計画
「ふむ、そうか……」
ルバート・エリザベスは思慮を浮かべて頷いた。
二つの月が浮かぶ夜空の下、その丘でミズキとルバートはいた。
ミズキは三度目の夜、屋敷で目覚めた後、武器倉庫でヘレナとアメリアを助けここに来ている。ここに来て、ルバートの真意を聞き出した後、ここまでの顛末ーーミズキの経験したことを彼女に話した。
彼女は逐一、悩ましそうに首を縦にふっていた。
「問題は多いな……」
ルバートはそう締め括り、ミズキが今回までの経験で疑問に思ったことを口にする。
「ねえ、リリィに加護はないんだよね?」
曖昧な疑問に、ルバートは神妙な面持ちになる。
リリィに加護がない事は、彼女から加護を教わる時にほのめかされた事だ。彼女が小さい加護を扱い訓練している際に、特定の加護を持たないことを後ろめたく思っていたところは印象的だった。
特定の加護ーールラでいえば識別の加護であり、ミズキ自身でいえば死の加護が該当する。またルバートには複数の特定の加護があるという話も聞いており、特定の加護を持つ事は特別な意味を持つと認識している。
ミズキの確認に、ルバートは凜然とした眼差しをこちらに向け一息に答えた。
「君に隠す必要はないだろう。事実、君は経験しているわけだからな」
回りくどい言い方だったが、それはリリィに加護あることを否定してはいなかった。だが、ルバートは気難しそうに口先を歪ませ続ける。
「リリィには加護がある……が、彼女には伝えていない」
「伝えていない?」
「ああ……、本来加護の恩恵は自分で気づくものだ。君は自身の加護ーー死の加護と出会った事はあるか?」
慎重な問いかけに、ミズキは小さく頷く。
「出会ったというか……夢の中だけど、それにあんまりどういう存在かも覚えてない……」
ミズキは思い出しながらいう。出会ったというが、その記憶は曖昧で顔や会話などを具体的に覚えてはいない。
「そうだろうな。君と加護の繋がりはまだそれくらいという事だろう」
「はあ……」
繋がりと言われてもしっくりこないが、死の加護と繋がっているとしてそれはそれで気味の悪い話だとミズキは思う。
ルバートは前置きした上で、改めていう。
「通常の加護と違いリリィは受け継いだ形で得ている」
「通常って……、加護から見初められるって事?」
記憶を探りながら確認をとると、ルバートは肯定する。
「見初められる事と受け継ぐ事と何か違うの?」
「加護としての格が違う。加護は見初めることで共に成長するものだ。受け継ぐというのは加護の格をそのままに受け継ぐという事だ。つまり、加護と相手との成長度合いが見合っていない」
そう言って、彼女は深刻に告げる。
「彼女の中にいる加護は強力だ。君はよく知っているだろう」
不意に背筋がゾクりとする。
あの時、加護に乗っ取られているはずなのに身体がしてきたことやその情景をよく覚えている。
不気味な炎で自分以外を焼き消す情景がまぶたの裏に残っている。その凄惨な姿、そして最期までもが酷く恐怖として記憶に残っていた。
その加護は熾加護のフォレグと呼ばれていた。ルバートにその旨も説明したところ、否定もせずその存在を認めていた。
「熾加護ともなればその依代は限られる。フィロルドで匿ってきた加護だがーーまさか、君にまで憑くとは予想外だ」
ミズキもそのことについては疑問を呈していたが、彼女にとっても同様の疑問を抱いていた。
彼女は思慮を挟みいう。
「呪術師を退け、リリィを救出するのが策だろう。が、熾加護を目覚めさせないのが本意だ。そもそも呪術師の目的は熾加護にあるみたいだ。それを裏手に取り、今回ーーこの夜を脱しよう」
彼女は月夜を見上げ誓うように、ミズキに告げた。
ミズキは神妙に頷く。しかし、それは不器用で不安そうな面は拭えない。
「でも、呪術師は二人いるしどうすれば?」
ルバートに助言を求める。
「そうだな……、私でもあの二人を相手にするのは厳しい」
彼女は気難しい表情でいう。
ルバートに、ミズキが経験した二度の夜の話をしている時に彼女は自分の力について端的に説明してくれた。
彼女が騎士崩れで力を多少失っている事は知っていた。初耳だったのは、力をほんの少しの時間取り戻しまたそのためには時間が必要だという事だ。
騎士だった頃のルバートの力がどれほどだったが知らない。しかし、屋敷の皆から頼りにされていたり王都の救援がルバートを引き合いにして増援を渋るところから見るとよほどのものだったと測れる。ただ後者については他の要因が絡んでいるだろうが。
そんな彼女でも、二人同時の相手は厳しいとのこと。普通に考えれば当然だが、ミズキは内心残念に思った。
ミズキは戦闘面で全く役に立たない事は自覚している。そのため戦闘についてはルバートを頼るしかないのだが、その頼りにしている当人が実力を加味した上でミズキの期待を裏切ってきた。
「メシアでも厳しい……意表をつかない限り、な」
「そんな……」
絶望めいた表情に、ルバートは厳しい顔つきでいう。
「ミズキ、楽な道などない。覚悟を決めろ」
「うっ……うん……」
彼女の厳しい瞳に、戸惑いながら頷く。
すると、彼女は微笑を浮かべ話す。
「私はメシアを引きつけ相手する。君はリリィを連れて逃げろ」
メシアがリリィを軟禁している情報からルバートは思慮を口にする。
「でも、少女はどうするの?」
「少女はここに来るのだろう? なら、その隙に屋敷へ向かいリリィを救出する」
その提案に、ミズキはハッとする。それは少女の行動、経緯についてだ。
少女はメシアと違い屋敷を離れ自由な行動が伺える。今までのことから、少女の行動はメシアに左右されており呪術師の計画ーー熾加護を目覚めさせるとして様々な工程を踏むことがわかっている。
祈祷師と遺体。この二つが少女の行動を変えている。
遺体を必要とするために、誰かを殺す必要があり、一度目ではアメリアが犠牲になっている。二度目では丘で捕らえていたはずだったルバートを殺しに丘へ来るが失敗、その後凶行を生み出すきっけとなってしまう。
今回も武器倉庫でアメリアとヘレナを救出している以上、少女の行動は同じものを取る事は想像できた。
計画を完遂するためには祈祷師が祈るのを促すために遺体が必要であり、その行動は必然とも取れる。
ただルバートが素直に、ミズキの言葉を信じて提案してくれたことには驚いた。彼女が結果的に死の加護をミズキに仕向けたとはいえ意外な提案とも言える。
前回、ルバートはミズキを信じると言ってくれた。それは今回でも変わっていない。改めて、彼女の性格が良いものだと理解する。
「それなら、もう行かないと、きっともう……」
焦りが出てくる。本能的な感覚だが、丘にきて彼女と話をしてだいぶ経っている。
「そうだな。迷う暇はない……、覚悟はできたか?」
凜然と眼差しからかかる問いかけに、ミズキは目を逸らしながらも頷いた。
怖いのは変わらない。けれども、進まならければならない。
ルバートは小さな笑みを見せ、前へと進む。
「私は思うのだが、死の加護は君に試練を与えているのではないかと思う」
「し、試練?」
「ああ……。試練は簡単ではない。私の考えがうまく行くとは思えない」
ミズキは言葉を失いながら彼女の言葉に耳を傾ける。
「少女の動きは特にわからない。君は前回、私が少女を捕らえたと言ったが追ってきたのだろう? もしかしたら、君の前に再び現れるかもしれない」
「……そ、そんなこと言わないでよ」
「念頭には入れておいた方がいい。だから、君は少女がこないようにリリィを連れて王都の方へ逃げろ。祈祷師の乗ってきた馬車に乗って」
そう言って、こちらに振り向き彼女はふっと思い浮かべたようにいう。
「それでも少女が君の目の前に現れたらーーギルバートを呼べ」
「え?」
「……いや、忘れてくれ。君ならばと思ったが、とにかく逃げることに専念しろ」
彼女は言葉を濁らせて再び前へ向き直った。
疑問が残る。彼女の思惑はわからない。どうして急にギルバートの名が出てきたのか。当然、彼女はミズキから祈祷師の付き人としてギルバートがクラクに向かっていることを聞いているが、少女が現れてギルバートが来たとして頼りになる想像はできない。
ギルバートの二つ名は、酩酊の騎士。
彼女が頼りにならない素振りは、屋敷の皆もほのめかしている。
一つの疑問を残し、リリィ救出への計画ーー二人は屋敷へ向かうのだった。




