アリゼルとアリマ・1
不気味な訪問者の登場にミズキは慄いていた。
黒いハットを深く被った人物二人が引き連れた荷車から二人の女性が降りてきた。
一人は自分からは何も発さないアリマ・スレート。もう一人は人形のように端正な面持ちをした微笑の素敵なアリゼル・フイカ。
アリゼルが姫と名乗った以上、そばに仕えるアリマは近侍ということに予想がつく。
とはいえ、鈴の音と共に人力車で登場した彼女たちを異質と言わず得ない。今まで遭遇した姫の中でも際立っているのは確かだ。
雰囲気すらも凌駕する彼女らの登場にミズキは萎縮する。その隣で、メグチが生唾を飲んで発言する。
「どうしてこんな夜更けに訪問を? 訪問の連絡は受けていませんが?」
メグチの発言に、アリゼルはフッと鼻を鳴らして笑う。
「あら、フィロルドと約束しているわけじゃないわ」
「……ではどうしてここへ?」
と、絶えず返すメグチは神妙な面持ちだ。
「ふふ、わかってるくせにぃ」
不敵なアリゼルの言葉にメグチは目線を逸らす。
ミズキはその隣で不思議そうに二人の間を見ている。すると、アリゼルはこちらの方に視線が向く。
「あなたフィロルドの近侍ね」
「え、はい……。そうですけど……」
戸惑いながら応えると、アリゼルは小さく笑みを作る。
「私のアリマと比べると、頼りなくて美しさも足りなくてーーふっ、かわいそうな近侍ね」
「そりゃあ、どうも……」
初対面にして失礼な言葉を投げかけてくるアリゼルに、苦笑いをする。他の姫も似たような反応をしてきたので、この手の反応には慣れた。
「そういう……アリゼルはこんな夜に屋敷へくるなんて常識がないね。メグチに用があるみたいだけど、そんなに人を引き連れてくるなんて一体何用?」
苦言混じりに問いかけると、アリゼルは馬鹿にしたように笑みを面に作って返す。
「大事な用よ。そこの獣人の使用人にとってね」
そういって、白く細い指先をメグチの方に向けた。
ミズキは反射的にメグチの方を一瞥するが、彼女の神妙な面持ちを見てアリゼルの方に向き直る。
「大事か何かわかりませんけど、少しは時間を考えて訪問したらどうですか? メグチも驚いていますし、そんな不気味な人たち従えてくるなんてーー」
と、言いかけたところでアリゼルは場を制すように笑みを溢す。
「ふふ、人たちねぇ」
「な、なにさ……」
不気味な雰囲気を醸し出すアリゼルを前にして、思わず後退りしてしまう。
その様子をアリゼルが面白がってクスッと微笑を口元に浮かべる。
「人ではないわ。この車を引いているのはね」
「人じゃないって……人に見えるけど」
そういうと、アリゼルは破顔していう。
「これは人形よ。私の加護で動かしているの」
「人形? 加護?」
急な話に、理解が追いつかずオウム返しをする。
隣にいるメグチが横から話を割る。
「アリゼル様の持つ加護、人形の加護です……。彼女が人形と定めれば思うままに動かせるとか」
「はぁ……」
まさに、その名の通りの加護だと納得する。
だが、アリゼルは小さく息を吐いてそれを付け加えて述べる。
「人や動物に似た作り物だと加護が認識すれば適用されるわ」
アリゼルは誇らしげに語った。
「ふーん、便利な加護なんだね」
人力車を引けたりするのだから、小間使いとしては非常に融通が効くのだろう。そういう意味では便利だと思った。
アリゼルは笑みを崩さぬままポツリと呟く。
「そうねぇ、便利、だわ」
不気味な笑みを前に、ミズキは少し怯えた。




