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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
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始まりの場所・中


 フィロルドの近侍ーーその制服に身を包んだミズキは屋敷の玄関へと急いだ。

 屋敷内は静かで、アメリアや他の使用人は今出払っている。その話をルラから事前に聞いていた。制服に身を包み部屋を出ると部屋を出て行ったはずのルラが部屋の前で不貞腐れた表情で言ってきたのを思い出す。

 彼女によると、王都関連だと説明してくれたが詳しくは教えてくれなかった。というより、彼女の中で面倒さが勝ったのか、最後に面倒事を私に押し付けるのはやめて欲しいのですね、と文句を漏らして去っていた。

 アメリアたちのことは後々に聞くことにして、ルバートの元へ向かう。

 屋敷の玄関から外に出ると、前庭で佇む金髪の麗人がいた。いつもの騎士のような甲冑姿ではなく、動きやすそうな私服を着ていた。

 茶色を基調とした地味な私服姿の彼女はミズキに気づくと微笑を浮かべこちらを向く。

「ミズキか、予定通りだな」

 不思議な呟きをする彼女こそルバート・エリザベスだ。

 元々騎士だったが、騎士を捨て今は傭兵としてクラクに仕えている身の彼女。服装に関わらず、彼女の素振りは騎士らしいものを感じる。騎士とは名ではなく体で表すものだと思わされる。

「予定通り?」

 ミズキはルラから言われた言葉を思い出しながらそう尋ねる。

「何、ほんの些細な加護の教えだよ」

「はー……」

 加護とは実に便利なものだと思った。

 ルバートはしっかりこちらを見据え本題を口にする。

「君を連れて行きたい場所がある。ついて来てくれるか?」

 彼女の問いに、ミズキは聞き返しはしなかった。

 彼女のいう場所。それは本能的に、ミズキに関連する場所だと悟っていた。

 返事は決まっている。ミズキは頷いて見せた。

 ルバートは背を向け前を歩いていく。その意思を察してミズキもついて行った。

 屋敷を出て街へと続く門を出ると、その門前に白馬が待っていた。

 白馬はルバートに気づいて、小さな鼻息を鳴らし近づいてくる。

「白馬に乗っていくが、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。乗ったことあるし」

「ふっ、そうだったな」

 と、ルバートは優しく微笑む。

 微笑んだルバートは白馬に乗る素振りをしようとして、ふとミズキの方をじっと見た。

 凛々しい眼差しの中、ミズキは照れてしまう。照れて視線を逸らすと、ルバートは笑みを含ませていう。

「似合っているぞ」

「え……、ありがとう……」

 困惑気味に、褒めてくる彼女の言葉にお礼をいう。

「やはりその服は君に合う」

「そうかな……」

 絶妙な賛辞に当惑するが、褒められるのは悪い気はしない。

「それじゃあ、行こうか」

 白馬に乗馬する彼女に続いて、ミズキを誘う手を掴んで持ち上げられ乗馬する。

 久しぶりの乗馬に緊張しながらも、白馬は大きな声を上げてクラクの外を目指した。




 クラクの街を抜けるとしばらく森林が続き、草原が広がる。

 草原に吹き抜ける風が、白馬に乗るルバートとミズキに心地よさを届けてくれる。

 ルバートの背に掴み乗馬していると、どこか安心感を覚える。

 彼女とは複雑な経験をしてきた。呪術師に惑わされ、彼女のことを怖がることもあった。が、彼女の印象はある意味、最初の出会いと一緒で気の良い人物である。

 ミズキをここへ呼んだ経緯はともかくとして、彼女の人柄の根は尊敬すべきところだ。

 白馬に乗って感慨深く考えていると、その場所にはたどり着いた。

「ここだ……」

 言葉を重くさせ告げる。

 白馬から先に降りたルバートは、ミズキの手を引いて抱え上げるように白馬から草原の地に下す。

 ミズキは気持ちの良い風の抜ける草原に降りたった。そして、顔は自然とその場所に振り向く。

「ここが、その場所……」

 懐かしい心情を起こさせるその場所は、一言で言うと祠のような所だった。

 広い草原の中にポツリと佇むように建った石造の祠。年を重ねたような蔓が石壁の至る所か生え巻きついている。草原の中にある様相からは実に違和感のある建造物だが、場所の空気感からかーー神聖な場所のような神々しさを感じていた。

 祠の入り口はポッカリと開いていて、明るい草原の中でもその入り口の奥は闇を秘めているかのように中の様子は伺えない。ルバートはそれを神妙に見据えて呟くようにいった。

「ここは墓標だ」

「墓標……、お墓なの?」

 ミズキはすかさず問いかける。

 彼女の横顔は、悩ましそうに俯けていた。彼女は目の前の建造物を墓標と呼称したが、それが名通りのものではない難しいものだと面が難しそうに歪む。

 しばらく悩んだルバートはかいつまんだかのように伝える。

「君は祈祷師がどういう存在、役目か知ってるか?」

 彼女が悩んだ末、説明の起点としたのは質問から入ることだった。

 彼女の問いに、しばし悩む。

 祈祷師ーーそれは加護を扱う祈祷術という術を操るもの。また死者を手向ける役柄だと認識している。

 ミズキなりに噛み砕いて思慮すると、異能を持った特異な葬儀社だ。

 死者への手向けは唄を歌うことによって成り立つ。

 以前見た光景でいえば、祈祷師のルナリアは死者前にして初めて唄を歌っていたのだ。

 そして、何より彼女たちは死を恐れていない。むしろ死を迎合しているような、死を悪いものだと疑わない精神がある。

 気味の悪い集団であるが、その精神の根幹は自分が将来の加護になるためだという。加護のために願い、祈り、唄う。それが彼女ら祈祷師だ。

 ミズキはどう言えばいいか悩んで、答えた。

「死者を手向ける、人達……?」

 疑問を交えた答えに、ルバートは整った顔つきで頷いてみせた。

「この墓標はな、大昔の祈祷師が埋められた場所だ」

 彼女の問いからして想像できた言葉に、しみじみ耳を傾ける。

「名代を馳せた祈祷師の死後は、墓標が作られそれに自分の名前と願いが刻まれる。そして、世界にとって大事な神殿となるーー神殿となった墓標の周りは街ができ国ができ栄えていく」

 彼女は淡々と話していく。話していく中で、一つ目の前にある墓標と説明された墓標に違いがあることに気づく。

 ふと見渡して見れば、この墓標の周りは草原で人の住む場所はない。彼女の話通りなら、ここにも文明があって然るべきだがそうではないらしい。

 その違いを、訝しげな眼差しでルバートを見遣るミズキに彼女は少し笑みをこぼして言う。

「名前と願いが刻まれた墓標は神殿として、祈祷師の巡礼先として成る。が、ここは墓標ではあるが名前も願いも刻まれていない場所なのだ」

 そういって、彼女は真っ直ぐ指をさした。

 暗い入り口の手前に、石碑が一つポツリとあった。それに近寄るルバートに従って、ミズキもそれに近寄って見てみる。

 草の生えた碧を散らした石碑。どれだけの年数を重ねたのか、見ただけで歴史を思わせる。だが、歴史を伝えるような文字はなく、石碑の正面には打ち付けられたような傷が残されていた。

「イブの時代を繰り返していく中で歴史に埋もれた墓標。名前も願いも消され、こう言う墓標をーー忘れられた墓標と呼んでいる」

「忘れられた墓標……」

 不意に感慨深くなる。

「忘れられたとて墓標はその意味を失っていない。祈祷師は墓標で祈り加護の力を蓄える。ある者は墓標にいる加護に見初められることもあるだろう」

 ここまでの話で、やっと全容が見えてくる。

 ルバートは小さくうなずき一歩身をひく。こちらに一瞥して、端的にしめた。

「君は特異な状況でここへ来てここの加護に見初められた。ここはもう君の聖域だ」

「……そう」

 理解はできなかった。納得もできない。だが、理由など考えたところで前進の妨げになることをミズキはすでに知っている。

 全てを受け入れ順応する。この世界に来て覚えたことだ。

「……ねえ、ルバートはどうしてここに死の加護がいることを知っていたの?」

 ミズキは一番の疑問を口にする。今までの会話からして不自然なことだったからだ。これは同時に、ルバートがどう言う人物かも訴えかけていた。

 ルバートは神妙な面持ちになる。そして、答える。

「私の中にある加護の導だよ。実際、君が、君に話していないことを話すまでは信じなかったけどね」

 苦笑を浮かべて続ける。

「私はイブを根絶したいと願っている。そのある日に、私の中にいる最後の加護が目覚めたんだよ」

「最後の加護?」

 ルバートの中に、複数の加護がいることは知っていた。実際どれほどいるのか知らないが、最後と言う響きに妙な違和感を覚える。

「ここではない世界のこと、死の加護を目覚めさせる条件、次のイブの時代ーー加護は全てを教えてくれた」

「それで私がここに……」

「ああ、そして、私の役目はここまでだ」

「……?」

 首を傾げるが、ルバートはどこか悲痛を秘めた顔つきをしていた。

「ミズキ、君の存在はこのクラクを救った。心からお礼を言うよ」

「そ、そんな……」

 恥ずかしく照れる。

「ありがとう……そして、お別れだ」

「っ! ど、どう言うこと!?」

 急きこんで言う。

「君が墓標に入り、出てきた時には私は死の加護についての記憶は消えるだろう」

「な、なんで!?」

「そもそも死の加護は誰にも知られはいけない加護だ。一時期でも知っている私は異端だ。それも加護のおかげでな」

「や、やだよ! 死の加護ってこれからも死が付き纏うんでしょ! 私、一人でなんて……」

「君の手伝いをしたかったがーー君ならきっと乗り越えられるさ」

 根拠がない。弱虫の自分にそんな重荷を背負わせないで、そう思ったが、彼女の顔は真剣そのものだった。

「君は困難を自分一人で解決できないことを知っている。他を頼れ、死の加護を忘れても私は君の味方だよ」

「ルバート……」

 涙を浮かべるが、それをルバートが指先で拭った。

「誰よりも弱々しい近侍。君がこの世界を変えるのかもしれないな」

 そういって、彼女は墓標の入り口を指差した。

「さあ、そろそろだ。君はやるべきことがあるだろう」

 彼女の言葉に、ミズキは暗がりの入り口を見据えた。

 ここに入ることが、あの夜を越えた結末だ。ミズキはルバートを一瞥して、決意を秘めた。

「ルバート……、いろんなことあったけど……、ここまで来れたのはあなたのおかげで、みんなの助けがあったから……」

 弱々しい表情で言うミズキに、ルバートは微笑を刻む。

「全く、そんな顔をするな……見送りずらくなる」

 そんな彼女の表情は寂しそうだった。

「君の全てを忘れるわけではない。死の加護を理解して君のそばにいられるわけではないが、君が助けを求めるなら私は君のそばにいくさ」

 彼女の言葉に背を押される。

 ミズキはしっかりと暗闇を見据えた。

 最後に、ルバートにお辞儀をして覚悟を決め忘れられた墓標に入っていった。

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