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★桜、散ル




「大丈夫よ、今によくなるわ」

 皆、口々にそう言うけれど、瑞希(みずき)は、もうこの先がそう長くないことは知っていた。

 そして、瑞希が物心がついた時から、病院生活をはじめ、気がつけば、十四の誕生日を迎えていた。

 幼少の頃から体が弱く、少し歩くだけで息切れや動悸が激しかった。

 おかげで肌は陶器のように白く、体の線も細い。

 怠い体をベッドから起こし、ふと窓の外を仰げば、そこには、薄桃色をした満開の八重桜があった。

 春の強い風に乗り、まるで季節外れの粉雪のように、はらはらと舞い落ちる花びらはとても幻想的だ。

 実は満開のあの桜。根っこが腐り始めているらしく、もうすぐ切り倒されることになっている。

 自分もあの桜のように命を絶たれる運命なのだろう。

 日に日に、体が衰弱していっているのは、誰よりも自分が一番理解していた。

 瑞希は、この先に見える、『死』という影を感じ取っていた。

 それでも、皆には心配をかけまいと、微笑みを絶やさない。

 しかし、内心は、とても苦しい。

 ひとり、この世界から消えるのは悲しい。

 けれど瑞希は、自分がこの世から去ったあと、残された者が悲しむことも知っていた。

 だから涙も流せず、弱音を吐くことも許されない。彼はただひたすらに、微笑み続ける。

 ――それはある夜のことだ。いつもは息苦しいばかりだった体は、何故か苦痛を感じない。

 体も軽く、ベッドから難なく下りることができた。

 不思議なことに、動悸や息切れもない。

 月光に誘われるがまま、外に出てみると、自然と桜の木に辿り着いた。

 薄紅色の桜の花は、寄り添うようにして咲き誇っている。

 月光の光を浴び、薄ぼんやりと白い光を放っているかのようにも見える。

 瑞希は、桜の花に見惚れていると、桜の木の下に、ひとつの影を見つけた。

 青年だ。

 彼は、先ほどの瑞希と同じように桜を見上げ、何をするでもなく、ただただ立っていた。

「どうしたの? なぜ、君はそこに立ったままているの?」

 瑞希が問えば、青年は振り返った。

 どこの病棟の子だろうか。年の頃なら十七歳くらい。見慣れない容姿をしている。

 象牙色の肌に、漆黒の髪。一重の細い眼をした、とても美しい青年だった。

 どこか寂しげな漆黒の瞳に、瑞希を映す。

「胸が、苦しいんだ」

 薄い唇を開き、そう言った青年の声は、鈴の音のように涼やかだ。儚い雰囲気を漂わせている。

「僕も、すごく辛い」

 それは、誰にも口にしたことがない、瑞希が初めて明かした本音だった。

 春の夜風に揺すられて、枝が震え、桜が散る。

「…………」

「…………」

 二人の間にしばらくの沈黙が続いた。

「俺と来る?」

 沈黙を破ったのは青年の方だった。瑞希へと手が伸びる。

 恐る恐る、青年の手を取れば、彼は薄い唇を弧に描き、うっすらと微笑んだ。

 やがて空が白じんでくる頃、桜の木が大きな音を立てて、崩れ落ちた。

 桜の木の根元には、ひとりの少年が横たわっていた。

 陶器のような白の肌なのに、頬は赤く色づき、口元には微笑が浮かんでいる。

 まるで、眠っているかのような、安らかな姿だった。




 **END**

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