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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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過去の私にさようなら・中②

 時間は昼を大きく過ぎた辺り。

 ユイヒと教会で軽い昼食を一緒に済ませた後、ミズキは教会を離れクラクの別宅に向かっていた。

 一度は逃げ出そうとした場所へ戻る。少し変な心境にはなっているが、ミズキは決意したのだ。再び死と向き合う決意を。

「どうしよう……」

 決意とは裏腹にミズキの戯言は不安を漏らしていた。

 勢いで戻ろうとはしているのだが、黙って別宅を抜けたために心象がとても悪い。どう説明しようかとか逡巡している。

 決意の先に展開は実にチグハグとしてて幸先不安である。

 その不安な道中にて前から歩いてくる人物を見かける。それは見た目幼い姿の生意気な姫、カシュ・ミミ。

 気づかれないように目線を下に落とすがそれはもう遅く、ニンマリとした顔のカシャが近づいてきた。

「フィロルドの近侍じゃないの」

「な、なに……」

「そう怯えなくていいじゃない」

 酒飲みの偽幼女の印象があり身を構えてしまう。不思議そうな顔をするカシュ。今の彼女に当然、酒場で会って話した記憶はない。ミズキだけが覚えてる姿だ。

 しかし、カシュの方を見るに違和感があった。

「あ、あれ、ファルマは?」

 それは近侍の不在だった。

「あのね、姫だからっていつも近侍と一緒なわけじゃないのよ」

「そ、そうだけど」

「ファルマは交流会の準備よ」

「そ、そうなんだ」

「不思議なのはアンタのほうよ。こんな場所に一人で」

 ミズキはびくりとする。

「ま、アンタがフィロルドの姫と一緒にいないのは想像できたけど」

「それって、私が王都に認められてないから」

 不意に言い返すようにいう。

 カシュは一瞬驚いた顔をして続ける

「そうね。それは周知のことね」

 彼女は無碍もなく言い放つ。ミズキは少しだけ悔しくなった。

 それをカシュは一瞥して頭を掻く。呆れた顔をしたと思えば真っ直ぐな視線をこちらに注いでくる。

「大事なのはアンタが姫に選ばれているってことよ」

「え」

 急なフォローにミズキは驚いた。意外だと思った。

「王都の対応なんて気にすることないわ。今の王都の目は曇ってるのだから」

「な、なにそれ」

「私が言えるのはここまで。折角フィロルドの近侍になったのだから、いや選んでくれたのだから、それを信じるべきだわ」

「……」

「じゃあね、あ、アンタ交流会には姫と一緒に来るのかしら?」

 去り際にカシュはそういう。

「え、いや、私は」

「……ま、なんか他にやる事あるならいいけどね」

 そういってカシュはこの場から去っていった。

 他にやる事。そうミズキはこの先にまつ死から脱却しなければならない。

 不意に、リリィが交流会にはミズキがいなかったことをぼやいていた事を思い出す。その時に彼女は涙を流していた。

 その意味の詳細はわからない。ミズキがいなくて寂しいからなんて思ったんじゃないかって期待する。そうだとしたら交流会に行くべきだとは考えるが、今は……。

 考えを頭を振って吹っ切る。

「私は今回で絶対……」

ーー死ぬわけにいかない。

 微かな誓いを胸に宿す。



 別宅に恐る恐る正面から入ると、前庭の玄関前にアヤチが佇んでいルのが見えた。こっそり入るつもりだったがアヤチとちょうどはち合わす形となった。

 アヤチは物憂げな雰囲気でどこか落ち着かない様子。箒を手に持っているが、その箒が同じ場所で左右に揺れ動くのを見るに身が入ってないのが見て取れる。

 そんなアヤチはミズキと目が合う。すると、アヤチは驚いた顔で箒を持ったままミズキの元へ駆け寄ってきた。ミズキは咄嗟に頭を手で覆うように隠れるがもはや意味のないことである。

「ミズキ! あなた何も言わずに出かけるなんて……」

「ご、ごめんなさい!」

「もう……心配したのですからね。私もリリィ様も」

「リリィも?」

「ええ」

 そういってアヤチは嘆息する。

「クライム様からお話を頂いていたので、ミズキが教会に行っているのは知っていましたが手伝いを受けているのならそう教えてくれれば良いのに」

「え、あ、ごめん」

 どうやらアン・クライムが事前に連絡を入れていたみたいだ。高圧的で威圧的な彼女のことだが気の回る人だ。フィロルドに関しては気にかけている部分もあったからフォローをしてくれたのかもしれない。

「全く……、メグチのこともあるのに……」

 アヤチは声を落としていう。

 やはり彼女の落ち着かない様子の所在はメグチにあるようだ。今朝から姿を見てないのがずっと気に掛かるのだろう。

 しかし、メグチに関してミズキは知っている。前回の回帰でリリィに手をかけミズキにまで殺そうとしたその狂気を。

 メグチの凶行の理由はわからない。けど、あの時見たメグチは正気そのものがなかったような気がする。まともに会話できていなかった記憶からミズキはそう考える。

 あの様相の正体は何だったのか。ただそれが回帰を切り抜けるための重要な所だと感じていた。

(……夜にはメグチ別宅に戻ってくるってことだよね)

「あのアヤチ!」

 アヤチはリリィに名を呼ばれて獣耳をピンと立てる。

「な、なんですか?」

「話があるの」

 そういってアヤチと一緒に別宅内に入り、応接間らしい部屋でミズキは夜にメグチが戻ってくることを伝える。

「……それはあなたの加護の力によるものですか?」

 アヤチは怪訝な様子だ。

「えと、うん……」

 ミズキの中にある加護。死の加護であることは言えない。死の加護はイブの残穢と言われ世界から忌み嫌われているものだからだ。

 だが、クラクの襲撃を止めた功労にミズキの加護が関わっていることは周知のことだ。具体的なことは忘れらた聖域の迷い子ゆえに、信仰が薄れてしまった加護だからこそ認知は希薄だ。だから、みんなにはこう伝わっていた。

「確か予見、予言に関する加護でしたよね」

 ミズキは神妙に頷いた。

「精度はあまり良くないと聞きましたが」

「そうなんですけど……」

 それはルバートからの助言だ。ルバートは死の加護についての認知は消えているがミズキの中にいる加護の能力だけを曖昧に知覚している。その経緯はクラク襲撃の件をルバートがミズキの話(呪術師の襲撃)を聞いて動いたという事実がある。その結果として、ルバートは予見や予言に関する加護のものだと認知しているしそう説明するようにと助言している。そして、そのようにクラクの関係者にも周知している。

 予見、予言の加護と説明しているためその力は不確かなものとしている。

「……そうですか。でも、夜に帰ってくるのを予見したというのなら待ってみましょう」

 アヤチは少しだけ安心したような顔をした。

「うん。あのだから、私も一緒に待っていいかな」

「ミズキも? 交流会には行かないのですか?」

「うん、リリィには悪いけど、メグチが心配だから」

 アヤチは驚いたように目を丸くさせ少し考えるふりをする。

「そうですか。リリィ様はあなたと一緒に行けることを楽しみにしていたようなので少し心苦しいのですが」

「……うん、でも、今はメグチが優先、かな」

 リリィがミズキと交流会に行けなかったことを悔やむ話は前回の回帰で見ている。けれど、

(私なんかがついていったところで……)

 ミズキには自分がフィロルドの近侍として相応しくないと思ってしまっている。交流会には王女代行もいたし、随分肩身の狭い思いをする。それはきっとリリィもそうなのではないかとミズキは考えている。

 この先の死から脱却ーー念頭にそれはあっても交流会に行かないのは自分の立場を卑屈に思ってる節がある。それがリリィのためだと思って。

 アヤチは何か言いたそうに口を開くが、首を振って何かをいなす。それを不思議そうに見てると、アヤチは静かな口調でお礼を言って小さく首を下げるのだった。

 別宅に一旦帰宅してきたリリィにミズキの動向を説明したのはアヤチからだった。ミズキ自身で告げるべきだと思っていたがアヤチが自分から申し出た。

 リリィは神妙な面持ちで頷いてそれを聞いていた。ただ彼女もメグチのことは心配しているために話はすんなり進んだ。

「そういうことなら、うん。任せるね、ミズキ」

 リリィは優しげな眼差しを向けていうのだった。

 リリィはミズキに対していつでも優しげだ。別宅に一旦帰宅してミズキに開口一番告げたのは今朝のミズキの動向についての心配だ。アン・クライムのおかげで状況はわかっていただろうが、ミズキのことを気にかけていたようだ。それはアヤチからも聞いている。

 そんなリリィの態度だからか、一人で交流会へと向かっている後ろ姿に手を振るのは少しばかり胸がズキンとした。

(リリィを死なせないためだよね)

 ミズキの胸中に言い訳が浮かぶのだった。




 夜。落ち着かない時間が続いた。

 メグチが戻ってくる時間を夜だと記憶してるが、具体的な時間はわからない。

 前の回帰から考えると、リリィが交流会から戻ってきた後だと認識している。

 あまり元気のないリリィが別宅に帰宅しエントランスは入っていく姿にミズキは気の利いた一言も言えなかった。おかえり、ただそれだけで、リリィは小さな返事をするだけでこちらをチラとも見なかった。

 胸が痛む思いをするが、きっと自分が交流会に一緒に行くよりはマシなはず、なんて正当化する。それよりもメグチのことに集中するのが大事だと正当化を重ねるばかりだ。

 そんな考えをしていると、エントランスから前庭へとアヤチが出てくる。

「ミズキ、一応騎士団の方には連絡しましたよ」

「ありがとう」

 ミズキはアヤチに連絡を頼んでいた。事前に騎士団に連絡を入れれば大事はないと考えたのだ。

 ただその思惑はブレてしまっている。本来ならすでにこの別宅に来て欲しかったのだが、騎士団は別件で動いているらしく重要度の低い事案にかかる状態ではないとのこと。まだ事態の動いていない別宅に派遣するのは無理だと再三断られたのだ。

 狂気になったメグチが別宅に戻ってくる、なんてことは言えず心身保護の観点じゃ騎士団は動いてくれなかった。

 歯痒い思いをするミズキ。それでもアヤチは逐一その要請の連絡を入れてくれているから助かっている。

「では、私はまだ仕事があるので中にいますね」

 そういって別宅の中に入っていくアヤチを見送る。

 それからしばらく、眠気が瞼に錘を乗せ始めた頃。それはやってきた。

「……来た」

 ひっそりとした小声が確認する。

 別宅の門前からフラッとした様子で入ってくる姿。歩いているというより歩かされているかのような不自然な歩幅。後ろから誰かが手で押してるか、前からその身体を誘っているかのように歩いている。あからさまに自然ではない。だから、その姿の正体があの狂気的なメグチだというのは一目瞭然だった。

 心音が高鳴る。喉がつっかえたみたいに乾いている。恐怖という感情が沸々と身体中を侵食しているのがわかった。

 逃げる。それが一瞬チラついた。

(逃げる? そんなのもう何回も思った……)

 頭を振って負の感情を無理やり消し去る。でも、消えない。消えないから負の感情なのだとミズキは知っている。それを抱えて挑むことが必要なのだと知っている。

 ミズキは不安や恐怖を織り交ぜた瞳を前に向ける。その瞳の中に小さな決意だけが宿ってる。今はこれがミズキの限界だ。

 恐れた逡巡の中、背後から意表がつかれる。

「メグチ……?」

 それはアヤチの声だ。

 驚きの入った声。彼女の方を見ると口元を抑え驚愕の様子だ。彼女の特徴でもある獣耳がピンと立ててる様子が驚きを大きく表現している。

 彼女はミズキに一瞥をする。それはきっとミズキの予見が正しかったことに対するものだとミズキは思った。

 アヤチの登場はミズキの行動を一つ遅らせてしまう。またアヤチの行動を見逃してしまう。気づいた頃にはアヤチはメグチの方は走っていったのだ。

「あっ、だ、だめ!」

 メグチの方は駆け寄るアヤチに静止は効かない。アヤチにあるのは半分の血をわけたメグチを心配する思いだけだ。

 だから、アヤチはメグチの正体に気づかぬまま正面から刺されてしまうのだ。

「アヤチ!!」

 ミズキは前へすぐさま走り出してメグチを突き飛ばす。その拍子で後ろにのけぞるアヤチをミズキは地面に尻餅つきながらも抱き抱える。

「アヤチ、ごめん! ごめん!」

 わかっていたのに、防げなかった自分に悔やむミズキ。

 アヤチは不思議そうな顔をしていた。その中に痛みや苦しみはあるだろうが、今一番に思っているのはどうして妹から刺されたのかわからないと言った様子だ。

「な、なんで、メグチ、どうして……」

 アヤチの朦朧とした眼差しがメグチを探すように動いている。

 悔やむ暇はない。労わる暇はない。不自然な足音がこちらに向かっていた。

 そちらに向くと実の姉の血で染めたナイフを手に持った狂気的なメグチがこちらを見下ろしていた。

「なんで、こんなことするの?!」

「う、あ、……呪いの姫のため……」

 か細い発言。なのに、呪いの姫だけはちゃんと発音している。

(呪いの姫ってなんなの……)

 そんな疑問が生じる中、メグチは襲いかかってくる。

 ミズキは咄嗟に屈んで避ける。体重が傷を負ったアヤチにかかり呻き声がなってしまう。

「ご、ごめん」

 そういって、アヤチを一先ず地面に寝かせてメグチの方を見る。

 メグチは先ほどのミズキの回避で地面に転げていた。

 ミズキはメグチに馬乗りになってナイフを必死の思いで奪い取る。しかし、それでもミズキの下でメグチはじたばたと暴れている。

「もう、静かに、おとなしくして……」

 ミズキは暴れるメグチを抑えるように手首を掴む。掴むと急にメグチの力が緩んだ。

 力が途端に緩んだためにパッと手首を離してしまう。けれど、メグチはそのまま地面に脱力してのけぞっていた。それはまるで死んでいるかのように。

 ミズキがひやっと顔を強張らせていると、自分達ではない足音が聞こえる。ゆっくりとした調子のそれに合わせて声が鳴る。

「ハンナから聞いて来てみればなんだかオカシナことになってるじゃない?」

 至って冷静な口調。近くに血に塗れたアヤチの姿があるはずなのに、彼女の声は落ち着き払っていた。

 振り返ると、薄い赤目が冷たさを宿してこちらを見下ろしていた。アン・クライム。彼女は笑みすら面に浮かべずこちらの方にくる。

「な、なんで……?」

「なんではこちらの台詞なのだけど、ほんとう腹立たしいわね、あなた」

「あの、そこにアヤチが、血だらけで……」

「獣人の従者のこと? もう大丈夫よ、手当はしたから、簡易的なものだけどね」

 アヤチの方を見ると、血は止まって震えも止まっているようだった。いつの間にかアンが処置をしてくれたようだった。道具とかがないため魔法のような異能による処置だろうが、ミズキは安心する。

「それよりも、あなたそこをどきなさい」

「え……は、はい」

 ミズキはいつまでもメグチの上に馬乗りになっていたのに気づいて飛ぶようにどけた。

 アンは自然な様子で地面に寝転がったメグチに近づき、そっと右手がそっと首元に触れる。

「ふーん、死んでるね」

「え」

 ミズキは反応と意味を理解するのに遅れた。アンの言い様はそれほどスムーズだった。

「しかも、今死んだんじゃないよ。一日は経ってるね」

「え、な、なにそれ、意味が……」

「なんでだろうねぇ、これも呪いの姫もしくは魔女が関係してるのかな」

 アンは一人で考えるように呟く。

 その時、別邸の方から大きな物音が鳴る。ガラスを割ったような音が前庭の方まで聞こえてきた。

「な、なに……」

 怯えるミズキに反して、アンはゆっくり面を起こして前を見据える。その薄い赤目に疑惑を宿す。

「…………」

 と、その数秒後今度は乾いた音がアンの目線の行方を奪う。

 アンの背後にいる、ミズキ。そのミズキの目下にローヤルチョーカーが落ちたのだ。

「は……?」

 その様子にミズキはアンに遅れて気づく。そして、ミズキはアンよりもこの意味に気づいて絶叫する。

 リリィが死んでしまった事実に。その絶叫に呑み込まれるように意識が消失した。

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