幕間・とある祈祷師の憂鬱
ある教会の一室の片隅で、椅子に腰掛け机上の聖典を前に眉を寄せる女がいた。
白色の修道服を身に包み、胸元に金色の徽章が眩く飾られている。
その女は異質にも銀髪の髪を靡かせており、その瞳には薄い赤色を浮かべている。整然とした顔つきはどこか作り物のようで、椅子に腰掛ける様子は一つの絵を演出しているようだった。
絵は一間の末動き出す。聖典の上に手を乗せて何かを呟くと聖典は淡く光り空気に溶けるかのように消えた。
消えた途端に、一室の戸が開かれ一人の人物が入り込む。
「アン様! お呼びがあります!」
「……騒々しいですね。ノックくらいできないの? 本当苛立たしい」
アン様と呼ばれた女は開かれた扉の方を振り向くことなく吐き捨てるようにいう。
「申し訳ありません……。ですが、急用でして王宮からの勅命です」
「王宮からぁ?」
そこでアンは振り向く。扉の前には少し面を暗くさせた信徒の一人が彼女の答えを待っていた。
訝しげに面を歪めながらも、嘆かわしいと口を曲げて続ける。
「はぁ、全く悲憤も甚だしい。失笑も隠せないわ」
皮肉混じりにいうアンはその場から立って信徒の方に向かって歩いた。
「王宮の方に伝えなさい。次から情の席、怒を担うアン・クライムを呼びたいなら使者をよこしなさい、と」
「は、はい」
信徒の女は薄い赤目の威圧に気負けして縮こまって返事をする。
「……ま、含む所は腹の中に収めます。私からそう言っておきましょう」
と、薄赤い眼差しに微笑を浮かべ信徒を見つめるとそのまま隣を過ぎて部屋から出て行った。
一室を出ると教会の中央に出る。長椅子が整然と並び、祭壇を礼する場だ。
鮮やかなバラ窓を横目に、幾人かの信徒がこちらに気づいたのを見て微笑で返すと教会の外へと足を向けた。
「お待ちしておりました。アン・クライム」
外へ出ると、薄紅の制服を来た清廉な女が出迎えていた。
アンは彼女の腰に携えている黄金色の柄で飾られた剣城を一瞥して、面を顰めて彼女の顔を見て悪態をついた。
「これは聖騎士様ではございませんか。王宮からの使者を期待しましたが、まさかあなたが来ているとは……」
「情の席様をお迎えするのに私では不服でしょうか?」
「いえ、先ほど溜めていた腹の虫は消え去ったわ」
嘲笑をこめていう。
嘲る言葉も、相手には首を傾げる程度にしか捉えられていない。聖騎士、ハンナ・スチュワートは燦然とした青色の目を瞬かせアンの手を求めた。
それを見てアンは嘆息していう。
「悪いけど握手はやめて。あなたたちと仲良くする気はない」
「それは残念です。同じ王都で都を嘱目する立場同士、結束を高めるのは最もだと思うのですが」
「正論を言わないでくれる? あなただって教会と騎士団の間に溝があるのを知っているでしょう?」
怒り目で問いかけると、ハンナは呆気に取られた顔をする。そして、青色の目に笑みを含みいう。
「組織同士のいがみあいに、私たちの親交は関係ありませんよ」
「……なに、あなた私と仲良くしたいの?」
「ええ、仲違いするよりはいいかと」
再びハンナは握手を求めてくる。
アンは長い息に呆れを含ませて吐いてからいった。
「ふん、怒りも冷めるわ。私も組織のいがみあいには鬱屈していたし、あなたが望むなら応えてあげるわ」
アンはニコリと広角をあげてハンナの手を握った。
「こんなとこ民衆には見せられないわ。きっと忿懣が飛び出すわ」
「そんなこと気にしているんですか。ええ、大丈夫ですよーー皆、見てないし聞いてませんよ」
「?」
ハンナの含んだいい様に、アンは手に違和感を感じた。
握手している彼女の手の甲が、何やら模様を描いて光り輝いていたのだ。それを見て、アンは思い出して周りを見渡した。
ここは街の中でも一番大きな教会の大通りである。通りには出店が立ち並び、人の往来も多い。
教会の玄関でアンとハンナは立ち話をしているわけだが、その間に教会を出入りする信徒の姿もあった。
アンとハンナは非常に目立つ存在だ。その立場もこの王都だけなく国外でも名を知るものは多い。衆目を集めるには充分な人柄であるが、周りの状況に関わらず他者に一瞥すらされていない。
ふと、教会から先ほどアンを呼びに来た信徒が出てきて彼女がキョロキョロと誰かを探しているのを見て確信する。
「ふーん、使い魔なんて聖騎士らしくないわね」
「そうでしょうか?」
「ま、情の席と仲良くしたい聖騎士が普通なわけないか」
「それは情の席が異端の集まりだと自覚していると捉えても?」
アンは自嘲し吐き捨てる。
「他の奴と一緒にしないで。あれは阿呆どもよ」
「ふふ、そうですか。それは失礼しました」
悪びれないお辞儀をするハンナ。青目が凛々しくこちらを見上げていた。
「それで? 王宮に行くのよね。このまま行くつもり?」
周囲に視認されないまま行って王宮にいけるのか疑問に思い、そう問いかける。
「せっかくですから、このまま二人でしかできない会話を嗜みましょう」
「あ、そう」
彼女の嘘くさい台詞を吐き捨てるように受け流して大通りへと出る。
「そうそう本当は大魔道士の人と一緒にここへくるつもりだったんですよ」
歩き出してそうそう彼女は思い出してそういう。
「は? 大魔道士ってこの王都在中の?」
「王宮に呼ばれているのですよ。それ以外に誰が?」
隣で意地悪な笑みを作るハンナ。
それに険をあらわにしながらもいやそうに発言する。
「大魔道士に、聖騎士に、情の席……。王都を取り巻く役職を集めて何をする気?」
「アン・クライムならその真意をすでにお察しでは?」
「あなたは一々癪に障るわ」
そう怒り目で睨みながらも、呟くようにいった。
「……呪術師が動き出したのね」
「ええ」
ハンナの端的な肯定に、アンは舌打ちした。
「おや、おかしな反応をしてますね」
「ちっ、呪術師が動いて喜ぶのは他の情の席だけだし、頭のおかしい祈祷師だけだから」
「そこまでは言っていませんが……。最近は姫殺しの案件が他国で発生しているようで、自国でも呪術師による襲撃があったそうですよ」
「どこが狙われたの?」
すかさず疑問を投げかける。
「クラクですよ」
「クラクぅ? あそこの姫は……」
「ええ、クラクが養子に引き取った子ですよ」
「加護なしの姫がなぜ呪術師に狙われる?」
「それはこれからの会合で明かされるでしょう」
しばらくの黙殺の末、アンは鼻を鳴らした。
「どうだか」
その隣で、ハンナはクスリと笑って呟く様にいう。
「やはりある書物を期待してましたか?」
「……はあ、全くあなたは他人の神経を逆撫でするのが得意なようね。言ったでしょう? 他の情の席と一緒にしないで」
「そうでしたね。だから、私はあなたと仲良くなりたいのですよ」
「……相変わらず聖騎士ってのは気味が悪い」
「世界から認められる役職を気味が悪いとは失礼ですね」
そういうハンナはくすくすと微笑を浮かべていた。
「聖騎士っていうか騎士ね。あなたたちは魔法も剣技も使い魔も加護も自由に選び使いこなせる。それって、何にでもなれるってことでしょう。何にでもなれるは、何にでも化けれるとも言える。あなたはどっちなの?」
そう言いながら、ハンナの右手の甲に刻まれた使い魔のあざを一瞥する。
「……どうでしょう」
ハンナは不気味に言葉を濁してかわした。
アンは露骨にため息を吐いて、これ以上の追求は無駄だと察する。
「そうだ! これから大魔道士さんを迎えに行きませんか?」
「迎えに行くつもりなら、私は先に王宮に行くわ。あれに会ったら向かっ腹が立ちそう」
「それは残念です」
ハンナはそう言いながらも、ここから別れて迎えに行くわけでもなく一緒に王宮へと足を運ぶことになった。
アン・クライムは不敵な笑みを浮かべるハンナを横目に、これからの会合に憂鬱さを隠せずにいた。




