでしょう? 貴方を唆した魔女は誰なのかな? 貴方の中にいる熾加護を見抜き呪いを与えた魔女は?」
「知らない、知らない! 知らない……ぎゃぁは、はあ、はあ」
否定するミズキに、ハンナは容赦無く剣を振り払う。次に切り落とされたのもう片方の右足だ。
痛みと熱がミズキを発狂させていく。出血していて、意識も希薄なっていくはずなのに、不思議と意識ははっきりしていて痛みと熱だけが明瞭に脳を刺激している。
ミズキは死ぬ気配を感じなかった。
「簡単に殺すわけないでしょう? ねえ、魔女は誰なの? 誰なの!?」
詰問されるミズキ。ミズキに答える余裕なんてない。耐え難い痛みがその余力を殺している。
何より、彼女の言葉を何一つ理解できない。
自分が呪いの姫で、唆した魔女の存在がいる、と。
それに熾加護? ミズキの中にいる加護は見抜かれないはずだ。彼女はどうしてかミズキに加護が宿っていることを決めつけている。
(わからない。知らない。なんで、なんで、なんで、私が……)
痛みが、熱が、身体を支配する。それは頭の中まで覆っていくようだ。意識すらも奪われるように。
「……っ」
不意にミズキの全身から紅い炎のようなモヤが噴き出てくる。それを視認したハンナは言葉よりも先に、剣をミズキの脳天を突き刺した。
ハンナは今ミズキを絶命させたのだ。
「はあ……、本当に救世主だったの? 貴方?」
もう聞こえない問いかけをハンナはする。
嘆くような言葉の中、小さくハンナは吐き捨てる。
「フィロルドを護れたのはエリザベス、貴方だけ。忘れられた聖域で生まれた救世主は呪いに汲みやすい。そんなのに任せるなんてどうかしている」
見下ろす先に、無惨に切り刻まれたミズキの姿がある。だが、ハンナの瞳にはその興味は失せていた。
「ーーーーあっ、ああああああああああ」
目覚めは最悪だった。絶え間ない狂乱と発狂。
起こしに来たリリィの姿も、アヤチの姿も視界から消えている。
あるのは絶望。身体を支配する絶望。眼を覆う絶望。
その絶望の間でミズキは苦悶するばかりだ。




