絶望への入口・1
悪寒が止まない。
ベッド上で震えるミズキをリリィとアヤチが心配そうに見ている。彼女らは何かを話しているがその声は今のミズキに届かない。
身体は震え、視界はぼやけ、耳に入るはずの音は霞んで聞こえる。
今までの回帰の経験がフラッシュバッグして恐怖が身体を支配する。
「ーーミズキ!」
強烈な音が鮮明となって聞こえる。
震えた視線がそれを探して、やっと見つける。目の前には澄んだまなこを向けるリリィの姿だ。
「リリィ……」
震えた声が彼女の名を呼ぶ。
「どうしたの? ミズキおかしいよ、具合悪くなったの?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
彼女の質問は当然だろう。彼女にとっては昨日までなんでもなかったミズキが豹変したのだから、その異変は異常でしかない。
ただミズキにそれを答える待ち合わせがないのだ。
回帰の異能はイブの呪いに近しく思われてる。またイブの残穢とも言われるものだ。それ説明するのはイブの災厄を告げることに意味する。
その結果、世界から忌み嫌われ畏怖の対象となってしまう。
回帰のことは話せない。ミズキはただただ苦悩に身体を震わせるばかりだ。
「アヤチどうしよう……」
リリィは所在をアヤチに求める。
アヤチは困った様子でしばらくら悩んだ後、小さく息を吐き捨てていう。
「容態が悪いのであれば寝かしておくのが最善かと。ミズキ、今日は部屋で休眠してなさい」
そういって、ミズキの身体をさすってベッドに横たわさせる。
「リリィさま、ラマンさまがお待ちになってるので先にエントランスに向かって頂いてよろしいですか?」
「ええ、わかったわ」
「近侍とも一目会いたいと仰っていたので、一言ラマンさまにお断りを入れて頂けると助かります」
「もちろんよ。気分の優れないミズキを出歩かせるわけにはいかないわ」
部屋を出る際にチラッと顔色の悪いミズキを見ていう。
「ミズキゆっくりしててね」
そう言い残し部屋に出て行った。
それを見送ったアヤチがフーッと一息つく。
「まったく何があったのか。メグチも帰ってきてないし、あなたまで不調とは。いやはや」
文句を口につくアヤチだが、その手はミズキの手に触れていた。
暖かい感触が震えをいなす。
徐々に思考が明瞭になっていくのを感じ、唾を飲み込んで言葉を発する。
「あ、ありがとう」
ついた言葉はお礼だった。
見上げるとアヤチは一瞬驚いたように目を見開いたが、次には優しく目を細めた。
「いえ、あなたもメグチと同じようなものです」
「それって……?」
「手のかかる妹ってことですよ」
アヤチは苦笑していう。
「メグチは愛猫のメメが居なくなった時にとっても元気がなくなって、こうやって手を握って一日中いましたね」
「いいお姉ちゃんだ」
か細くいうと、アヤチは小さく笑みを溢す。
「いい姉、そうだといいのですが」
と、アヤチは視線を逸らし遠い目をした。
そして、ベッドから立ち上がり手を離す。
「落ち着いたようですし、エントランスに戻ります。またここにきますから来たら一緒に朝食にしましょう」
「う、うん」
アヤチはそのまま部屋を後にした。
残る手のひらのぬくもり。獣人だからか体温は高く感じた。ほのかに部屋には爽やかな柑橘の香りが残ってる。
暖かく安心する。
それでも拭えない言い知れない不安。
ミズキはもう知っている。
回帰は死を起点に発動する。その効力は最後に起きた直後に戻る。
それが意味するのはミズキは今日確実に死ぬ未来が待っているということだ。
ぬくもりと香りが残ってるように、恐怖と呪いは残って離れてくれない。
その乖離に絶望しながらミズキは無理やり瞼を閉じた。




