三日目・①
ーーメイヘンの聖域はメテル村とメイヘンの屋敷の間にあるという話だ。
昨日の記憶が夢の中で反芻していた。
「……うん、うーん」
「起きてください! ミズキさま!」
「はっ……」
目覚めると薄暗い天井が視界を埋めた。
そこにひょっこりと獣耳を生やしたメグチが顔を覗き込む。その顔は少し怒っているようだ。
「もういつまで呼んでも起きないんですから……」
「ご、ごめん」
メグチは不貞腐れする。
ミズキはぼんやりとした頭で状況を整理する。
昨日、メテル村にたどり着いた。着いたのは夕方、そのためナルミナ小国へ出国は明朝に決めた。その際、一旦の滞在として宿を選び休息していた。
のだが、それはちゃんとした休息とはいかなかった。宿で寝泊まりして数時間、日を跨がって活動する必要があった。
それがメイヘン・ユイの持つ加護を知る必要性だ。それを知らなければ動向を探れない可能性があったためだ。
そのことはミズキも承知のことだ。しかし、
「やっぱ早くない?」
「クリシュさまがこの時間からでないと聖域にいけないと言ったのですよ。それに今から行うのは悪いことですよ。ユイさまに許可なく聖域に侵入するのですからぁ。明るい時にできないと思うけれど」
「わかったよ……。はぁ、やるしかないのか」
捲し立てるメグチに根負け覚悟を決める。
不安な要素は消しておくべきだ。死ぬのは避けたい。今回で上手くいけるならそれが一番だ。
ミズキはベッド上から飛び降りる。
「行こうか、聖域へ」
そう決意を込めた。
宿の外を出ると、まだ月明かりが街を照らしていた。街中も静かだ。
「おや、やっと目覚めたか」
「クリシュ……」
宿の外壁にもたれかかる巨躯な魔術師。にひるな眼差しでこちらを見ている。
「クリシュずっとそうしてたの?」
「中は狭いからなここで寝ていたさ」
「寝ていたようには見えないけど」
寝起きだとしたらかなり寝覚めがよく見える。
「ねえ、メイヘンの聖域、本当に私が入れるの?」
聖域ーー加護の居場所。
ミズキは自分の加護の場所には立ち入ったことがある。不思議な場所だった記憶がある。外観とは予想のつかない世界が聖域内にある。まさに加護の居場所。加護の思った世界なのだ。
しかし、その聖域にその加護者ではない人間が入れるのか。疑問だった。
「……入れるさ。聖域は加護者を拒めない」
「拒めない? 変な言い方するね」
「聖域は加護の場所だ。それは加護だけの場所ともいえる。加護だけの場所はほかの加護を拒むことはない。拒めば加護は力が弱まるだけだ。加護のことどこまで知っている?」
「え、えーと……正直、あんまり」
「加護は人に認知されて力を発揮する。認知されている数が多いほどその力は強固なものになる。祈祷術の特性はそこから来ている」
祈祷術は加護の力を代行するものだ。代行するものが広く認知されているものだと強力に発揮するという。逆に認知があまりなければ力そのものを代行できない。
「加護は人を選び憑くが、力の存続は人に頼っている。人に忘れられた加護は忘れられた聖域となって腐るだけ」
忘れられた聖域。それはミズキに憑いている加護の場所だ。死の加護の聖域。
「忘れられた聖域はこの世界では人を選べない。だからこの世界とは別の所から人を連れてくる。お前のような存在をな」
「私……迷い子、か」
「ああ。ま、とにかく加護は人を選ぶくせに、人に頼らなきゃいけないのさ。自らのことを忘れられないようにな。加護者は加護を持っていることから快く迎え入れくれるさ」
「なにそれ」
少しおかしくて笑ってしまう。
「場所はわかるな?」
「ちゃんと行けるか分からないけど、うん。メイヘンの屋敷のふもとにあるっていう小屋だよね。小屋が聖域って変な感じだけど」
「聖域の形は様々なんだよ」
彼女のいう通り、死の加護の聖域の外観は祠のようだったことからそうなのかもしれない。
「メグチが場所を知っているから彼女を頼りするといい」
「うん、わかった」
宿屋の前でクリシュと会話をして、ちょうと一段落したところで宿屋からメグチが出てきた。
「荷物は荷台のほうに乗せてます。戻ってきたらすぐに出られるよう手配してます」
「さすがクラクの使用人だな」
「別邸ですけどねぇ」
クリシュに褒められるメグチだが、照れもせずに返した。
「ミズキさま、行きましょうかぁ」
「う、うん」
クリシュに見送られメイヘンの聖域を目指した。
夜道は当然暗い。月明りを含めても足元がぼんやりするくらいで視界は良好ではない。
それは夜中に聖域を向かうことで心配をしていたことだが、それはメグチによって心配は解消された。メグチは明かりの魔法を使えたのだ。指先をピンと鳴らすと、手のひらに光の玉ぼわっと乗る。発光したふわふわの白いハムスターでも乗っけているみたいである。
さて、小屋へ続くという外路。メテル村の外れから通じている道だ。街中の舗装されたのとは違い、人が何度も通ってできた自然の道のような作り。そこには街灯はなく当然暗い。
メイヘンの屋敷には別の道があるのだが、聖域はこちらに道を使っていくとのことだ。別の道なら街灯もあり心配のしようもないのだが。
発光したふわふわの白いハムスターのような光の玉のおかげで回りは随分明るく、外路を辿って歩くことができた。正面を歩くメグチのことも見失わずにすんだ。
道なりに進んでしばらく、外路の終わりに小屋が一軒あるのを見つける。
「小屋……、もしかして、これ?」
思わず予想外だと声を出すミズキ。
小屋。人一人だけ入れそうな小屋だが、どうにも外観が小汚い。屋根部分は半分剥げているし、外壁も木片が飛び出たりして、小屋に衝撃が走れば崩れそうなほど脆い見た目だ。
死の加護の祠の聖域も、外観でいえば綺麗と言えないところだったがここまで酷いのは流石に呆気にとられる。
そもそもここに聖域があるのかという疑問すらわく。
よく見たら扉も半開きである。
「……流石に聖域じゃないよね」
「外観は関係ないですよ。普通の人には薄汚れた小屋にしか見えませんけど、聖域のはず。多分」
「自信ないじゃん……」
「私は入っても聖域の領域に踏み入れませんので」
「ええ……、じゃあ、なんでここが聖域だって知っているの?」
「それは以前教えてもらったんですよぉ」
「誰に?」
「ルバートさまです」
「ルバート?」
ルバート・エリザベス。七星の騎士とかいう二つ名を持っていたという元聖騎士で現在クラクの傭兵。未だに謎の多い人物だ。
(もしかして彼女こうなること見越してメグチに教えていた、とか? 神託がどうとか言っていたからもしかしたら……。いや、な、わけないか)
ミズキは取り越し苦労に思った。
「じゃあ、待っていますねぇ」
「え、一緒に入ってくれないの?!」
「私が入っても領域に行けないんですけどぉ」
「ええ……」
このおんぼろ小屋に一人で入るなんてちょっとした肝試しである。トイレの花子さんがいたって不思議じゃない。そもそも異世界に現代の七不思議がいるかも滑稽な話だが。
ごくりと喉を鳴らすミズキ。半開きの扉の取っ手に手を掴む。妙に手が汗ばんできたような気がしてきた。これで扉を開けて中に入ったらただの薄暗い小屋なら肩透かしもいいところだ。
「ああ、もう!」
目を瞑って勢いよく小屋の扉を開く。そして、そのまま中へと入る。
すると、海風のような爽やかさを身体で受け止めた。
「え」
目を開くと、そこは海辺だった。
「は? え……なんで」
おんぼろの小屋の中身とは思えない。いや、別世界だ。あの扉を開いたら別の場所につながっていた。まるで、どこにでもつながっている不思議なドアのような。だが、後ろを振り向いても扉はない。
ここは聖域。そして、その領域ということらしい。
波が小さく揺らいでいる。ぼんやりとした夕日が海辺を照らしている。その浜辺にポツンとビニールシートが敷かれており、そこに女性が一人座っていた。
「ユイ……じゃないね。何か用かな? どこかの加護者さん?」
不衛生に伸びた黒髪。虚ろな目。薄い病的な唇。その声色は曇りがかっている。
「あなたは?」
「……ふーん、君、面白い加護と一緒なんだね。じゃあ、迷い子だね」
彼女は質問に答えず一人で納得している。戸惑うミズキを彼女はちらと見て、憂鬱そうに息を吐く。
「君が来た理由はわかるよ。ユイの加護、私を知りたいんでしょ。……ミズキ」
「え」
その者はミズキの名を告げた。
「なんで……」
「なんで、か。簡単に言うと私の権能ってとこかな」
「権能……?」
暗い雰囲気の女性は面倒な様子でその場を立ち、不気味に口角をゆがめる。
「私はね。人の意識、無意識を量る。君の無意識を量れば君がどんなことを思っているかはわかるんだよ」
「じゃあ、あなたは……?」
再びの問い。彼女は答える。
「私は”意識の加護”名前は……いいか。君は私の加護者じゃないし」
「ねえ、意識の加護って人から認知されなくなるような力があるの?」
「……君がどういう状況で聞いているのかわからないけど、認知という話ではできないな」
「え」
「でも、意識という意味では簡単だ」
彼女がそういった瞬間、目の前から彼女が消えた。
「え、何、どこに……」
右往左往してから再び正面を向くと彼女はそこにいた。まるで、ずっとそこにいたかのように。
「人の意識は未熟だ。少しのことで意識は逸れるし、なくなる。今君にやってみたみたいにね。君が求めている力はきっとこれじゃないかな。ユイが君たちを欺いたみたいにね」
「知っているんだね……、無意識を量ったってことかな」
「うん、ご明察。理解が早い加護者はいいね。面倒な説明を省けるからね」
意識の加護はそういいながら続ける。
「ユイは意識を逸らすことくらいしかできないと思うけどね。例えば、一人の人間に意識集約させるとか、ね」
「それって……、メテルの村でアイゼンが目撃されたことが関係あるの?」
「ユイの力では多くの人間を同時に意識外に逸らすのは無理だろう。が、一人の人間に意識を注目させるというのなら可能だろうね」
(それでメテル村の検問を抜けたってことか。目撃されたアイゼンはきっと分身だろう……)
ミズキは内心で考察する。
「……あの子は難儀な立場にいる」
「ユイが? レイナの恋人なんだよね」
意識の加護は神妙な面持ちで話す。
「そうだな。ま、いいさ。これ以上は面倒だ」
「はあ、何それ……。気になることいってほったらかし?」
急な言葉の転換に少し怒り目でいう。
「面倒なもんは面倒なんだ。もういいだろう? 加護を知れたんだ。もう用はないはずだ」
なんともあっけらかんとした性格だ。気分屋というかわがままというか。加護ってやつは自分本位なやつが多いのかもしれない。
「ええ!? あ、ちょっと」
直観だった。ユイのおかれている立場に意味があると思った。それを問うために口を開こうとするがそのまえに視界が歪む。
咄嗟に額を抑える。強烈な酔いがきたみたいだ。
(ユイが難儀? なんで……。恋人の逃走を手伝うのに、もしかしてユイは迷っている?)
一つの疑問が生じて、この領域は淡く消えた。
次に視界が晴れた時、ミズキは暗い壁を見ていた。狭苦しい木造小屋の中、所々穴の空いた外壁。ここは紛れもないあの小屋の中だった。
「ミズキさまぁー、おトイレが終わったら早く出てきてくださいねぇ」
「トイレじゃないから!?」
すぐさまツッコミを入れて小屋からミズキは勢いよく出た。
「おぉ、お見事です」
「何がお見事よ……」
メグチは相変わらず能天気である。
聖域の領域内と打って変わって外は暗く沈んでいる。まだ夜明けは遠そうである。
「メグチ、私が戻ったってよくわかったね」
そういえばとミズキは口にする。外にいたメグチには判断のしようがないと思ったのだ。
「まぁ光ってましたから」
「光?」
「はい。小屋に入って発光、しばらくして発光。発光が聖域へ出入り口なのかな、って」
「あーなるほどね」
こんだけ隙間のある小屋なら光は幾分漏れ出て視認しやすかっただろう。
「ミズキさま、加護が何かわかったのですか?」
「うん、わかったよ。モヤモヤすることあるけど……」
それに関しては胸の内に秘めることにした。
「戻りましょうか」
「うん」
メグチは深く聞いてこなかった。メグチは意外とそういう配慮のできる人、獣人だ。戻るときに、加護はクリシュさんと一緒に聞かせてくださいよぉ、といつもの調子で話していた。




