夜の訪問
ミズキはクラクの別宅その庭でぼんやりしていた。
昼間の屋敷の騒がしさに比べ静謐に包まれた庭は心地の良いそよ風が流れていた。
夕食を終え、リリィが自室でアヤチとクラクの公務をするために行ったのを見送ってお休みの時間までミズキは一人でいる。つまるところ手持ち無沙汰というものだ。
この時間は、リリィと他愛のない話を広げるのが毎晩のルーティンであったが公務であれば仕方ない。
ミズキは久しぶりに一人の時間を過ごすことになっている。
ササキと話すのも悪くないと一瞬過ったが、その本人は街に繰り出しているという。屋敷を出る前、ササキは妙に嬉しそうな顔で出ていったのを思い出す。あのくらいの年ならば、きっと酒を呑みにお店へ顔を出しているのだろう。なんていう妄想を浮かべる。
まだ寝るには早い時間、寂しい月夜を見上げるのも風情な気もするが誰か話し相手が欲しかった。
庭を当てもなく散策していると、ふと声が耳に入る。
「ほーら、ネコたちぃ。ご飯だよー」
優しげにあやす声だ。庭先の片隅に、やけに灯りの照らされた場所を見つけた。
そこを覗くと、数匹のネコに囲まれて嬉々と表情を浮かべるメグチの姿があった。
メグチは手のひらにネコのご飯らしい魚の身をほぐしたものを持ってネコたちに与えている。数匹のネコが取り合うように鼻息を鳴らしながら彼女の手のそばに集まっている。その光景を見て彼女は獣耳をピンと立てて、獣の尻尾をゆらゆらと楽しげに揺らしていた。ご飯を待っているのか、その揺らされた尻尾にまとわりつくネコも散見できる。
声をかけようと考える前に、一匹のネコがミズキの姿に気づいて黄色い目を向けた鳴き声を発した。
「え、誰かいるの?」
メグチはネコの意図に気付いてそのネコの視線の方向に目を向けた。そこでメグチはミズキと目が合う。
「ミズキだー。何してんの?」
メグチはミズキと目が合うなり、手のひらに乗せたネコのご飯を草の上にばら撒いてこちらに近づいて問いかけてきた。それと一緒に、数匹のネコまで付いてくる。
まるでネコの親分なメグチに多少苦笑気味なミズキ。問いかけてきたメグチは好奇心ありげに耳をピクピクさせていて、彼女もネコっぽい。
「ちょっと散歩」
端的に応えると、メグチはふーんと鼻を鳴らした。
メグチがミズキと話していると、足元にいるネコがミズキにもすりすりと身体を擦り付けてきていた。どうやら、ミズキにも甘えているようである。
こうして見ると普通のネコと変わりない。この世界では使い魔と位置付けられているが、そんな凶悪なイメージはない。とはいえ、昼間のクリシュのあの怖がり見ると本当はそういう部分が眠っているのかもしれない。
そう考えるが、ミズキの中ではネコは現実と遜色ないものだと捉えていた。ミズキはネコの甘えに応えるように、一匹の喉元をさすった。
「あら、ネコの扱いを知っているのね」
「え、まあ」
ネコは現実でも好きな方ではあったため、ネコの撫で方は心得ていた。頭を撫でるよりは首周りを撫でてあげると喜ぶことは知っている。
「その子は特に首のところが好きなんだよ」
そう言って、メグチは周りのネコのことを話す。
メグチは一匹、一匹のネコの名前を覚えていてまたどこを撫でたら好きだとか、どんな性格だとかも知っている。それを楽しそうに話すメグチは本当にネコのことが好きなんだと思った。
「ネコのお世話はメグチ一人で?」
ネコと戯れながら会話に興じている中で、質問をする。
「そうだよ。でも、この子達を使役しているのは私じゃないんですけどね」
「そうなの?」
「この子達の主人はルラ様です」
この屋敷に来てルラの名前を聞いて少し驚いた。ルラはクラクに仕えた魔術師だが、この王都の別宅の使い魔まで使役しているとは予想つかなかった。
ただ使役しているルラがいなくても使い魔が機能していることに驚いた。
「ルラってクラクの屋敷の魔術師だよね。使い魔なのに、その主人がいなくて言うこと聞いてくれるの?」
率直に質問を投げかける。
「契約の問題ですよ。特にネコは使い魔の中でも融通の効く種類でしてーーまあ、自由なところもありますが」
「はぁ、そう……」
手のかからない使い魔だと自分の中で納得した。
と、一匹のネコが不意に二本足で立って周りをキョロキョロし始めた。
ミズキは芸達者なネコだな、なんていう安易な感想を抱いていた。が、メグチは怪訝な顔をしていた。
「誰か屋敷の敷地に入ってきたみたいですね」
「え、誰だろう」
急に緊張が走る。ネコたちも、皆一斉に鳴き始めた。
「ミズキ、一緒に来て頂けますか?」
「う、うん」
戸惑いながらも肯定する。
ミズキとメグチは夜の訪問に緊張しながらも、門前へと足を急がせた。




