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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
105/108

過去の私にさようなら・番外

ーー少し遡りアン・クライムの教会にて。

 教会にある連絡鏡が着信の合図となる緑色の発光をしていた。見た目は姿見の鏡だが、連絡石という魔石が内部に埋め込まれている。連絡石は他の連絡石を通じて対話することができる代物だ。誰とでも対話ができるわけではなく同じ色の連絡石同士でなければならない。それは仕組みに由来するのだが、一つの連絡石を割ってそれぞれを分けて持つことで意思疎通できる代物なのだ。魔力を通し念じることでその割れた先へ声を通すことができるというわけだ。その中で連絡鏡というのは姿を映したまま対話することができるものなのだ。

 教会にあるその連絡鏡は姿見であり、その上部に宝石のような石が埋め込まれている。それが発光することによって相手側から連絡の意図があることを報せているのである。

 しかし、それは何度と発光しているがアン・クライムは面を顰めて無視している。その緑色の発光が騎士団からのものだと知っているからだ。

 また面倒なことに違いないと決めつけアンは連絡を受けとる気は毛頭なかった。

 だが、四度目の発光。三度までなら無視を決め込める気でいられたが、四度目はこれは相当何かがあると思わざる得ない。アンは面倒だと憤慨しながらも姿見の前に立ち応答した。

 姿見に、予想通り聖騎士ハンナの姿が映る。相変わらず青色の双眸は気障ったらしくその振る舞いを表している。薄紅色の制服を着こなす清廉さ。彼女は自分から四度も連絡を入れたに関わらずにこりと何事もなく笑みを作って待っていた。

「何なの?」

 アンは怒気たっぷりにいう。相手はそれでも気に留めず小さく微笑んでいる。

『なぁに、アンの耳に入れたい話があったんでね』

「何なのかしら、手短にお願いできる?」

『クラクの別邸から何度も騎士団の方に要請の連絡がきている』

「……ふーん、あなたはそれ無視しているのね」

『そんな意地悪言わないでよ。騎士団のほとんどはナルミナ小国に駆り出されているんだから。実害性の認められない案件に騎士を出すわけにはいかないわ』

「あなたがいけばいいじゃない」

『そういわないでよ。私、聖騎士なのだけど』

「……」

 アンは眉を吊り上げる。

『そんな怖い顔しないで、ま、実際はナルミナ小国の動きを把握できるよう本部に残ってるだけ。それに王都に呪いの姫がいるかもしれないからね』

「そう、あなたの言い分は理解できたわ。それで、どうして私に聞いてもらいたかったのかしら?」

『だって、アン、フィロルド気になるだろう?』

 またアンはイラっしたように眉がぴくりと動く。

『あの迷い子、予見のような未来を見る加護らしいじゃないか、きっと何か起こるんじゃないかな』

「そう思ってるなら」

『悪いけど信用性がない。迷い子の加護は呪いに準じてるし精度も悪いしコントロールできてるものではないからね』

「そうね、それで騎士が出張れないから私に声をかけたわけね」

『そういうこと、アンに声かけた理由は言わなくてもわかるでしょう?』

「……ふん、まぁいいわ。行ってあげるわ」

『アンならそういうと思ったよ』

 それで連絡を絶った。

 ハンナの思惑に乗ってると思ったら苛立つアンだが、話を聞いてしまった以上無視するわけにはいかない。

 早々に教会から出る。クラクの別邸に向けて歩き始めた時、背後から声がかかった。

「あらぁ、アンちゃんおでかけぇ?」

 甘ったるい声色。聞いた瞬間寒気がくるほど腹黒さを覆い隠す声にアンは一瞬無視を考えたが、無視を決めた先がより面倒だと思い振り返った。そこには小柄な少女のような容貌をしたラマンがいた。

「……何か用? 急いでるのだけど」

 少女のような彼女は媚びるような上目遣いで話してくる。

「用というほどのことはないんだけど。夜更けに教会から出ていく姿が気になったのよね」

「それを言うならあなたも交流会あとにこんなとこにいてどうしたのかしら?」

 そういうとラマンはくすりと笑って、頬を紅潮させた。

「今日は一段楽しいのよ! 素敵な姫様たちに出会えたし、私の加護が言ってるの今日は愛しい加護に会えるって!」

「そうか、良かったな」

「……クラクの別邸に行くのね?」

「っち……」

 ラマンはにやっとして言い当てたためにアンは悪意たっぷりに舌打ちした。

「私の前でカクシゴトは無意味よ。でも、そっかぁ。ここに来たら面白いことがあるって思ったんだけど、あのつまんない近侍が動くのかしら」

「どうだろうね」

「交流会では見なかったし、愛おしくなっているのかしら」

「もういい?」

「ん? いいよ」

 案外あっさりラマンは会話を終わらせてくれる。

「ついてくるの?」

 疑惑の眼差しを向けて言うと、ラマンはにんまりしていう。

「ついて来てほしいの?」

「っち……」

 舌打ちしてそのまま去ろうとしたらラマンは背後に言葉を浴びせてくる。

「行くのはまだ、ね」

 不穏な台詞を浴びながらアンはクラクの別邸に足を急がせた。



ーーして、出来事は瞬く間に起きていった。

 別邸の方で甲高いガラスの割れた音が聞こえたと思えば、背後で小うるさい絶叫が前庭に響き渡る。それに混じって物が地面に落ちる音がしていた。

 振り向くと、一頻り絶叫したミズキが脱力したかのように前に倒れ込んだ。

「……何が起こっている?」

 自問。アンは考えるが出来事はまさに理解の及ぶものではなかった。あまりに一瞬、状況整理には深い逡巡を必要とした。

 クラクの別邸で起きた惨事。刺された獣人のアヤチ、そしてすでに死んでいる彼女の妹のメグチ。

 メグチがアヤチを刺したようだが、そこには不自然さが目立つ。それはメグチの死体を確認した時に思ったことだが、彼女の死は今この場で起こったものではないということだ。

 しかし、頭を悩ましたとこで理解には至らない。まだ理解に及ぶための材料が足りていない。

 次にアンが目にしたのはミズキの近くに落ちてる物体だ。首輪のようだが、ちぎれている。

 その首輪がミズキの首に巻かれていたのを思い出し、それが何かを改めて理解する。ローヤルチョーカー、宝物だ。服従の宝物とも言われるが、主人との繋がりを示すものでもある。そこまで思い当たったところでローヤルチョーカーが落ちた意味に辿り着く。

 フィロルド・リリィが死んだ。

 その事実にミズキはいち早く気づいて絶叫したのだろうと推察するアン。しかし、別邸で一体何があったのか。薄い赤目が鋭く別邸を睨む。

 複雑な疑念の中、また背後から音が鳴る。地面を擦って起き上がるような。

「……ミズキ?」

 アンは身構えるようにその場を立って振り向いてその動向を見守る。ミズキがよれよれになりながら立ちあがろうとしていた。

 ミズキは口を開かない。

 彼女の身体はぎくしゃくして重さの感じる動きをしている。そして、ミズキはアンの方を向いて口を開く。

「あぁ、身体が重いわ。やっと表に出てこられたと思ったら一体何なの?」

「……あなた加護ね?」

 アンは状況察して確信をつく。

「そうだけど?」

「ミズキの加護なの?」

「この子加護あるの? そんな気配ないみたいだけど」

「……じゃあ、あなたは」

 アンは嫌な予感が巡る。

「フィロルドの加護よ」

「嘘、フィロルドの加護は力が希薄になっている。そんな人の意識を奪えるのはフィロルドの加護ではない」

「そんなこと言われても、あのちっこい魔術師のせいであのフィロルドの娘に無理やり受け継がさせられたのだから」

「ふーん、そっか、そういうことか……」

 アンは一人納得する。

「なぁにわかったか知らないけど私すっごくムカついているの。今すぐこの場全てを焼き払いたいくらいにさ」

 次の瞬間、彼女の周りに炎が現れる。眩く轟々とした炎は生き物のようにうねってアンの方を狙っているように見えた。

 それを一瞥する間に、その炎はアンに向かって襲いかかる。だが、それをアンは右手で払って降り掛かるのを妨げた。

 ミズキもとい加護は驚いた顔をする。

「な、なんで……」

「私も今とっても腹立たしく思ってるのよね。こういう事態を想定してなかったその魔術師にね」

 アンはパチンと指を鳴らす。すると、加護の周りを囲っていた炎が煙を出して消えていく。

「お前、なんで、このフォレグの力を……」

「あなたの加護名フォレグっていうのね。強力な力みたいだけど、私に加護の力は通用しない」

 アンの静かな脅しにフォレグは身を怯ませた。

「さぁ、その身体から出ていくか奥底で眠るか。ミズキを返しなさい」

「くっ……、出ていきたくても出れないんだよ。私の場所はもうこの身体しか……それに長く持たないし」

「どういうこと?」

「そんなの私も知らない……」

 フォレグが恐れを交えてそういう。

 フォレグはアンの意識が思考に移行したのを見逃さなかった。それを見てフォレグは門の方へ逃げる。

「待て!」

 静止の声も聞かず彼女ばこのまま行ってしまうかに思えたが、フォレグは血相変えてこちらに戻って来た。

「い、いや、お前はダメだ……」

 フォレグは何かに怯えている。門のほうにいる闇の中にいる誰かを見ていた。

 すると、闇からそれは姿を現す。

「本当愛おしいわぁ。熾加護かしらぁ? つまらない近侍に取り憑くなんて、そこの近侍つまらないって言ったのは撤回しないとねぇ。愛らしく感じるわぁ」

 甘い吐息を交えて告げる少女。愛の席、ラマンがこの場に登場した。

「なにをするんだ?」

 アンは訝しげにラマンに問いかける。

「あら、アンちゃん。怖いことじゃないわ、ただ解放してあげるだけよ」

「解放?」

 すると、ラマンは怯えるフォレグに近づいていく。フォレグは逃げる気力をなくしたのか震えてラマンの動作を注視していた。

「怖くないわよ、あなたは私と一緒になるのよ? それって愛だと思わない?」

「い、いや、やめて」

「はぁ唆るわぁ、加護が涙を流すなんてぇ、ホントいじらしい」

 次の瞬間、ラマンはフォレグの唇を奪った。アンの目の前で彼女は口付けをしたのだ。

 それも熱烈なキス。舌を入れ吸うような水音が聞こえた。

 その数秒後、ラマンはフォレグの身体を離して上目遣いでその顔を伺った。

「……あ、あれ?」

「おはよう。あ、夜だけど加護から目覚めたからおはようでいいよね。愛おしいフィロルドの近侍?」

 その身体はミズキのものに戻っていた。顔色は優れないが、そこに目の前にラマンがいるとい驚きに色を染めていった。

「ど、どうして……」

「何も言わなくていいわ。こんな才能があるなら早く教えて欲しかったわ」

 ミズキの言葉に、指先をミズキの口に当てて言葉を止める。

「まさか、フィロルド・リリィの死がこんな素晴らしい愛しき存在を作るなんて。彼女の死はこの愛の席が責任持って弔うわ。王都全体で尊く弔いましょう!」

「え、今、なんて……」

 ラマンが嬉々として言う中、ミズキは首元を触っていた。そして、目線が探すように地面に落ちる。その瞳にローヤルチョーカーが映り吃音のような声が出る。

「ねぇ、アンちゃんもそう思うよね!」

 悲劇的なミズキを前に喜劇的なラマン。その様相は不気味であまりに倒錯的だ。アンに向けられる瞳は純朴そのもので穢れなんて一切ない。

 純粋に加護を愛してる者、それがラマンだ。人が理解できるものではない。

 アンは静かな舌打ちをするのだった。

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