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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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前夜


 王都招来の要請を貰い、その説明を受けたリリィは一つ返事で了承した。

 元より、王都から使者が来る時点でその内容は明瞭であったしその判断も屋敷では決定していた。先週の伝書猫に乗せられていた文書には陳謝の言葉の他に使者来訪とその内容について明記されていたからだ。

 とはいえ、王位継承式については先月からアメリアは直接王都に召集がかかった時に既知であった。ただ最終決定にはクラク領の姫であるフィロルド・リリィの承認があるため、その確認に実際使者が来訪したというわけだ。

 面会こそがその承認を汲むもので、王都側はリリィの招来を受け入れた。

 応接間で行われ面会は一時間もかからずに終わり、使者フーヴェスト・コウは相変わらず芯のないお辞儀をして足早に屋敷を後にした。フーヴェストの付き人として来ていた祈祷師のアン・クライムは応接間を出た後から再び顔を見合わせることなく彼女らは王都へ帰っていった。

 それから何ともなしに時間は流れ、ミズキは王都招来の実感をお風呂を上がる頃に感じていた。

 この世界に来て、クラク領内くらいしか出歩くことはなかった。他は知識でしか見聞はなく、王都などというファンタジーの代名詞を伺える機会はワクワクするものだと言えよう。

 なのに、ミズキはワクワクよりも不安が勝っていた。

 不安が募れば、他の不安も沸々と湧き上がる。王都継承式では他の姫や近侍と出会う機会もあるだろう。その時、自分は改めて劣等感を味わうのではないかと卑屈になる。

 それにーー、

『死の加護は死を引き寄せる』

 ここ一ヶ月、回帰の力が発生したことはない。最初のように、記憶に残らないなら知るようもない。しかし、それは拮抗という力によって記憶消去の宝物すら打ち消すのだから回帰が発生したなら記憶に残るはずだ。

 希薄となっていた危機感が蘇る。

 どのみち、ミズキには最初から死に立ち向かえるほどの度胸も器量もないのだ。もし再び最初の死が訪れるときは、きっと自然なものに違いない。

 考えを振り払って、風呂上がりのミズキは自室に戻ろうしたところふと思慮に別の思慮が割り込んだ。

 何だが無性にリリィの部屋に行きたくなって、ミズキは自室の方面からくるぶしを返してリリィの部屋に向かった。

 リリィの部屋を訪ねると、ベッドに腰をかけて不敵に微笑を浮かべるリリィがいた。

 彼女の顔を見て、どうやらローヤルチョーカーの力で自分は呼ばれたことを察してため息をついた。

 宝物ローヤルチョーカー。服従の首輪とも言われているもので、命令をするとそれ通りの行動をするというものだ。遠くからも作動するようで、リリィはこの宝物の使い道は遠くから呼び込むのに多く使っている。

 それが命令だとわかるのは命令を終えた直後であり、リリィの部屋に訪れた瞬間、行かなくてはいけないという強迫観念は霧散した。

「慣れない、これ」

 と、ミズキは愚痴をこぼした。

「ふふ、とても便利だもの」

 そう嬉しそうにリリィはいった。

 ベッドに腰かける姿はどこか艶やかさを感じさせながらも白色の服装が清純さを表現していた。元より、彼女から感じるのは色気というよりは姫という言葉に違わない高貴さだ。

 相変わらず彼女の身勝手さはこういう時に出てくる。悪戯や加虐の心を覗かせるのは稀ではあるが、それを向けるのは決まってミズキであった。

 白肌の素足がまるでミズキを誘うようにパタパタと動いている。その視線に気づいたリリィが、昔のことを思い出すように笑っていう。

「舐めてみる?」

「ば、ばか言わないでよ……」

 自分にMっ気があるなんて信じたくないけど、露骨な否定がリリィの加虐心を煽っていた。

 このまま沈黙が続くと命令が飛ぶ気がして、早口で話題を切り返す。

「どうして呼んだの?」

 そう聞くと、彼女は一瞬残念そうにした。多分、命令を下そうか迷っていたのだろう。次には神妙な面持ちをして、ミズキの面を見据えるとスッと前に手を出して招いてきた。

 彼女に誘われるままに、隣に座る。すると、顔を近くまで寄せて囁くようにいってきた。

「緊張している?」

「えっ」

 あっけに取られたが、すぐにその意味をミズキは理解した。

 シチュエーションからして艶やかな台詞にも錯覚する。ミズキも一瞬それが過ぎって面が紅潮するが、不意に気づいてその面には不安が染まった。

 ミズキの顔色を見るなり、リリィはクスッとしていう。

「王都のことでしょ。そんなに背負い込むことないのよ」

「でも、自信がないんだよ。王都に行けば他の近侍に会うんでしょ……。私なんか……」

 そうネガティブな発言をするミズキに対して、リリィは人差し指をたてて、つんとおでこを突いた。

「ヨソはヨソ! ウチはウチだよ! 隣の芝生は水々しいってね」

「うん……」

 リリィは朗らかに励ましてくれる。少々語句にあやしい部分があるが、意味は通じているのでミズキは自信なさげに頷いてみせた。

「過去の近侍がどうだとか。姫につく近侍はこうであるとか関係ないんだよ。ほら、私だって、姫だけど加護に見そめられていないんだよ」

 そういうリリィは明るかった。

 近侍としての能力を気にするミズキと反面、リリィは姫であるのに加護を持っていないことを気にしていない。

 彼女の言葉を聞いて思い出す。リリィは姫の中でも特殊な立ち位置にいる姫だと聞いていた。特殊であるのは聞いたが、単に加護に見そめられていないからではない他の理由があるようだ。だが、それについてリリィもルバートも教えてくれない。

 リリィはいつも言っている。過ごしていく中で、自分の過去も人柄も知って欲しい、と。そして、リリィもそうやってミズキのことを知っていくと言ってくれている。

 フィロルドについても、きっとその中に含まれているのだろう。いつ知れるのかわからないが、その無知さが距離を感じさせていた。

 どうせなら全部を知りたいミズキとゆっくり知ろうとするリリィ。その歩幅は違う。その違いが、ミズキをもどかしくさせていた。

 ミズキは微妙に顔を歪ませて、小さくうなずく。

「そうだね……」

「そう……、ミズキには私にしかわからない良さがあるんだよ。だから選んだの」

 じっと彼女は澄んだ瞳を向けてくる。彼女の瞳はあまりに眩い。思わず目を背けたくなるほどの眩さだ。

 その眩さに目を逸らして、力ない言葉が口から出た。

「ありがと」

 ミズキの言葉に、リリィは優しく頭を撫でてくる。これでは姫と近侍の関係というよりは母と娘の関係だ。

「ミズキはね、私が呼んだらいつでも助けに来てくれる。そんな人だよ」

「そんな……、かいかぶりすぎだよ」

「そんなことないよ。だって、来てくれたでしょ?」

「それはチョーカーがあるから」

 そう言って笑い合う。

 しばらく、他愛のない話が続いた。

 アルマがハナにイタズラをしていただとか、アメリアが伝書猫相手に猫語で会話していただとか、ミズキがヘレナに間違って水をかけてしまいとっても怒られた話だとか。それはこの一ヶ月、屋敷で起こった楽しい出来事の話だ。

 中には、一度話したこともあっただろうけどお互い気持ちいい会話をしていた。

「それじゃあ、また明日ね。ミズキ」

「うん、リリィ」

 夜も耽ってきて、会話を終わらせミズキは自室に戻ろうとしていた。

「あ、そうだ! あっちの別宅では私がミズキを起こしてあげる」

 突然、思いついたかのような提案にミズキは反応に困った。

「いつもは起こしてもらっているから、ここじゃできないことをやってあげようって思って」

「何それ……」

 と、苦笑する。リリィも応えるように笑う。

「……じゃあ、リリィ。明日」

 手を振るとリリィも健気に手を振りかえしてくれる。

 リリィと会話して、少しは不安が和らいだ。

 今日はとてもよく眠れそうだと思いながら、自室へと帰り就寝した。

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