不穏残る交流会
交流会に残ったのは尋常ではない不和であった。
後継の皇女の不在。王都を取り巻く不信。そして、巡礼を待たんとする姫達。
姫の交流会と銘打った割に、有意義とは言えない空間だった。素直に楽しめる空間とも言えない、難儀な時間。
アリゼルがカシュを連れて戻ってきた時のカシュの表情が脳裏に焼き付いて離れない。少しだけ目が赤く憂いた横顔が。
カシュはどんな思いがあって巡礼を望んでいるのかうかがえ知れない。それをカシュにも近侍のファルマにも訊ねるのを躊躇う。
そして同時に、リリィにも巡礼に同様の思いがあるのだろうかと思ってしまう。
だから、ミズキは不意に岐路の中でミズキに聞いてしまった。
リリィはどうして姫になって巡礼するの? と。
初めてリリィに面と向かって質問したかも知れない。リリィは驚いた顔をしていた。そして、戸惑っていた。
リリィはポツリと答える。
「私は選ばれたわけじゃないから」
その言葉は時計台で語ったと事を同じだった。ただ以前と違いどこか弱々しい。
「私はカシュみたいに思いがない。ただ漠然と姫の信念を思い描いているだけだよ。フィロルドはこうあるべきっていうーー永劫の平穏を目指すべきだって」
時計台で信念を語った時の様子とは違う仕草を見せるリリィに、ミズキは当惑する。
きっとその心境の変化はカシュの態度を見てのことだろう。
彼女の立場はただフィロルドという血筋に生まれたから姫の身姿を得ているだけに過ぎない。それはリリィ本人が一番自覚している。時計台で語っていたように、加護を持たず原初の姫の名を持つだけで担ぎ込まれた存在。
一転してカシュは加護を持ち合わせ巡礼のために王の儀式を待ち望んでいる。姫の使命を全うするために必死だ。
リリィは苦笑を噛み締めていう。
「カシュがフィロルドだったら王都のいざこざ関係なく巡礼に行けたのかもね」
それはフィロルドだから姫を認められた特例があったからこそ出てきた皮肉だった。
「姫はみんな永劫の平穏を目指すけど。きっと大体の姫はね。巡礼の先で願望を叶えるために姫になるんだよ」
「何それ……? そんなのあるの?」
ミズキの疑いのある追及に、リリィは小さく頷く。
「だって、そうじゃなきゃ姫の尊さも意味もないよ。巡礼を越えた先に姫の願望が叶う。きっとカシュはその思いが強いんだよ」
そういって物憂げに顔を傾ける。
「私にはそういうのはない。原初の姫の宿願しかないから」
「リリィ……」
リリィはフィロルドという名前に縛られているように思えた。だから、あの時計台で話した私の夢とはフィロルドの夢なのだ。
そこにリリィ自身の思いはあるのだろうか。
加護もなく姫に担ぎ込まれた彼女の思いは計り知れない。あるのは知られた名のみ。
リリィがあのフィロルドなんて言われる様子を幾度も見てきた。そのフィロルドに仕える近侍が馬鹿にされることも多々あった。
その意味をやっと理解できた。
フィロルドは単なる姫ではないこと。そしてリリィとあまりにギャップがあるということ。
ミズキは何かを言おうと考えるが思いつかない。声の掛け方が見つからない。
口だけが開閉を繰り返して出まかせを望むが、思うようにいかない。沈黙だけが空間を支配する。
ミズキが惑っている間に、いつの間にか王都の別邸の前に到着していた。眩い街灯がミズキ達を淡く照らしている。
別邸の玄関口の前で騎士風の姿をした二人かがいるのが目視できた。それに対応するのは使用人のアヤチだ。
ミズキとリリィは先ほどの会話はから切り替えて二人で見合わせてリリィはいう。
「メグチのことで進展あったのかな」
そういってミズキより先にその場に駆け寄った。
リリィがその場によって声をかけると、二人の騎士風の姿がこちらにきづき一礼をする。その二人はどちらも知らない人だった。
「では、我々は失礼致します。フィロルド様、そちらの使用人にはお話を通しましたが今王都は落ち着かない状態であるので明日の外出は控えるようにお願い致します。また行方不明の使用人ですが、現在騎士団がササキさまと合流して捜索していますのであまりご心配なさらないように」
と、騎士団から派遣された彼女はチラとアヤチの方を一瞥した。アヤチは怪訝な様子でどこか上の空だ。
「ササキも騎士団に加わっているのね」
リリィがそう確認するようにいうと、相手は素直に頷く。
「ええ、騎士団も別件で多くを割いている状態でしてササキさまには大変お世話になっています」
「メグチ捜索にの手助けになるのなら良かったです。いち早く、彼女が見つかることを祈ってます」
リリィの願いに、相手は深くお辞儀をしこの場を後にした。
騎士団の使いが去った後、リリィがメグチに話しかける。
「大丈夫かしら、メグチ」
「ご心配おかけして申し訳ありません。大丈夫です。騎士団さまがご捜索なさっているようですので」
そういうメグチの獣耳はすっかり垂れてしまっている。いつも彼女の誠実な性格を表すようにピンとしたそれは力無く折れている。尻尾も同じように物憂げさを表して垂れている。
「そうね。きっと明日には帰ってくるわ」
リリィは気丈に振る舞ってメグチを慰める。メグチは主人の気遣いに無理やり微笑を作るがぎこちない。
きっと今日一日、朝からアヤチのことで心配でいたのだろう。
「とにかく今日は早く眠りなさい。疲れている顔を妹に見せるわけにいかないでしょ?」
「ありがとうございます。リリィ様」
そういってフラフラと別邸の中に入って行った。
「私たちも自室で休もうか、ミズキ」
「う、うん……」
別邸の中は静かだ。
人が少ないから当たり前であるが、アヤチがいないだけで静けさがやけに際立つ。
今日一日、気の重いことばかりだった。別邸に戻ってさえそれは無くならない。
「ねえ、ミズキ」
自室の前で不意にリリィに呼び止められる。
「何?」
声を顰めて聞く。
「明日さ。どっかお店見て回らない? 二人で」
「え……、でも、明日は外出控えてって言ってたような……」
騎士団の使いが言っていたことを思い出していう。
「だからだよ。騎士団がそう言っているから、明日の面会はないだろうし。せっかく時間が空いたから二人だけで行こうよ」
「いいのかな……」
「大丈夫だよ! じゃあ、明日約束だからね」
「え、ちょっと……」
一方的に約束を取り付けてリリィは自室に戻って行った。
なんだか何かをはぐらかしているような気がした。色々な不安を隠すような気がした。
ミズキもいい知れぬ不安が胸の中で支えている。今日一日色々なことが起こり過ぎた。
完全に処理できていない中、自室に戻りベッドに深く潜り込む。
どうか明日何事も解決しているように、と祈りながら瞼を強く瞑る。
きっと朝起きればいつも通りの日々に戻っていると、リリィが楽しげにミズキを起こしにくるような素敵な一日の始まりがあると信じて。
ミズキは深い夢の中へと潜っていった。
身体が重く感じる。精神的な疲労が身体に投影されているのかもしれない。
徐々に覚醒していく頭はぼんやりと思考を広げて環境の音を拾い始める。
「ねえ、起きて」
その声に頭は安堵する。
どうやらリリィは起こしに来てくれたようだ。こんな日まで律儀に起こしに来てくれるなんて、心労が少しだけ軽くなる。だからミズキは少しだけ寝たふりをする。
心地のいい声は、途端に表情を変えてミズキの名を呼ぶ。
「ミズキ!」
唐突に目覚ましのように名を呼ぶ声に応えてハッと目を覚ます。
そこには嬉しそうな顔でミズキを見るリリィの姿があった。
「もうリリィ……驚かさないでよ……」
「ふふ、お寝坊さんなんだから。それにしてもちゃんと眠れた? なんだか疲れてるみたい」
「そりゃ眠れないよ。リリィだってそうでしょ?」
ここで違和感を得る。そうきいた時、リリィが怪訝な表情をしていたからだ。
「え? どうして?」
「どうしてって……もしかして今日二人で王都を見て回るからリリィ的には大丈夫だったのかな」
「ミズキ、一体何を言っているの? そんな約束していないと思うけど。今日は二人でいられないよ?」
「え? リリィこそ何を……」
急に胸の中が燻る。背筋がだんだんと凍りつくような感覚。喉元に異物が引っかかっているような感覚。
渇く。渇いてしょうがない。
目がやけに瞬いて気が遠くなりそうになる。
扉の鳴らす音で現実に引き戻される。部屋に訪れたのはアヤチだ。
「リリィ様、おはようございます」
主人に挨拶をむけ、次にミズキに向けられる。
「ミズキ、いつまでも寝ぼけていないでさっさと支度して下に降りてきなさい。客人がいらっしゃってるわ」
ミズキは額に汗を流して咄嗟にそれを口にする。
「客人って誰?」
ミズキは期待していた。思っている人物と違うことを。
「ああ、そうね。こんな朝早くに誰が来たのかしら?」
と、リリィが気になってそういう。
アヤチはフーッと息を吐いて一息でいう。
「エステル教会の愛の席、ラマン様です」
彼女の言葉に、期待は見事に崩れ去った。
事態を把握し確証を得る。得た瞬間、ミズキの顔面は青ざめていく。その姿にリリィが心配そうに名を呼び倒れそうになる体をベッド上で抱き止める。
気はだんだんと遠くなる。
ミズキは再び戻ったのだ。交流会が行われる今朝に。
その意味は回帰を顕現させたという事実と、ミズキに死が訪れていた事実を確固としていた。




