交流会の側で
石垣から覗くその中庭の反対側は嫌な雰囲気が漂っていた。
覗くミズキたちは無論声を潜めその状況の行方を見守る。
その先には青筋を作って大声でがなる大魔術師クリシュが二人を相手にしている。
その相手は、一人は騎士風の格好をした不満顔の人。もう一人はそこから少し距離の離れた所にある石柱の影で狼狽えている使用人風の人。
二人の反応はまるで真逆だ。怒声を浴びせるクリシュに対して、不遜な様子を隠さない者と、すっかり怯え慄く者。
クリシュの苛立ちはなお消えないようで、いつ彼女の巨体を活かした拳が飛んでいくんじゃないかと冷や冷やする。
彼女の柄は大魔術師であるが、その体躯は武道家のような形を想像させるからだ。
クリシュは怒りを鎮めるように息を大きく吐いてから静謐めいて声を出す。
「てめぇら二人もいてなんでレイナがいなくなる?!」
クリシュの詰問に呆れたようにため息を吐く騎士風の麗人。麗人の態度にクリシュはさらに青筋を張り詰めるが、麗人は鼻を鳴らして一蹴する。
「メイヘン様と共謀されては敵いませんよ。彼女の加護に私たちはやられたわけですし」
と、彼女は一切悪びれずに淡々と告げる。
クリシュは一瞬押されたように声を失う。それを見逃さない麗人が鋭い眼光で睨み聴かせて追及する。
「そもそも前回のことを踏まえてクリシュ様も介添えに召集されたのでしょう? レイナ様がメイヘン様の加護を当てにするのは明らかですし、私たちでは対策できないのもお分かりになってるはずです」
「それならメイヘンとレイナの接近に注意をするべきだったな。そこまでわかってるならな」
クリシュの威圧に麗人は引かない。こちらに落ち度はないと面に目一杯浮かんでいる。
「クリシュ様も分かってるならしっかり見張るべきですよね? ネコなんかに頭抜かさないでさぁ?」
不意にネコという単語にクリシュはギョッとする。
すぐに面を正すが、瞳には動揺が隠しきれてなかった。
「何を言ってる、ルフェルナ・メルナ」
フルネームで目の前の麗人を呼ぶクリシュ。
メルナと呼ばれた彼女は不敵に笑みを溢していう。
「お言葉ですけど、クリシュ様。レイナ様を甘く見ましたね? 見事に出し抜かれたという他ありませんよ。私たちもオルファナス議会の連中も」
メルナの言葉に、ふーっと息を長く吐くクリシュ。
「っち……、ネコさえいなければ」
「あんな無害なネコを怖がるなんてクリシュ様、大した事ないですよね」
「バカいえ。ネコが無害なものか。ネコは災厄そのものなんだ」
「大袈裟ですし、世迷言です。愛玩使い魔のただのネコに大仰です」
「はん、私に言わせれば愛玩にしてるのが世迷言だがな」
と、クリシュは忌々しく吐き捨てた。
「……メリナ、レイナの行く宛に心当たりは?」
「さぁ? ねぇ、ミキはどう思う?」
メリナは後方の石柱で隠れてる使用人のミキに話を振る。
唐突に話を振られたミキは大袈裟に驚いてはオドオドしながら前に出てきて話す。
「前回を考えればメイヘン領に向かわれてると思われますが」
「すでに騎士団が向かってる。が、レイナはおそらく追手のことも読んでるだろう」
クリシュは冷静に分析する。
「は、はい。だから、きっと、おそらく」
ミキはハッキリしない様で物事を伝えようとする。
「なんだ?」
クリシュは焦って真意を問う。ミキはやはりクリシュが苦手のようで真意を告げるのに多少間を作っていう。
「あ、えと、レイナ様に協力者がいるのではないかと思って……」
「それはメイヘン以外か? それともメイヘンの家が協力者と言いたいのか?」
クリシュの詳細を聞く姿に、ミキは小声で答える。
「以外です……」
「根拠は?」
「レイナ様がやけに連絡石を気にされていたようでしたので、それにこの周到さはお二人だけの知恵ではないように思います」
「ふむ、そうなると足跡を洗えるかもしれないな」
クリシュは思い立って思慮を巡らせる。
その最中、クリシュがチラッと不意に石垣のほうに向いた。
反射的に隠れるが、すでに見られて遅かった。
「おい、そこの近侍ども! てめぇら、見てないで広間の方戻りな!」
クリシュの一喝にそそくさと三人は広間へと戻る。
「はあ、こわっ……」
と、漏らすミズキにファルマがいう。
「まさかクリシュ様が付いてて逃げたなんて」
「……それだけレイナ、様が上手かったんじゃないの?」
「まぁ、そうだろうが……」
ファルマはどこか引っかかる様子だった。




