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イヴの世界  作者: あこ
一幕
57/107

幕間・会合


 王都オルファナス。世界にある第八王国に並ぶ一つである。

 都市オルファナスを中央に、クラク、メイヘン、アリゼル、カシュの地域を構えまたそれぞれの名を冠した領主が治めている。

 それら四つの領主を治めるものこそがオルファナスに君臨している。それを王女と呼ぶ。

 だが、現在王女は不在。厳密には、王女の後釜は決められているがまだ正式な儀式を済ませていないのである。

 そんな中、ある事態がそれを早急にさせることになった。そのための会合が王宮の大広間にて開かれようとしていた。

 静謐な空間に、苛立った音が響いている。

 机上を指で弾いてコツンコツンと音を鳴らしているのはしかめ面で退屈そうな女性だ。

 何人かが同じテーブルについて囲んでいるが、彼女の前だけはカップとティーポットが用意されている。彼女だけ他と違う立場を感じられた。

 そんな彼女をテーブルに着席している他は様々な目線で眺めていた。微笑むもの、呆れるもの、淡々とするもの、様々だ。

 とはいえ、ここに座しているものは彼女を含め四人。不自然な空席が一つ彼女の隣に用意されていた。

 空席を険な眼差しで一瞥するのはエステル教会筆頭『情の席』に身を置くアン・クライムだ。六つある席の中で『怒』を任された彼女はその席に遜色ない怒り目をしている。

 空いた席をただただ深い息に怒を混ぜて吐いている様子を、彼女とは反対側の席で面白そうに見遣る高貴な女性がいる。彼女はローズ騎士団に所属する聖騎士、ハンナ・スチュワートである。

 聖騎士とは騎士の中でも最上級の称号であり、二つある騎士団を合わせても十名しかいない。

 騎士の称号は、民衆からまた国から、世界から認められるごとに授与されるものでありその位の高さは今日日まで築き上げた功績を示している。

 祈祷師の筆頭役職のアン。名誉ある称号を持つハンナ。その二人を怪訝な様子で翡翠色の瞳をキョロキョロさせているのは、先ほどから苛立って机の上を指で弾いている女性である。

 彼女の後ろには給仕の少女が恐ろしそうに身を震わしていた。目の前の女性が強く机を弾く瞬間、少女の肩はびくりと動く。

 殺伐した空間の中、一人だけが冷静に面を崩さずこの場が整うことを待っていた。

 ため息も吐かず、周囲に嫌な視線も向けない彼女はこの場を仕切る議長となる人物である。

 深い溝のような皺にはこの王都の歴史を刻み、穏和な瞳には王都の行く末を案じていることだろう。オールバックにまとめた白髪の老婆は能面のような無表情で真正面にある扉の先を見据えていた。

 コツンコツンと鳴り響く中、途端にガチャンとカップを強く音が広間に響いた。

「ねえ、まだ始まらないの!?」

 痺れをきかした給仕をつけている女性が声をあらげた。

 カップを荒々しく置いた彼女は目の前のティーポットからおかわりを注ごうとするが、どうやら空っぽのようで水滴が一滴カップの中に虚しく落ちるだけだった。

 それがさらに激情を助長させたのか、目元をキッとさせて後方の給仕の少女を睨みつけた。

「ミキ! これティーが入ってないじゃない?! 何をやっているの?!」

 すかさず罵声をする。給仕の少女は目をキュッと瞑って何度も頭を垂れて謝罪の意を示した。

「ごめんなさい、ごめんなさい。今すぐお持ちしますのでーー」

「いや、持ってくる必要はない」

 ミキと呼ばれた給仕の少女の謝意を遮って、聖騎士のハンナが一蹴した。

「は?」

 ミキを怒鳴った女性が反射的に目尻をあげてハンナの方を見た。

 ハンナは彼女の方を見ると、クスリと笑っていう。

「失礼、君の身を案じたんだよ。時期、王女となられるレイナ様のね」

「はぁ? ティーをおかわりすることのどこに身を案じる所があるのよ?!」

 レイナと呼ばれた女性は品性あるドレス姿などお構いなしに席を立って抗議する。

「水分を多く取ると身体のバランスが崩れて体調を崩しますよ。月末には大事な儀式も控えているのにーーまあ、緊張を隠すというのなら止めはしませんが」

 ハンナの含んだ言葉に、レイナは顔を真っ赤にさせながらも必死に何かを言いたそうな口を閉じて席についた。

「あ、あのお代わりは……」

 給仕のミキは気遣いでそうレイナに語りかけるが、レイナはキッと目をキツくさせ怒鳴り散らそうとする。けれども、ハンナの視線に気づいて手だけでそれを拒否して見せた。

 ここで、今の流れなど気にしていない様子で大きなため息を吐いたアンが議長の老婆に話を割った。

「いい加減、この無駄な時間を解消してくれませんか? イシマ議長」

 イシマ議長と呼ばれた彼女はアンの問いかけに、目を瞬かせた答えた。

「そう急くでない。会議は必要な人物を揃えてこそ進行するものだ」

「それってあそこですか?」

 怪訝な顔つきでアンは顔の方向を空席の方に向けて聞くが、イシマ議長がポツリと告げたのは全く違うものだった。

「いや」

 と、彼女が首をふって正面を見るのを皆倣って向くと扉の奥からドタドタと騒がしい足音をたてて近づいてくるのが聞こえた。

 バタンと大きく扉を開いて、一人の騎士が入ってきた。

 アンはその人物を見て、何かを理解して納得した表情をした。レイナだけが、面倒そうにそっぽを向けている。

 入ってきた騎士は、中央で膝をついて講釈を述べる。

「遅れまして申し訳ありません。此度の会議に招集され参上したギルバート・アリアでございます」

 騒がしく入ってきた割に息を切らした様子もなく、淡々と述べられた言葉に、イシマ議長は三つほど拍手をして迎え入れた。

「では、始めようか。近況報告のあったクラク襲撃と月末に控えた王位継承の義について」

 イシマ議長の一声に、場は緊張に包まれた。

 それから、ギルバートが話したのはクラクでの出来事であった。

 クラクヘ向かった経緯から、その場に居合わせた人物まで語られた。その中で、黙って聞いている彼女たちはうなずいたり、興味なさそうであったり様々だ。

「ほう……では、ギルバート、主君は王位継承の義についてどう考える?」

 一通り話を聞き終えて、イシマ議長は厳格に問いかけてきた。

 ギルバートは一考の末、一息で述べる。

「延期、もしくは中止すべきだと考えます」

「はぁ!? あんた何言ってんのさ!」

 刹那、反論をぶちまけたのはレイナだった。

「延期ぃ? 中止だって? ふざけんなっ、私がどれほどその日を待っていたかっ」

 レイナの後方で仕えている給仕のミキはオドオドしながらも、レイナを宥めようとするが彼女の一喝にやられて萎縮してしまう。

 レイナの威圧に物ともせず、ギルバートは淡々と続ける。

「呪術師メシアの登場は非常に危険な前兆だと認識すべきです。クラクを、フィロルドを狙った意図は不明ですがそのさきの暗躍に『イブ』が絡んでいることは明白です」

「だから、何? どうしてそれが中止の意向になるのよ!」

 と、レイナの真っ向な反論にアンは大きく嘆息して言った。

「時期王女が笑わせるわね。怒りを通り越して呆れしか出てこないわ」

 レイナは水をさしたアンに鋭く目を向けた。

「儀式には国の姫が集まるのよ。すでに巡礼している姫も含めて、ええそうね。襲撃のあったフィロルドも合わせれば四名ほどだったかしら?」

 アンはハンナの方に目配せで確認する。ハンナは小さくうなずいて肯定した。

「フィロルドを狙った意図はともかくとして、曲がりなりにも彼女は姫。今各地で波及している姫殺しが関わっていることは一目瞭然。あなたは王女になる立場であるのに、人命を軽んじているのかしら?」

 アンの言葉に、レイナはキュッと唇を結んだ。

 レイナの真っ赤な顔つきを横目に、アンは鼻を鳴らして続ける。

「呪術師の凶行は私たちの想像以上、彼女たちは目的のためなら民間を巻き込むことも容易でしょう。危機を回避すべきと考えるなら姫を招集する儀式は見送るべきよ」

 レイナは反抗したそうに目を見開いて睨むが、正当な言葉に地団駄を踏んでいた。

 その隣で含んだ笑みをしているハンナに、アンは怒り目を向けた。

「何? あなた何か言いたそうね」

「いえ、人命、危機、と祈祷師のアンから出てくることが滑稽でして」

「喧嘩売っているの? いいわよ。あなたにはイラついているし、ちょうど向かっ腹にきているからここでやっても……」

「落ち着かないか、アン・クライム!」

 憤慨するアンを議長の一声が制した。

 アンは腹立たしい面持ちを無理やり抑え込んで、広間に甲高い舌打ちをした。

「……だから、君を、君たちを選んだのですよ」

 ハンナのか細い呟きに気づいたのは隣に座っているレイナだけだったが、彼女はその内容まで冷静を欠いているゆえに認識できていなかった。

 アンを制した議長は続けてハンナに話を振る。

「ハンナ・スチュワートはどうお考えで?」

「彼女らの言葉に賛成ですよ。儀式を急く理由もありませんし、王女に在位するだけなら簡易なものを行い民衆には流布すればいいことですから」

「か、簡易って姫……姫たちは?」

 ハンナはレイナの動揺を見抜いた上で、はっきりと断言する。

「姫たちには事後報告という形で伝聞を送ることになるでしょう。招来させるのは今回の件が落ち着いてから、かと」

「そんな……」

 アンとハンナ、二人の意見にすっかり項垂れてしまう。

 粗暴の悪さの目立つレイナでさえ、二人の言葉の真っ当さに圧倒されている。それが正しいことであることは頭の中で理解していた。その二人が王都を担う重要人であるからこそだった。

 ここで議長が今後の行方を決定する前に、アンが口を挟む。

「ーーま、儀式の重要さは承知の上。延期や中止は最終手段、そう考えているわ。ねえ、そうよね」

「その通りだね。なら、決行するための手段を彼女に仰ぐしかない」

 アンもハンナも、この場に座る人物に向けた言葉ではなかった。まるで、レイナの後ろで立つ給仕の女に向けているような不思議な口調をしていた。

 ただその意図を理解していないのはレイナだけだった。議長は嘆息し、正面で礼をつくすギルバートはレイナの背後を伺っていた。

 レイナは当惑して、後方のミキの顔を伺うと彼女は呆れたようにまゆを顰めていた。

「ミキ……?」

「全く、これしきのことあんたたちで決められないのかしらぁ?」

 ミキの声色はオドオドした様相から暗く低い重みのある声色に様変わりして広間に響いた。

 次の瞬間、ミキの身体は青白い煙が発煙し煙が晴れるとそこから現れたのは長身の女性だった。

 ゆうに2メートル近い巨躯で天井の高い広間でさえその巨躯に圧倒される。

 重みを感じる青黒いローブを身にまとい、不気味に長く伸ばした黒髪のてっぺんに魔法使いのような帽子を乗せていた。

 彼女は鋭い赤目を丸くさせると、自分の目の前に座っているレイナを高い所から見下ろして凝視する。

「ふーん、あんたが時期王女。オルファナスを受け継ぐ皇女ね。嘆かわしいわぁ」

 給仕のミキに代わって登場した巨躯なる魔法使いは鼻を鳴らして、用意されている席に座った。

「ミ、ミキはどうしたの?」

 戸惑いや恐れを隠してレイナは尋ねると、その女は面倒そうにハンナの方に話を振った。

 ハンナはやれやれと言った風に顔を傾けたが、女の代わりに答えて見せた。

「認識誤認の魔法だよ。彼女は最初からこの場にいたんだ。ふふふ、レイナ様は気づかなかったみたいだけど」

「はぁー、本当タチが悪いわ。あなたがこの場を傍観して笑っている度にムカついて仕方なかったわ」

「相変わらずだねぇ、二人とも」

 と、クスクス笑う巨躯なる魔法使い。

 この場で一番、萎縮し圧倒されていたのはギルバートであった。

 目の前には王政を取り締まるイシマ議長に皇女レイナ。そして、騎士・魔術師・祈祷師。世界を代表する役職を持った三人が鎮座しているのだ。それもこのオルファナスに置いても権力のある三人だ。

 ギルバートは自分で権力を前にして物怖じしないものだと括っていたが、この面子を実際に見て生唾を飲み込んだ。

 ギルバートの緊張しきった様子を横目に、イシマ議長が進行する。

「それで、君はどう考える? 大魔術師クリシュ」

 クリシュと呼ばれた巨躯なる女性は面を歪めて反応した。

「大魔術師って言われるの好きじゃないんだけどぉ。まあいいかーー王位継承の儀を開催するか否かだったよなぁ?」

 不敵に口角を歪めて皆の耳朶に伝わるように声を張った。

「賢明なのはあんたらの言った通りさ。だけど、儀式を行わなかった場合のリスクの方が高いと考えるねぇ」

 クリシュの発言に、ハンナとアンはしっかりと耳を傾けていた。

 クリシュはおもむろに、皇女レイナを指差していう。

「これを文書だけで王女につかせた所で民意は得られるのかなぁ。民衆はね、ただの先代の娘じゃないことを期待しているのさ。その期待に答えるには民衆の前で披露するのが道理」

 レイナはクリシュに指を差され憤慨した様子で面をしかめるが、クリシュは嘲た視線を向けるだけ相手が王族だろうと気にしてはいない。

「それはわかっているわ。そもそも皇女は器なくしてここまできてしまったもの。強行ともいえる王位継承の義に反論する民意は少なからず聞いているわ」

 冷静にアンは口にする。

「こちらも同様だ。儀式なくして国内の世論は荒れるだろうね」

 分析した上でハンナも発言する。

「そんな状況であるに関わらず、クラクで起こった呪術師襲撃。実に穏やかじゃないねぇ」

 クリシュは他人事のように吐き捨てた。

「開催するに当たってどうすればいいと考える?」

 イシマ議長は皆に問いかけた。

「騎士側の判断で言わせてもらうと、警備の強化以外に対策はないかと」

 ハンナの答えに、皆小さくうなずいた。

「そうだねぇ。国自体の警備もそうだけど、要人の警備も必要だよ」

 と、補足するようにクリシュが言った。

「それに各分野で国を見張る必要がある。相手は呪術師、加護も使い魔もなんでもありだ」

「……その通りね。警備だけでなく予防策も打ち立てる必要があるわね」

 クリシュの言葉に、ぶっきらぼうに言及するアン。

「あとは問題の姫殺しの案件。これは国の警備も含め、近侍に予め強く護るよう要請したほうがいいでしょう」

 クリシュの提案に、イシマ議長はうなずいて見せた。

「では、使者に文書を通達するように進言しましょうーー方針は開催する方向でよろしいですか?」

 確認の言葉に、クリシュは手をあげた。

「それで構わないわぁ。でも、一つだけ言っておくわ。あんたら自分とこの部下をちゃんと見ておくことね。そして、姫のことも皇女のことも……」

 意味深な言葉に広間は一旦静まり返った。

「ええ、わかっているわ。呪術師は紛れるのが得意」

「その通り、その時はもちろん迷わずーー」

「殺しなさい」

 騎士、魔術師、祈祷師の三人がまるで意思を合わせたかのような発言。

 皇女レイナは心配を隠せずにいた。空っぽのカップをカタカタと震わせて、口元に運ぶ仕草が見られる。

 そんなレイナに、クリシュはひっそりと耳打ちする。

「儀式の日まで成長していることを心よりお祈りしているわぁ。時期王女様」

 レイナはクリシュの横顔を見ることなく、その言葉を呑み込んだ。

 イシマ議長の終了の合図で、この会合は閉じられたのであった。

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[一言] 百合小説を探してた時にあらすじ見て気になって読ませてもらったんですけど凄く面白いです!一章まであっという間に読んじゃいました笑 二章も楽しく読ませていただきます!! 後少し気になったんですけ…
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