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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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過去の私にさようなら・後②

 ラマンが持ちかけた提案。それはミズキを姫にすることだった。

 あまりに唐突であるし、何よりタイミングが酷だ。リリィが亡くなった直後に話すのだからミズキの心境はより混迷になっていた。怒りや苛立ちなんかでは表されない感情。

 反してラマンは純粋で純朴。ミズキの心情など一切気にする素ぶりはなく、ただ自分の提案を押し付けるだけだ。

 ラマンはいった。

「考えていてね。答えはリリィ様の葬儀の後に聞くから、明日の夜ーーいや、もう今日の夜かな。期待しているよ」

 そう言い残して、部屋を出ていったラマン。

 ミズキはしばし複雑な感情と戦った。その後、正面に座っているルナリアに一声かける。

「ルナリアはどう思う……?」

 ルナリアはハッとした表情で懊悩とする。ルナリアの特徴とも言えるキラキラした瞳の色がどこか燻って見えた。

「えとぉ、私は……それもいいのかなぁって」

「どうして?」

「あなたはフィロルドが選んだ近侍でしたし、その近侍がフィロルドを引き継ぐというのなら、私はエステル教会の信徒として従いますぅ」

 そして、ルナリアは一息置いて続ける。

「それにあなたはクラクを呪術師襲撃から救った方ですからぁ」

「……そんなのまぐれだよ」

 ミズキはか細く吐き捨てるようにいった。

「…………あなたってつくづく自分に自信がないみたいですねぇ」

「え、……そんなの当たり前だよ。私は何にも持っていないし、何をしてきた自覚もないもの」

 それは本心だ。クラクの襲撃を救ったとて自分の過去を変えられるわけではない。過去の自分は本当に腐り切っていたし、全てに逃げ続けてきた人生だった。ミズキにとってその怠慢な過去が自己肯定を下げる理由になっていた。

 自分のことは自分が一番よく知っている。クラクの襲撃を救えたのは、本当にまぐれだ。ただ自分が死にたくなくてもがいた結果がそうなっただけなのだ。それを一番理解しているからこそ、ミズキはフィロルドの近侍なんている肩書きが重荷になっていた。それにたる存在じゃない、そう思っているから。

 なんで自分がここにいるのか? それは加護に導かれたに過ぎない。

 あまりに身に余る出来事にただただ振り回されているだけの存在だ。

「それなのに、姫なんて……」

 リリィの側にいることすら出来ない自分には重積でしかなかった。姫がどんなに世界にとって重要なものかリリィを見て来て知っている。だからこそ、さらに大きな役割を与えられたところで期待を裏切るのが目に見えていた。

「……自分に自信が持てないなら、他人を信じてみたらぁ?」

「え……?」

 ルナリアは意外にもフォローの言葉を投げかけて来た。

「誰だって自分のことを疑うものだよぉ。私だって自分を疑ってる。私はクラクの襲撃を救ったあなたを見てフィロルドを信仰している怒の宗派に改宗しようと考えていたものぉ」

「それって……」

 頭の隅に王都回っていた時に、西区にある怒の宗派の教会にルナリアが立ち往生していたのを思い出す。あの時の姿の意味が明白した。

「フィロルド・リリィはクラクを救うものを選び近侍した。それがとっても崇高に思えてしまった。私はリリィ様に感服したのぉ」

 ルナリアはリリィのことを敬って話す。以前はフィロルドのことなんか、などと下に見るように話していたが変わったようだ。

「あなたを見て、リリィ様を見て、それらを信じて私は変わった。あなたはリリィ様を見て来てなかったのぉ?」

「……いや、見て来たよ」

 それはミズキのことを信頼する姿だ。こんな自分になんでって思うくらい信頼していた。

「なら、それを信じないと。まずはそこから、他人を信じて自分を信じるの」

 ルナリアはそういって、次にハッとして言う。

「まぁ、もうリリィ様はいないからねぇ。もし姫になるって決心がつくならさぁ。私を信じなよぉ、あなたを信じてるからさぁ」

 ルナリアの瞳の色に輝きが宿っている。純粋で嘘なんてないみたいに。

 今のミズキにはあまりに眩しすぎて直視できない。

 リリィのことを信じきれなかった今のミズキには。




 ルナリアとの顔合わせの後、ミズキは愛の宗派の教会内にある寝室のベッドに腰掛けていた。

 あの後、信徒の一人が訪れミズキには個室を用意してると言われて通された個室だ。

 ベッドとランプの置かれたサイドテーブル。完全に寝るためだけの部屋だった。

 安息するための計らいだが、ミズキは眠れるわけがなかった。いや、眠るわけにはいかなかった。

 眠ると状況がセーブされてしまう。それは前回の回帰でその法則に気づいた。だから、眠ると言うことはリリィが死んだままということになってしまう。

 ミズキの身は震えている。

 それは抱えてしまった後悔を払う方法をしっているからだ。

ーー死ねばいいじゃない?

 誰かが頭の中で囁いた。誰かなんてものじゃない。これは死の加護が告げているものだ。

ーー簡単よ。お前の両手で首を掴んで力いっぱい握ればいい。死ぬまで、ね。

 簡単に言わないでよ。文句がその言葉に反するように思い浮かぶ。

 自殺なんてこと、できるなら前の世界でとっくにやっている。

 それが出来ない。怖くて、痛いから出来ない。出来るはずがない。そう思っている。

 囁く声は頭の中から消える。その存在は消えても、ミズキの行動を覗き込んでいるような気味の悪さが離れていなかった。

 ベッドに腰掛け眠れない時間が続いてどれくらい経ったか。突然、叫び声が聞こえた。

 何事だと部屋を出る。廊下にはすでに窓から日が差し込み朝を迎えたことを知る。

 虚な目を擦りながら叫び声の当てを探す。声や足音をひそめて耳を澄ますと、今度は啜り泣く声が聞こえた。

 この建物はベッドの置かれた個室の並んだ場所だ。信徒ではない人が使う、いわゆる来客用の建物なのだが。ミズキ以外にここを使ってるものはアヤチしかいない。だから、その正体はアヤチの泊まっている部屋から来るものだった。

 啜り泣く声が続いている。その中で、メグチという妹の名が連呼されている。

 苦しみと後悔。答えのない疑問。

 どうして、どうして、どうして、そう何度も上擦った泣き声に混ざって発せられる。

 その扉の前で、ミズキは苦心する。扉を開けて彼女を慰める勇気はなかった。

 また戻ればメグチも助けられたのだろうか? アンがすでに死んで一日は経っていると言っていたじゃないか? 戻ってもメグチは……。

 言い訳じみた言葉が頭の中を巡っていく。

「私じゃ何も出来ない……」

 まだ信徒が建物まで入って来ていない時間。朝にしてはまだ早い時間だ。きっと眠るには都合のいい時間だろう。

 それでも、ミズキは部屋に戻らず建物から出ようとする。

 眠るのは怖かった。

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