二人目の姫との遭遇
リリィとササキが王宮からの使者フーヴェスト・コウに連れられ屋敷を出て行き、ミズキは少しだけ寂しい気持ちになっていた。
さながら留守を言い渡された子犬のような姿に、一緒に隣で見送っていたアヤチが優しげな面差しでクスリと笑った。
微笑ましい様子を邪魔するようにメグチが大きく緊張を解くように息を吐いていた。
ミズキを見ていたアヤチの優しげな面差しはメグチの様子を一瞥するなり、キリッと視線を正していう。
「だらしないですよ、メグチ」
アヤチの差し込んだ一声に、メグチの獣耳が緊張するようにピンと立った。
メグチは愛想笑いで誤魔化して、思い出したようにいう。
「そうです! これから買い物があるのです! ミズキ、あなた暇でしょう? 一緒にいきましょう!」
「え……」
唐突なことに当惑を見せるミズキ。その横でアヤチが嘆息していう。
「同じ使用人の立場なのですから、暇はないでしょう。お手伝いとして誘ってください」
アヤチのお叱りに、メグチは視線をキョロキョロさせる。
アヤチはそのまま続けて、当惑するミズキに妹の言葉遣いを気負って代わりにいう。
「メグチに頼んだお買い物はあなたにもしてもらうつもりだったのです。ミズキ、屋敷にいては時間を持て余すでしょう。昨日廻りきれなかった分も含め、王都を見て回るのにちょうど良いですしお願いしてもよろしいですか?」
丁寧な言い様にミズキは戸惑いを隠せない表情のままに頷いて了解する。
メグチの言い分通り、ミズキの予定はない。屋敷にいても、雑務を手伝わされるか自学をするしかないだろう。唐突な申し出ではあったが、王都を回る方が気楽だ。
ミズキは顔を正して項垂れているメグチにいう。
「じゃあ、準備して行こうか」
ミズキの言葉にメグチは気を取り直していった。
「そうですね!」
嬉々とした様相で屋敷に戻るメグチに、ミズキはゆっくりとしたペースでついていった。
準備とはいえ、ミズキもメグチも服装は整えられており手短に済んだ。
メグチの懐に貨幣となるコインを忍ばせたところで、二人は早速アヤチからの頼まれごとを済ましに屋敷から出た。
屋敷から出るとメグチは身が軽くなったようにウキウキとした表情で隣を歩いている。
姉のアヤチから怒られている様子を見るからに、姉の視線のない状況が軽快になっているのだろう。
獣耳はピクピクと動き、獣の尻尾がふりふりと揺れ動いている。まるで、散歩を楽しむ犬のような様子にミズキは微笑ましくなった。
そんなミズキの視線に気づいたメグチが、ニヤッと口角をあげていう。
「知ってますか? 王都は今お祭り状態なんですよ!」
「そうなの?」
ミズキはやましい視線を諭されるのかと思って受けたが、メグチが話したのは王都の状況だった。
肩透かしに、反射的に聞き返すとメグチは街の大通りに出たところで話す。
「ええ! なにせ王位継承式が控えていますからね!」
「ああ、それでか」
昨日、出店の多さに驚いたことを思い出す。時期も相まってと話していたが、王位継承式が関係しているようだ。
とはいえ、並ぶ出店のほとんどは雑貨だ。オルファナスは銀雑貨が主流ということもあって、銀の飾りものが立ち並んでいる。
出店については見飽きたこともあり、目を光らせて出店を物色するメグチと反してミズキは他の面白そうな店を探す。
雑貨、魔法道具、食べ歩きに良さそうな串に刺さった食べ物など日本で見た祭りの出店のようなものもあれば異世界ならではの魔法に関したお店もある。
魔法なんかは物珍しい気もするが、魔法に才覚を見出していないミズキにとってはあまり気にならないものになっていた。慣れた、というのもあるが。
して、銀雑貨の出店を前に逐一足を止めるメグチにミズキは水を差す。
「ねえ、買い物は?」
「はっ、忘れてました!」
「思いっきりウィンドショッピングを楽しんでたけど……」
ミズキが買い物をしない物色する様子を言うと、聞き慣れない言葉だったかメグチは獣耳を折り畳んで首を傾げる。ミズキは、ああ気にしないで、と思わずついた言葉を忘れるように諭した。
「どれもこれも素敵で目移りしてしまうんですっ。こんな日じゃないと見れませんからっ」
「こんな日って銀雑貨はここの名産だからいつでも見れるんじゃないの?」
「とんでもないです!」
急に、テンションをあげたメグチがまん丸瞳を見開いてこちらに近づいてきた。
「な、何よ……」
びっくりして後退りするが、ピンと立つ尻尾前にして気圧される。
「この日のために他国の商人が出店を出しているんですよ! 他国の名産品も見られますが、何より他国の味のある銀雑貨が見られるのはこの日しかないのです!」
「はあ」
「何より銀雑貨の本場で勝負する姿勢、素晴らしいと思いませんか!?」
「そ、そだね」
かなりの熱量を押し付けられ、押されるままに返事をする。
「それじゃあ、ここの出店は他国なんだね」
「はい、そうです! だから、珍しいんですよ!」
「そう……、ここ出身の出店はないのかな」
ふとしたことを口にすると、メグチは不意に難しい顔をした。
疑問に思ったが、メグチはポツリと呟く。
「この大通りにはなさそうですねー」
「?」
かわされるような言い様に訝しげになるが、メグチはすぐに当たりの銀雑貨の出店に目を光らせた。
ないならないで、そう言うものだと思うが少し気になった。ただ昨日、お店で銀雑貨を購入した件を思い出して大した事情も思いつかない。
たまたまこの通りにないだけだろうし、王都に店を出しているために出店がないのだとも考えられたので思慮はすぐに霧散した。
子犬のように銀雑貨を物色するメグチを横目に、買い物先を見失わないように気をつける。
その時、大通りの向こうから騒がしい音が聞こえた。
それは何かの鳴き声が複数合唱するかのように鳴いていて、細い足音を走らせてこの大通りを颯爽と抜けようとしていた。
その鳴き声の合唱の奥で、若干焦燥を含ませた声で叫んでいた。
「ま、待ってください! ネコさんたちっ!」
その声はその集団を追っていたのだ。その集団は、ネコだ。
にゃー、にゃー、と甲高い声で小さな体躯を走らせて大通りを抜けるネコ。背後の制止する声も気に留めず、出店の店主らから出る驚きの声もわき目に振らず、ネコの集団は抜けていく。
奇妙な光景に、道端に控えたミズキとメグチはぽかんと口を開ける。メグチもすっかり銀雑貨の興味よりもネコの脱走劇に注目した。
ネコの集団から遅れて、息を切らして追いかけていた少女がミズキとメグチの前で足を止める。
はぁはぁと息が切れ、呼吸を整える彼女は真っ直ぐと正面のネコの集団が遠くなっているのを見て脱力したかのようにその場で崩れ落ちた。
「はぁ……、だめですぅ」
ネコを追いかけていた少女は諦めて嘆息した。
ミズキとメグチはネコの集団に唖然としたが、ミズキが先に気づき少女を心配する。
「大丈夫?」
声をかけると、少女のおっとりとした碧色の瞳がこちらに向き涙目になっているのがわかる。
柔らかい印象を受ける面が、その涙目のせいで儚さを演出させている。どこか上品さもある姿に、リリィを想像する。
「大丈夫じゃないですぅ」
「そ、そうだよね」
やけに素直な回答に戸惑う。
「…………」
戸惑っているミズキの隣で、メグチがまじまじと少女の方を凝視していた。
ミズキが失礼じゃない? と、小声で注意するとメグチは思い出したようにいう。
「あ、あなた、メイヘン様ですか!?」
「メイヘン?」
驚いていうメグチに、ミズキは疑問する。
すると、それを聞いた少女がその場を落ち込みながらも立ち上がってこちらに向き直る。
「そのお衣装はフィロルドの近侍、クラクの使用人の方ですね……。お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ないですー」
言葉の中には悲哀がおり混ざっているが、終始穏やかな口調で話すメイヘンと呼ばれた少女。
少女は間を置いていう。
「私はメイヘン・ユイ。姫ですー」
彼女は簡潔な自己紹介でありながら、あっさりと姫だと話した。




