始まり
緊張ひしめく中、ミズキとルバートは屋敷近くにたどり着いた。
その途中で、魔術師少女と鉢合わせする可能性も考えられたがルバートの直感のおかげか屋敷手前でヘレナの姿をした少女が丘へ向かっているのを目撃した。
状況的にはうまくいっている。ミズキが前回で知ったことと、ルバートの思惑が合致し、計画を実行できそうである。
屋敷にはリリィとメシアがいることだろう。
敷地内に入り、屋敷近くを伺う。
前庭に、まだ祈祷師を乗せた馬車はない。到着はもう少し後になるだろう。
時系列を、時計もなしに明確に判断はできないが感覚を頼りに事を進める他ない。
「このまま屋敷に入るぞ、君は私の後ろから離れるな」
ルバートの忠告に、ミズキは慎重に頷いた。
屋敷へ入る前に、ふと前庭にて気づくことがあった。
「まだルナリア来てないんだ……」
それはルナリアの登場を表す馬竜がまだここにないことだった。
ミズキの確認のような呟きに、ルバートは首を縦に振る。
「君の言った通りだな」
事前にミズキから聞いていた時系列を想起し彼女は言う。
馬竜がここに現れるのは少女が丘へ来てからのことだ。少女が丘へ来て、丘で少女と対峙した後に屋敷へ来たときに丁度ミズキは遭遇していた。その記憶から、先ほど少女が丘へ向かったことは今はまだいない事を意味していた。
今から屋敷に入り、リリィを連れ出す。その時に、馬竜が来てくれればいいが今はそうなる事をかけるしかない。
屋敷の扉の前に、ミズキとルバートの二人が立つ。ルバートは凜然とした面差しでそのさきを見つめていた。それとは対照的に、ミズキは恐怖を面から隠せていない。
「ミズキ、リミットは早朝までだ」
「そ、早朝……?」
その理由の所在を問う。
「呪術師は月夜を糧に力を得ている。朝がくれば彼女らの力は必然的に落ちる。力が落ちれば彼女たちは逃げていくだろう」
「な、なるほど……」
「それに、私もメシアを相手に引き留めていられるのもそれくらいだろうーーとはいえ、力が落ちたとして逃げるかどうかはかけに近いーーが」
と、ルバートは意味深にミズキの方を一瞥した。
神妙な面持ちの彼女を前にして、ミズキは不安げに首を傾げた。
「悩んでも仕方ない。何が起こるかわからないのが現実だ。ミズキ、いくぞ」
彼女の言葉を呑み込んで、ついに屋敷への扉は開かれた。
屋敷の中は薄暗く静寂に包まれていた。
その情景はミズキが夜中目覚め屋敷を出た時と変わらず、薄気味悪い雰囲気を醸していた。
薄暗くはあったが、部屋の輪郭や様子がわかるくらいには視界は開けている。壁際の所々にかけられている淡い橙の灯火おかげだろう。天井のランプは点いていない。気味の悪さはあるが淡い灯火のおかげで屋敷を歩くのには困らない。
ルバートが先陣を切って、その後ろをミズキがオドオドした足取りでついていく。
ルバートは迷う事なく、リリィの部屋を目指す。ミズキの記憶が確かであれば、リリィは自室でメシアに軟禁されていた。
声を潜め、出来るだけ足音を鳴らさずにリリィの部屋に向かう。
リリィの部屋の前で、ルバートはささやくように耳打ちする。
「勝負は一瞬だ。ミズキ、リリィを頼んだ」
その言葉が合図となって、ルバートは勢いよく扉を開いた。
扉の音に、中にいる人物は驚いて目を見開いてこちらを見ていた。
一人はまるで呪いを纏っているような漆黒のワンピースを着た女性ーー呪術師メシアだ。
メシアはソファーの前に立ち、その後ろのソファーに固まったように座っているリリィがいた。
メシアは不意に面を歪ませていた。
「どうしてお前がここにいる?」
艶やかな銀髪を翻し、ソファーの前から移動しルバートと対面する。
ルバートは後ろにミズキを庇った状態で、鞘から剣を引き抜き構える。
「貴様を止めるために決まっているだろう?」
「止める? 笑わせないで」
メシアは不敵な笑みを見せる。
「騎士崩れのお前が私を止められるはずがないだろう。それとも、後ろのヤツがその手伝いをするのか?」
嘲るような視線がルバートの背後で縮こまるミズキに突き刺さる。
と、ルバートは小さく息を吐き捨てて言う。
「貴様を止めるのは私だ。そして、リリィを助けるのはーー」
ミズキはそれを指示として受け取って前に出た。
一瞬、メシアはたじろぐ。彼女自身、ルバートの後ろで弱気なミズキが前に出てくる事は予想外だったのだ。
不意をつかれたメシアは後ろのリリィに手を伸ばすミズキへの反応に一つ遅れる。寄って来たところで、腕を伸ばして魔法詠唱を図るがその隙をルバートに狙われる。
「どこ見てんだっ!!」
「ちっ……」
メシアは高く飛び上がり、ルバートの振り下ろした剣の攻撃から身を交わす。舌打ちをし、ルバートの後ろに着地する。元いた場所を一瞥すると、ルバートはミズキとリリィを庇うように姿勢をとりこちらに睨みを利かしていた。
メシアは判断をする。
ルバートの今の動きから、リリィを奪い返すのは骨が折れる。何より、リリィを連れ返そうとするミズキの動きが彼女の中で予想外であり、メシアでさえルバートを相手にしながらリリィを奪い返すのは難しい事だ。
メシアは腹立たしく面を歪ませて言う。
「そんなに言うなら相手にしてあげる。すぐに死なないことね!」
彼女の周りが一気に冷え込んだ。
それは精神的にも肉体的にも、冷感をもたらした。
「リリィ! 早くここから出よう!」
ミズキはすぐさま戸惑うリリィの意思を無視して腕を掴みひっぱる。
リリィはミズキに対して疑惑の眼差しを向けていたが、それを呑み込むように首を振った。
ミズキの行動に、目を鋭くさせたメシアがその方向に掌を向ける。すると、彼女の周りを覆う冷気はさらに強くなり掌に氷の塊が出来上がる。
不意にミズキはそれを一瞥する。避けようにも間に合わない。判断力はあっても身体がついてこないのは本能的に悟った。
だが、身体は感覚的に動こうとする。よろけるミズキの前に、素早くルバートが前に出てメシアが放った氷の塊を剣で弾いた。
「貴様の相手は私だ」
「つくづくうざいねぇ、騎士崩れがぁ」
メシアの意識はルバートのほうに定まった。
よろけたミズキをリリィが支え、そのまま部屋の出口を目指す。
その際に、メシアは腹立たしく床を強く足で踏み鳴らしていた。
それを横目に、部屋を抜け屋敷脱出をはかる。
「ねぇ! ミズキ、どうしてここに?! それにルバートも……」
「話は後で! い、今は逃げるの!」
ミズキの言葉を無視して現状を優先させる。
戸惑いを隠せないリリィだったが、ミズキの弱々しくも前に進もうとする姿を見てそれを正す。
徐々に、リリィは自分の足でもミズキについていって走り出す。
メシアはルバートに任せた。ミズキはこれから屋敷を脱して、クラクから逃げなくてはならない。
リミットは早朝。ここから先、何が起こるかわからない。
ミズキは恐怖を押し殺し、弱々しくも前進していく。
過去の自分を乗り越えてーー。




