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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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王都オルファナス・1


 王都へ出立する日、屋敷は少し慌ただしい空気感がひしめいていた。

 午前中から王都オルファナスに向けた出立準備に終われており、特にミズキはリリィの身支度に付ききっきりで忙しかった。

 馬竜の馬車に荷物を詰め込み、準備を終えたのは昼を大きく過ぎた頃だった。

「はあ……」

 馬車のそばで息切れを起こすミズキが額の汗を拭っていた。

 荷物を屋敷から馬竜を止めた前庭まで持っていくのにも苦労だ。いくつかあった荷物の一つをミズキは担当して持っていたわけだが、何度か休憩を挟んだゆえに時間はかかった。

 他の荷物をヘレナ一人で持っていってくれたのだけど、彼女は複数を一気に軽々しく持っていくのだから当の彼女は息を切らさずヘトヘト状態のミズキを情けないと言わんばかりの目で見ていた。

 いや、ヘレナと一緒にしないでよ。なんていう愚痴も疲れた体から出てことないほどに疲弊している。

「少し寂しくなるね」

 不意に、ヘレナがポツリと言った。

「な、なんで……?」

 息を切らしながら言葉を紡ぐ。

「一週間の滞在だが、ミズキがいなくなると少々物足りないと思ってね」

「たった一週間でしょ。まあ、私的にはヘレナのナイフ指導がなくなるから嬉しいんだけど」

「ふっ、いうようになったな」

 ミズキの言葉を鼻で笑うヘレナ。ヘレナも以前に比べて表情が柔らかくなって接しやすくなっている。初対面の時は厳しい面が印象的だったけど、今じゃ冗談を言える仲だ。

 彼女はしばらく笑みを面に浮かべたが、途端に寂しそうな顔色をした。

 ミズキが息を整えて不思議そうに彼女の方を見上げると彼女は訥々と告げる。

「王都に行けば様々な経験をするでしょう。良いこともあれば、悪いことも……」

 ミズキは神妙に耳を傾ける。

 この世界について見聞が全くないわけではない。ミズキはこの世界を仮に『イブの世界』と名付けており、イブの世界についてこの一ヶ月でいくつか学んでいる。

 まず世界には大陸が五つあるということ。それぞれ東西南北の名を冠して呼ばれており王都オルファナスに属するここクラクは東の大陸に位置する。東の大陸には小国も含め国が三つある。

 地理に関してはこれくらいで、東の大陸にある国の地名くらいは認識している。

 オルファナス王国、ナルミナ小国、エリベート国。どれも国柄が違うらしいが、ミズキは深く知らない。

 そして、もう一つは人種が多様であるということ。

 ここクラクでは目にすることはないが、人以外に亞人がいるのだ。

 亞人は基本三種いるそうで、鬼人、森人、獣人。ミズキは亞人の存在には少し興味が沸いた。

 王都は人の往来もあるため亞人に遭遇することはあるというのだから、そこに関しては楽しみな部分であった。

 最後に、この世界に女性しかいないということだ。

 それについては初日から疑惑はあった。リリィの両親の肖像画が二人とも女性であったことやクラクで過ごしていく内に女性以外を見かけていないことだ。

 どうやって子供が産まれるか、と元の世界の常識を当て嵌めるのは間違いだ。とはいえ、ヤルことは元の世界と変わらない。キスして交われば、それは自然と身籠る。

 以上は、この一ヶ月で知った見聞であるもののそのどれもが浅い知識に収まっている。

 ヘレナのいう経験が何を意味するか。この時のミズキは判然としなかった。

 だが、その真意を全くわからないというほどミズキは鈍感ではない。

 姫のこと、近侍のこと、ーーフィロルドのこと。

 その三つが過ぎる。これらについては半端にしか教えてもらっていない。

 ミズキはそのことが喉元から出そうになるが、それを堪えていう。

「ありがとう、ヘレナ。大丈夫だよ、リリィがいるもの」

「……そうだね」

 と、ヘレナは静かな笑みを浮かべた。

 ヘレナはよくミズキを気にかけている。ヘレナだけじゃないが、ミズキは屋敷の人間からは特に気にかけてもらっているからありがたい話だ。

「おっと、他愛の話はここまでだ。リリィ様がきたぞ」

 屋敷の方からこちらに向かうリリィの姿が確認できた。

 リリィ以外に、アメリアやルバートそれに傭兵のササキまでいた。

 アメリヤとルバートはわかるが、ササキはどうしているのかミズキは首を傾げる。

 リリィはミズキを見つけるなり嬉しそうに駆け寄ってくる。彼女はラフなワンピース姿に着替えており、また髪を後ろで束ねていた。

「ミズキ、そろそろ出発ね!」

「うん……、あの後ろの……」

 ゴニョゴニョとした口調でリリィの背後にいるササキの方を指さす。すると、ルバートが代わりに口を開く。

「彼女は今回王都滞在の付き添いだよ。私が指名した」

「強制ですけどねぇー」

 ササキは少し燻んだ金色の長髪を気だるそうに揺らしていう。

 彼女はクラクに仕える傭兵だ。兵というからに彼女の腰には鞘が備わっている。が、その姿は兵らしくない私服姿である。

 髪色と怠そうな口ぶりと見た目からミズキはギャルっぽい人と決めつけているため、ミズキはあまり彼女のことは得意ではない。

「ルバートじゃないの?」

 ミズキは心配して尋ねるが、ルバートは苦笑して答える。

「私はしばらくクラクから出られないからね。付き添いにはササキが適任だと思ったんだ」

「適任って……」

 当の彼女は欠伸をしたり、耳穴をほじくったりしていて同行するミズキに一瞥も目を合わせないし挨拶もしない。

 その様子に気づいたアメリアがミズキに気にしないでください彼女はこういう人柄です、と小声でフォローしてくれた。どうやら、挨拶を促す以前に難儀な性格ということだ。

「不安だ……」

 付き添いに加わる人物が予想外で、ミズキは不安を隠せなかった。

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