王都到着の夜
夕食やお風呂を終えて、別荘内は静寂に包まれていた。
クラクの屋敷に比べ人の数は少ないはずなのに、夕食は賑やかだった。ギャル風のササキと落ち着きのない犬っぽい獣人の使用人のメグチの二人が会話の中心となって盛り上がっていた。
ササキは終始、翌日の王都を回る予定を嬉々として話題にしていた。
リリィとミズキもそれを楽しみにして耳を傾けていた。
話の中で、アヤチがメグチを王都の案内人として同行させることを提案してきていた。それにはササキは乗り気で、名前の上がったメグチも嬉しそうにしていた。リリィもミズキも案内人がいることは心強いし、楽しめそうだと思い承諾した。
そんな夕食会を終え、お風呂も入ったところでミズキは自室でぼんやりとしていた。
お風呂後は、リラックスできるワンピースに着替えている。流石に寝る時までフィロルドの近侍の衣装を着るわけにもいかない。
ベッドの上に寝そべり、深い息を吐いて天井を見上げる。
急に疲労感が押し寄せ、気を抜いて瞼を閉じると眠ってしまいそうだ。
正直、移動だけで今日は疲れている。ガタガタと揺れながらの道中は身体にくるものだ。それに、こんなに騒がしい日は久しぶりだった。
今回、王都に来たのは王位継承式に出席するためのものだ。式自体は一週間後の話だが、その間、王都で滞在し所用もある。所用については主に王宮との兼ね合いらしく、ミズキはその程度しか知らない。
ゆったりとした一人の時間。ベッドの上で一人、寝転がってジタバタしたり、なんとなく落ち着かなかった。
そうやっていると、一人の訪問があった。
こんこんと、小さなノック音が鳴って反射的に返事をする。だらしないことに、寝そべったまま返事をしている。
扉が静かに開きひょこっと訪問者が顔を出して中へと入ってきた。
「ミズキーーって、だらしないよ」
「リリィ!?」
訪問者はリリィであった。突然の姫の訪問に、驚いてベッドから飛び起きる。
「まったく、気を抜かして。ま、いいけどね。今日は移動で疲れただろうし」
そういって、額に汗を垂らすミズキの元に近づいてその隣に座ろうとする。
「そこいい?」
彼女の短い問いかけに、ミズキは素早く首を振って承諾する。それにリリィは小さく笑みを作ってミズキの隣に座った。
「ねぇ、王都は楽しみ?」
「え、うーん、わかんない」
「そう? きっと楽しいよ」
他愛のない会話、なんだかこそばゆい気持ちになる。
緊張から、背筋は伸ばして姿勢を良くしていた。反対にリリィは白を基調とした衣服からすらりと伸ばした白肌の両足をパタパタと動かしていた。
落ち着きのない印象を受ける。ミズキはそれ横目に、会話続けた。
「……以外と王都って王都なんだなーって思ったよ」
「なにそれ」
と、クスッと笑う。
「だって、こんな夜なのに窓の外には灯りがあって、道なんかも土じゃなくて石で舗装されててさ」
別荘まで馬車で揺られていた時に見た景色を浮かべて語る。
「そりゃそうだよ。ここは首都なんだから、人もたくさんいて、この国はこんなに立派なんだーって主張くらいするよ」
「主張って」
変な言い回しに、苦笑する。
「ふふ、国はね。偉大な加護に守られているの。そこには聖域があってそれを中心に国が出来上がるんだよ」
それは頭の片隅で知っている事だった。加護のいる場所、その呼び名はさまざまだけど、国を守る加護ともなれば聖域なんて呼ばれ方もする。
加護のいる場所は栄えるも言うから、栄えることのなかった場所は墓標なんて不名誉がつけられる。
偉そうな加護だな、なんて思うけどこの世界は特にその加護を重視している。祈祷師の存在を見れば明らかだ。
「姫として巡礼をする時は世界の聖域に訪れて平穏を祈るんだよ。そしたらーー」
そこで彼女は言い淀んだ。
巡礼についてはわからないことばかりだ。平穏を祈るだけの旅にしては、とても重く感じる。
祈祷師も似たように巡礼をするらしいが、姫との違いはよくわからない。
ミズキは唇をキュと結ぶ彼女に対して、そっと肩を抱きいう。
「今は王位継承式だよ。それまで、王都を楽しもう」
露骨に話題を逸らす。リリィは驚いた顔をしたが、悲しそうな面を引っ込めて微笑んだ」
「そうだね。一週間もあるんだから、ちゃんと楽しまなきゃね」
「仕事もあるけど」
「それはちゃんとやります」
と、笑っていう。
「……ねぇ、ミズキは私が呼んだら来てくれる?」
不意に彼女は質問をしてきた。
「? これがあるから遠くからでも呼ばれたら来るけど」
意味がわからず、首にまかれたローヤルチョーカーを指して答えた。
リリィは一瞬難しそうな表情をして、破顔する。
「ふふ、そうだよね」
「なにそれ……、むしろリリィが私を必要に思うならすぐに呼んで欲しいな」
「うん、呼ぶよ。足を舐めて欲しいなーとか思ったら」
「それはやめて欲しいけど」
そういって笑い合う。
「いつかミズキも私のことを呼んで来させて欲しいな……」
「?」
彼女の呟きはミズキの耳朶には届かなかった。俯いてボソボソという彼女の姿に怪訝に思うだけだ。
と、急にリリィはその場を立ってクルリと回ってミズキの方に向き直る。
「眠くなってきたし、そろそろ部屋に戻ろうかな」
「眠くなるまでの話相手だったんだ……」
「そうだよ! ミズキも丁度話したかったんじゃない?」
「まぁ、そうだけど」
ミズキの心緒を言い当てられ、ポリポリと頭をかく。
「あ、明日は私がミズキを起こすからね!」
「そんなこと言ってたね」
屋敷で言っていたことを思い出しながらいう。
「屋敷ではミズキの寝顔、中々見れないからね」
「見てもいいものじゃないんだけど」
「私にとってはいいものなんだよ。ふふ、ミズキ思い出いっぱいにしようね」
「何急に?」
ミズキは怪訝に尋ねる。
「ミズキの過去に何があったかわからないけど、ここに来たからには悲しいことにはさせないよ」
「あ……」
ミズキは、屋敷では辛い過去を喪失した孤独な拾い子という設定になっていた。
ただある意味で彼女の言葉は心を揺れ動かすのに充分だ。
思慮の末、小さくありがとうと声を出す。
リリィは笑みを弾ませ、扉から出ようとする。
「それじゃあ、また明日」
「うん、また明日」
バタンと、扉の閉まる音が空虚に残る。
緊張が解け、ミズキはパタンとベッドに寝そべる。
また明日、なんて恥ずかしい言葉だ。心がざわざわとしてしまう。
なんとなく、リリィの出ていく際の言葉を脳内で反芻しては余韻に浸っていた。
嬉しいやら恥ずかしいやら、心のざわつきは治らない。
このざわつきの正体をこそばゆい会話の一端だと考え押し込めていると、ミズキは夢の中に埋没していった。




