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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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プロローグ 王都からの使者

プロローグ


ーー簡単なことだ。ただ眠ってしまえばいい、そしたらお前はその苦痛から解放される。

 甘言がミズキの耳朶に囁かれた。

 その甘言にミズキは委ねてしまいそうになる。ぼんやりとした明かりを散らした王都の街並みが微睡みを誘う。オルファナスの象徴ともいえる時計台から見下ろすそれはミズキの思考を乱し続けていた。

 柵の前でうずくまるミズキは、確かに眠気はあったし緊張を切ってしまえば眠ってしまう自覚はある。だが、理性がそれを許してくれない。

 二日彼女は一度も一睡していない。眠るには十分、きっと心地いいに違いない。その欲に負けそうになる。それでも眠らないのは、眠ってしまうと終わってしまうことを知っているからだ。

 背後に甘言を囁いた女が暗闇からスーッと姿を現した。まだ透けたような身体していて、まるでここにいるには不安定さを感じる。

「綺麗な景色。まるで、あの時のようだね。お前と初めて会ったあの屋上のよう、ああ、お前にとっても私にとっても『始まった場所』、そういえるね」

 女の嘲笑を含ませた台詞にミズキはピクリと肩を震わせた。

「あなたは何が言いたいの?」

 ミズキは恐々と唇を震わせ言う。

「それは少し不本意だね。私はさながら詩人のように、この場所を形容しているだけ。詩を聴いて不快に思うのなら、お前は思うところがあるのかしら?」

「……私は、私は、今回も助けられなかった……」

 苦悶で歪めた口元から後悔が飛び出す。

 弱々しい瞳からは弱音そのものが涙となって伝う。その涙にこの感情すべて流れてしまえばいいのに、なんて思う。

「今回も?」

 女は不敵に笑った。

「この淡い夜景を見てお前はそう思うのかしら?」

 女の問いかけに、虚な瞳がその夜景を見下ろす。

「お前によくやったと褒めるつもりはないけど、王都の人民にとってはこれ以上ない最善とは思わないの?」

 女は微笑を挟み続ける。

「まぁ、王都は慌ただしく揺れ祈祷師は己のために唄う。騎士が責任を負われ、魔法使いは落胆したことでしょう。これこそがお前の目指した結末。お前が頑張った結果」

「何なの……、私にどうさせたいの?」

 ミズキの恐ろしい事を呟くようにいう。

「どうって? 今までと変わらないわ。お前がこの結末を気に入らないと言うならやり直せばいいだけ。ただ今回は今までと違う。お前はお前の意志で結果を曲げなければならない」

 女の冷淡な告げ口に、自分の立場を理解する。そして、女は狙ったように発言した。

「フィロルド・リリィは死んだが、お前は生きている。よかったじゃないか? 死は乗り越えられたんだから」

 死という言葉に身体は強張って怖くなる。

 ミズキを追い詰める言葉に、ひたすら自分を詰った。

 どうして自分は生きているのだろうか。どうしてリリィは死んでしまったのか。ずっと考えていた。この結末はあまりにお粗末だ。

 どうして自分を殺してくれない。

 世界を呪うように思った。

「言ったでしょ? 簡単な話よ。眠ってしまえばお前はその苦痛から解放されるわ。眠ればぜーんぶ過去になるんだから」

 甘い甘い言葉が、不意に瞳をトロンとさせる。

 眠気はちょうどいい。時計台の屋上から受ける風は嫌に優しく体を包みあげる。きっと夢見心地を味わえるだろう。

「ほら、いいじゃない。お前は一人の命を、大切な存在を失って、この王都を作ったのだから」

 そうかもしれない。どのみち、自分は大した存在じゃない。

 誰も咎めやしないだろう。仕方のない結果なのだから。

 主人公に自分はなれない。わかっていたことだろう。

 王都を救うだとか。リリィのそばにいるだとか。大層な大義を抱えていけるほどの度量など初めからなかったんだ。

 度量があるならば、リリィが死んでしまった時に自分は死を選んでいる。

 この状況になっても、こんなに分かりやすく死を選択できる場所になっても躊躇しているのだ。

 所詮、宮崎瑞季とはそういう人間だ。

 悪夢はあの日から変わらない。

 どうか誰か覚ましてよ、この眠気からーー。




 どんな夢だったか覚えていない。けれども、その寝起きは少し汗ばんでいて不愉快さが際立っていた。

 起きた直後こそ、どんな夢であったか思慮するものだけれど数秒ほどベッド上で呆けているとそれはパッと霧散する。もうすでにそれが悪夢だろうと思考の領域から脱した。

 ミズキは何もなかったかのようにベッドから降りると背筋を伸ばした。そこから窓のカーテンを引いて日光を全身に浴びる。清々しい朝にあくびをした。

 そのまま慣れた様子でクローゼットからいつもの服装に着替える。その服とは落ち着いた蒼を基調としたロングワンピースだ。見方としてはメイド服のようなエプロンドレスと似通ったものだが、メイドが着るものというより主が着そうな服である。この服はフィロルドの近侍が代々着る物らしく、ミズキは依然そこら辺パッとしていない。

 パッとしていないものの、フィロルドの近侍ーーリリィの側にいる証として受け継いでミズキは暖かい気持ちでいっぱいだ。

 あの惨状、クラク襲撃から一ヶ月経とうとしていた。その間に、回帰ーー死のやり直しが起こる前兆は全く感じない。それどころ、クラクで毎日平和に過ごしていてこの異世界を満喫しているとも言えた。

 初めはここに来て自らの運命を呪ったものだ。最初は無垢な回帰を繰り返し、記憶を取り戻してなお回帰はただただ地獄を見せつけた。

 当てのない暗闇の中を手探りで進む中で見つけた眩い明かり、それは側にいた。

 フィロルド・リリィ。ミズキは暗闇の先で彼女という光を見つけ回帰を脱したのだ。

 彼女を信じることで、自分を信じられた。その時だけ、自分が変われた気がした。

 クラク襲撃をミズキは最悪な状況を防いだということもあり、フィロルドの近侍としてクラクの屋敷に仕える使用人として正式に雇われている。

 あの日から二、三日はまた死が訪れるのではないかと怯えていたが一ヶ月も経てば危機感は薄れていた。

 それ以外にあることといえば、ルバート・エリザベスの言っていたことが本当だったということだ。

 彼女はあの墓標を前にしていった死の加護について忘れるということだ。墓標を出たら、その一声はお参りは済んだか、という死の加護と会う話をしていた手前と状況が違っていた。そのことから彼女は本当に死の加護に関する記憶を、またミズキの回帰についての記憶を失っていた。

 その時は孤独を感じたものの、ルバートはそれ以後も親身に接してくれている。親身に関してはこの屋敷の人たち全員に言えることだが、この一ヶ月ルバートはミズキのことを度々気にしてくれていた。

 何気ない過去を思い出しながら身なりを整えていると、扉を叩く音が思慮を途切れさす。

 眠たい声を起こすように元気を出して返事すると、扉が開かれその人が入ってくる。

「おはようございます。あら、今日もちゃんと着替えていますね」

「そりゃあ、もちろん!」

 キリッとした表情の彼女は感心したように言った。それにミズキは勢いよく返事する。

 入ってきた女性はアメリアだ。クラクの屋敷では使用人をまとめるリーダー的な存在である。

 ここへ来た当初こそ、アメリアはあまり表情の崩れない凛とした風格の女性だったが今では朗らかな笑みを時折覗かせる女性だ。

 親近感が湧き始め、ミズキも彼女に対して堅苦しい思いはしていない。むしろ母と娘のような親近感が芽生えていた。

「それでは朝礼に向かいましょうか」

「はい!」

 迎えにきたアメリアと共に朝礼を行うために使用人の詰所へと向かった。

 こうした一日の始まりがしばらく続いている。ミズキはリリィの近侍であると同時にクラクの屋敷の使用人であり、その様子も様になっている。

 歪な初日のおかげか仕事内容は復帰した直後から難なく動けている。その時は優しくなったヘレナから丁寧についてもらっていたが普通にこなせる程度には仕事はできていた。

 屋敷での一日はこの一ヶ月同じようなもので、詰所での朝礼から始まる。傭兵やリリィ、ルラよりも早く起きて今日のスケジュールを確認してから始まるのだ。

 大体の流れは決まっていて、朝礼を終えてからは朝食の支度に入る。それから使用人は朝食を取るが、ミズキはリリィの近侍であるためリリィを起こして一緒に食事を取るのが日課である。

 しかし、近侍とはいえ一日のほとんどを彼女と一緒に過ごすわけにはいかない。屋敷にいる間は屋敷の仕事をするのが主だ。リリィの修行ーー祈祷術の鍛錬を付き合うのも近侍の仕事であるがミズキは近侍としての器量が足りていない部分があるため今は屋敷の仕事や近侍として魔法やナイフの扱い、祈祷術の指導を受けるなどを優先している。

 リリィはそれに寂しい部分を見せているが、ルバートから近侍としての使命を説かれ渋々了承している。

 近侍は姫を護る役目であるが、ただ護るわけではない。その理由についてミズキ自身も知らない。というより、ルバートは深くは教えてくれなかった。

 この世界に来て一ヶ月。身の回りのことはわかったつもりだが、まだまだ不明なところはある。

 魔法や祈祷術は理解した部分はある。もちろん、指導の上で勉強中だ。ちなみに、ミズキはどちらも才能あるとはいえない。魔法はルラに、祈祷術はルバートから教わっている。ナイフの扱いはヘレナから教授されているが、どれも秀でた才覚は見られない。

 祈祷術に関しては、本格的に教わる以前から才能のなさ、その兆候はあった。祈祷術は仄かな明かりでふわふわ浮かぶ小さな加護に祈りを捧げて扱う術である。ミズキはその小さな加護に避けられているため、ルバートには加護の恩恵を受けるために祈りを捧げることを怠らないようにと教えられた。

 朝食を終えてから日差しを前に祈りを捧げているが、いまだに小さな加護に近づくと離れるし目の前に現れることはない。その理由はミズキの中では明白で、死の加護の影響だ。とはいえ、それを言えるわけもなくルバートの見立てでもミズキの中に加護がいることは知られていない。知られていないというのは語弊がある。ルバートは彼女自身の加護の影響でクラク襲撃の期間、死の加護について認知していた。それを忘却してしまうことは本人も知っていて実際にそうなってしまったが、どうして忘却してしまったのかはわからない。とかく、ルバートの言いつけで祈って小さな加護が寄り付くようにしているがいまだにそれは実った覚えはない。

 そして、魔法。これについてはミズキのテンションを上げた。教わる相手がルラというのは少し鬱な気持ちになるが、実際に魔法が使えるかもしれないことには心浮きだっていた。しかし、蓋を開けてみればそよ風を起こせる程度でまたあの時使った目覚めの魔法は使えなくなっていた。

 魔法は属性があるらしく。魔法を教えられる際、ルラはミズキの手を握ってその検査をした。その結果、ミズキは風属性と評価され風属性の魔法を習得している段階だがうまくいっていない。目覚めの魔法も風属性に相当するそうで、あの時たまたま魔力量がかち合って発現したものだとルラは説明した。

 ナイフの扱いも、元々運動嫌いのミズキがそう簡単に秀でた捌きを見せるわけもなく難航している。ただヘレナは毎日優しく指導してくれている。初日に屋敷の仕事を教えてくれた態度とは全然違う。

 そうした近侍としての教育も含め、屋敷の仕事を毎日こなしている。近侍の方は進歩がないけど、屋敷の仕事は並行してこなせるほど上達していた。

 屋敷での生活も安定して、何不自由ない。もはや、死の恐怖は頭の中から消えていた。

 さて、今日も今日とてそんな当たり障りない日々が来ると思っていた。いつもと違う日々と感じたのはリリィとの朝食を終えて屋敷内の清掃作業前に、中庭での祈りの日課をしようと中庭へ向かう途中でアメリアに呼び止められた。

「お祈りですか?」

「えと、そうですけど……。どうしました?」

 廊下で呼び止められることはほとんどないため、驚いて振り向いた。

 アメリアはこほんと咳払いしてスッと話す。

「どうしたじゃありませんよ。朝礼で言ったこと忘れたんですか?」

 彼女は少し面を顰めていう。

「朝礼?」

 何かあったかを想起してみる。いつも朝礼では屋敷一日の動向が話されるが毎回似たような内容であるため、慣れた今では話半分でしか聞いていなかった。

 素直に聞いていなかったというのも簡単だけど、先輩の手前考えるふりをした。

 痺れを切らしたアメリアは嘆息をしていう。

「はあ、王都から使者が来訪するとお伝えしたでしょう」

「あー、そういえばそうでした」

 自分も今思い出したかのように誤魔化す。

「お祈りを済ませたら正門の方に来てください。あなたは近侍なのですから出迎えに行きますよ」

「はい、わかりました」

 お辞儀を交えて返事する。

 伝え終えたアメリアは忙しそうにその場を後にした。

 ミズキは急なことに冷や汗をかきながらもさっさとお祈りを済ませに中庭へと向かい。お祈りを終わらせ正門の方へ急ぐことにした。

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