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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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王都の夜景の中で


「『永劫の平穏』? それって……」

 聞き馴染みのない単語に首を傾げる。

 リリィは難しそうに面を歪め王都の夜景を見下ろしていう。

「それはね。姫がいる意味でもあるんだよ」

「…………」

 彼女は神妙な面持ちで語り始めた。

「イブは知っているでしょ?」

「うん、世界の災厄だっけ?」

「そう……」

 と、頷き彼女は続ける。

「イブがどういう存在かミズキも知っていると思うけど、イブは時代を繰り返すの。倒しても、封印しても、イブは姿や脅威を変えて復活する」

 ミズキは黙ってそれを聞く。

「イブに立ち向かうために姫がいて、イブを倒して一時の平穏を齎した姫は、大成の姫って言われるんだ。姫はね、みんな大成するために巡礼するの」

「巡礼が大成に繋がるの?」

「巡礼は加護を強めるためのものだから、そして偉大な加護にみそめられるための儀式でもあるから」

 そう言ってリリィは俯いていう。

「でも、私にはフィロルドの加護が……」

 ミズキは知っている。リリィの中に加護がいることを。そして、その加護はリリィが死ぬことで目覚めることも。

 周知の中ではフィロルド・リリィには加護が宿っていないことになっている。だが、なぜだか当人は知らないし知っている人物も限られている。

 リリィの中には加護フォレグがいるけど、それがフィロルドの加護なのだろうか。

 もしそうだとしたら伝えた方がいいかもしれないのだが、当人に伝わってない様子から少し事情の複雑さが伺える。

「……どうしてリリィは姫になったの?」

 ミズキははぐらかすように話を変えた。

 リリィは一瞬、驚いたような顔をした。けれども、小さく笑って答える。

「私が姫を選んだんじゃないよ。フィロルドの名前が私を姫にしたの」

「え?」

「フィロルドは一代のイブの時代から続いている最初の姫たちの家系だから」

 ミズキは驚愕する。と言っても、どれほど歴史があるのかこの世界において加減がわからないためピンと来ていない部分もあった。

「最初の姫って……」

「原初の姫とか、原点の姫とか。色んな呼ばれ方しているけど、今はそんな姫の家系も十二もあったのに二つだけなんだ」

 ミズキは息を呑む。

 繰り返されたイブの時代の中で、十の原初の姫の家系は滅びたということだろう。イブの脅威の高さを伺える。

「本当はフィロルドも、前のイブの時代で滅ぶはずだった……」

 リリィは悲壮に顔を歪ませて呟いた。

 ミズキはフィロルドについて気になっていたことがあった。聞く限り、フィロルドはあまり印象よくないように感じる。今日あったカシュの姫も、フィロルドは『色んな意味』で有名だと言っていた。

 色んな意味とは、リリィのいうそれも含まれているのだろう。

「フィロルドは原初の姫だけど、もう名前しか残っていないんだよ。名前しか持っていない、この私しか。加護を継承できずに、私だけ残ってしまったから」

「……」

 かける言葉が見当たらない。咄嗟に、手を伸ばしたがそれすらも不躾だと思って引っ込めてしまう。

「だけどね。私は名前で姫になったし、名前のように立派な姫ではないし、その素質もない。けど、永劫の平穏を目指したいんだ」

 そう言ってリリィはミズキにまっすぐな視線を向けてきた。

「フィロルドとして加護は継承されなかったけど、巡礼で偉大な加護に見そめられてもらう。見そめられてもらえばきっとイブに立ち向かえるから」

 じっと彼女は見つめてくる。そして距離を詰めて、純粋な瞳が月夜に照らされキラキラと見据えてきた。

「ねえ、ミズキ。私の夢についてきてくれる?」

 その問いかけにミズキはしばらく黙った。

 聞かされたリリィの夢と彼女の中にある複雑な事情。

 ミズキにしかわからない真実も混在して、不明瞭な部分も見えてきた。より複雑になったフィロルドの内情に、ミズキは考えをあぐねる。

「王位継承式が終われば、巡礼が始まる。ミズキは……」

 深く考えるミズキに、リリィは不安に思って言葉を紡ぐ。

 ミズキは困ったように笑っていう。

「私の中はもう決まってるよ」

 そう決まっていることだ。

「リリィのそばにいるって決めた日から、私の居場所はリリィの隣だよ」

「ミズキ……」

 リリィは目元に少し涙を浮かべていた。

「イブに立ち向かうって言っても私にはまだわからないことだけど、リリィが私にそばにいてって思うなら私はいつでもリリィのそばにいる」

「……ありがとう」

 か細い声でそう言った。

 ミズキは照れてしまう。

 こういう場面は格好つけて抱き締めたり、撫でたりするのかもしれない。照れ臭いミズキはそういうことはできなかった。

 横目でリリィがスッと身体を差し出しているように見えたが、ミズキは誤魔化すように夜景に目をやっていう。

「そ、それにしても綺麗な夜景だね。王都ってこんなに灯りがあるんだね!」

 チラリと、リリィを見るとほおを膨らませて不機嫌そうだった。

 空気も読めず、照れ臭さを優先したミズキに険な視線をあげながらもリリィは苦笑する。

 そして、ミズキも気恥ずかしさを隠すようリリィに同調するように笑った。

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