メイヘン・ユイ
昨日、カシュ・ミミという生意気な姫に遭遇したことをミズキは思い出した。
オルファナスには姫が四人いる。一人はフィロルド・リリィ、昨日遭遇した幼なげな容姿のカシュ・ミミ。そして、昨日の今日にして出会ったメイヘン・ユイという少女。あと一人でコンプリートだとミズキは心の中で思った。
リリィのように高貴で上品。ミミのような生意気で傲慢。今日会った姫、ユイは穏やかな品を持った姫だ。
碧色の瞳は丸く穏やかさが宿っている。その面もほんわかとした癒し系で、当のネコ集団のかけっこがなければ少しは明瞭に見えただろう。今は落ち込みが勝って項垂れた様子だ。
自己紹介を終えたユイはすでに遠くに消えてしまったネコの集団の方を見据えるが、その目は残念そうにしている。
労う言葉も見当たらず、ミズキもメグチも声をかけたことを後悔しているとユイの元に駆け寄ってくる人物に気づいた。
「ユイ様、何も貴方様がお急ぎにならなくても」
「私が頼まれたことだから……」
駆け寄ってきた人はミズキとメグチの存在に気づかないままユイに話かけた。その人は冷然とした面持ちで表情の起伏のなさはクラクの屋敷におけるヘレナを想起する。だが、髪はショートぐらいで面差しにどことなく幼稚さもありヘレナとは違った印象を受ける。
ユイを敬って呼ぶ彼女の腰には剣が携われており、騎士のようだ。
騎士のような女性は諦めたように息をつくと、ミズキとメグチの方に気づいて礼儀よく頭を垂れた。
「失礼。フィロルドの近侍様、使用人がいらっしゃったとは知らず、無礼を」
「いや、無礼なんて……」
かなり腰の低い挨拶にミズキも恐縮してしまう。彼女に倣ってお辞儀をする。
「リク、あなたの紹介を」
ユイはリクと呼んだ女性に自己紹介を促す。
リクと呼ばれた女性は表情を崩すことなくユイを一瞥してミズキとメグチの間を見るようにして言葉を紡ぐ。
「アイゼン・リクと申します。メイヘン・ユイ様の近侍を勤めております」
と、端正に言葉を紡ぎ丁寧なお辞儀をした。
彼女と同じように、ミズキも自分の名を述べて隣のメグチのことも紹介した。
お互いの紹介が済み、リクは先ほどの事態を顧みて状況を簡潔的に話す。
「先程は珍妙な光景に些か驚かれたかと思いますが、気にしないで頂けると助かります」
「そう言われても……、あんなメルヘンな光景なかなか忘れられないよ」
ネコの大群を追いかける少女なんていう絵本の世界の光景はしっかり脳裏に焼き付いている。
ミズキの言い様に、リクは困ったように眉を寄せて続ける。
「メイヘン家ではネコを多く使役しており、そのネコが契約更新の儀をする際に逃げてしまいまして」
「ああ、そう……」
ミズキの価値観ではネコはペットの類だが、この世界ではネコは使役する存在だ。使い魔というらしいが、彼女の言葉から察するに使い魔として更新するときにフリーになったネコが飛び出した。と受け止めていいのだろう。
ネコは伝書にも扱われるため、ほとんどの屋敷ではネコを使役しているのは最近の知識だ。フィロルドも二匹のネコがいる。だが、あんなにネコがいるのは使役の範囲を越した契約のような気がする。どうにも趣味が混じっているような。
そう思ったミズキは不躾にいう。
「あんなにネコがいるなんてメイヘンの家はネコ好きなの?」
そういうと、リクは一瞬驚いた表情をして苦笑を浮かべた。
「ええ、使い魔とはいえ愛玩のような扱いばかりのネコですよ。メイヘンの家は代々多くのネコを飼い慣らしていますから」
「そうなんだ」
「世代を受け継ぐ際に、ユイ様は戸惑ってしまい。このような事態になってしまった次第で」
「ふーん、ならここで話していて大丈夫なの? だいぶ、あのネコたち離れていったけど」
ミズキが気遣っていうと、リクは小さく笑う。
「まあ、大丈夫ですよ。ネコは賢いですから」
「?」
回答になっていないものに疑問する。
リクの隣にいる姫のユイも目を丸くさせていた。
「そろそろネコが屋敷に帰ったところでしょう」
不意にリクは呟くようにいう。
「あー賢いってそういう」
ミズキは感心していう。
「立ち話に付き合って頂きありがとうございます。ユイ様、いきましょうか」
二人は会釈をして、その場を立ち去っていった。最後は一方的な感じで、ユイに至ってはリクに言われるがまま去っていった。
メグチが会話を挟む余地のないまま二人は行ってしまい、メグチは寂しそうにぽつりという。
「私も話したかったです……」
「まあ、あの人たち急いでいるみたいだから仕方ないよ」
体のいいフォローをついでに、メグチの尻尾をつんと触った。
メグチは反射的に尻尾を隠すようにバッと手で覆い、こちらを睨むが、ミズキ的には可愛げな小動物の反応に見えて口元をニンマリとした。
メグチはツンと悪態をつくが、ミズキはまあまあと宥めるように背中を撫でると彼女はすぐに機嫌を取り戻した。




