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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第1章 ワン公、入学

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挿絵(By みてみん)




「……落ちた。滑り止めも……」


夕焼けに染まる駅前。


大神レンは、人混みの中で立ち尽くしていた。


スマホを握る手に力が入る。


画面には、何度見ても変わらない文字。


《不合格》


第一志望。


滑り止め。


追加募集。


全部だめだった。


「はは……終わった……」


喉の奥から乾いた笑いが漏れる。


春を迎える街はどこか浮き足立っていた。


駅前では花束を抱えた親子が歩いている。


同じ制服を着た高校生たちが集まり、泣いたり笑ったりしていた。


「受かった!!」


「春から大学生じゃん!」


「やったな!」


そんな声が聞こえてくる。


けれど、レンにはまるで遠くの世界の出来事のように感じられた。


ほんの少し前までは、自分もあの輪の中にいるつもりだった。


入学式。


サークル勧誘。


学食。


放課後の寄り道。


友達との馬鹿話。


そんな当たり前の大学生活を、ずっと想像していた。


けれど、その未来は今、スマホの画面一つで消え去った。


レンは静かにスマホを閉じる。


黒い癖毛が風に揺れた。


ぴょこんと跳ねた寝癖は、まるで猫耳みたいだった。


「……大学生活、したかったな」


ぽつりと零れる。


別に立派な夢があったわけじゃない。


医者になりたいとか。


研究者になりたいとか。


そういう大層な目標ではない。


ただ――


友達を作りたかった。


講義中に居眠りして怒られたり。


学食で何時間もだべったり。


放課後にカラオケへ行ったり。


サークルに入ってみたり。


恋愛なんかも、少しだけ憧れていた。


そんなありふれた青春を送ってみたかった。


けれど現実は甘くない。


昔からレンは本番に弱かった。


模試では点が取れる。


先生からも期待されていた。


だが、本番になると駄目だった。


頭が真っ白になる。


心臓がうるさい。


面接では噛む。


手は震える。


何度も練習したはずなのに、言葉が出てこなくなる。


そして結果は――全滅。


レンは重い足取りでアパートへ帰った。


築年数だけは立派な古いアパート。


階段はぎしぎし鳴るし、冬はやたら寒い。


それでもレンにとっては慣れ親しんだ家だった。


玄関を開ける。


すると、カレーの匂いがふわりと漂ってきた。


「あ、おかえりレン。どうだった?」


母親がエプロン姿のまま顔を出した。


レンは思わず目を逸らす。


その瞬間だった。


「あー……そっか」


母親は察したらしい。


それ以上は聞いてこなかった。


ぐつぐつと鍋の煮える音だけが部屋に響く。


気まずい沈黙。


レンは靴を脱ぎながら小さく息を吐いた。


やがて母親が困ったように笑う。


「……ごめんね」


「いや、母さんが謝ることじゃ」


「でもねぇ……」


言葉を選ぶように視線を落とす。


「浪人だけは勘弁してほしいかな……」


レンの胸がちくりと痛んだ。


分かっていた。


母子家庭。


余裕のある生活ではない。


母親は朝から晩まで働いている。


疲れ切って帰ってくる日も少なくない。


大学受験だって、かなり無理をしてもらった。


参考書。


模試代。


受験料。


交通費。


思い返せば、いくらでも出てくる。


だからこそ。


「もう一年頑張らせて」


その一言が言えなかった。


「……うん」


レンは小さく頷く。


「わかってる」


母親は少しだけ安心したような顔をした。


その表情を見て、レンは余計に何も言えなくなった。


大学へ行きたい。


その気持ちはある。


でも、それはもう我儘なのかもしれない。


高校を卒業して、そのまま働く。


それが現実だ。


それが一番正しい選択なのだろう。


――でも。


嫌だった。


青春を知らないまま、大人になるのが。


その夜。


レンは布団の中でスマホを見続けていた。


部屋の明かりは消えている。


静かな部屋の中で、スマホの光だけが顔を照らしていた。


「追加募集」


「まだ間に合う」


「春入学可能」


検索欄に言葉を打ち込む。


知らない大学。


聞いたことのない短大。


地方校。


専門学校。


片っ端から見ていく。


けれど、どれも違った。


ここだと思えない。


胸が動かない。


画面をスクロールする指も次第に重くなっていく。


時計を見る。


午前一時。


二時。


三時。


気付けば夜が更けていた。


「……大学、行きてぇなぁ」


小さく呟く。


誰もいない部屋に、その声だけが消えていった。


翌日。


レンは街を歩いていた。


特に目的はない。


家にいても落ち着かなかった。


春前の冷たい風が頬を撫でる。


空は曇っていた。


行き交う人々を眺めながら、ただ足を動かす。


気付けば見知らぬ路地へ入り込んでいた。


狭い道だった。


ビルとビルの隙間。


昼間なのに薄暗い。


人通りもほとんどない。


その時だった。


ひらり。


一枚の紙が風に乗って舞い落ちる。


レンの足元へ。


「……?」


しゃがんで拾い上げる。


古びたチラシだった。


紙は少し黄ばんでいる。


まるで何年も前からそこにあったような不思議な質感。


ふと視線を上げる。


薄暗い路地の壁。


その奥に、同じチラシが一枚だけ貼られていた。


まるで――


見つけてほしくなかったみたいに。


レンはゆっくり近付く。


そこに書かれていた文字を見て、思わず眉をひそめた。


『月詠魔法大学 学生募集』


「……は?」


声が漏れる。


魔法大学?


なんだそれ。


聞いたこともない。


宗教か?


詐欺か?


それとも新手の勧誘か何かか?


普通なら笑って終わる話だった。


けれど。


なぜか目が離せない。


月の紋章。


黒いインク。


古びた紙。


不思議なほど胸がざわつく。


心臓が一度だけ強く鳴った。


――ここだ。


なぜかそう思った。


根拠なんてない。


何一つない。


それでも。


レンは確信していた。


ここを見逃したら、きっと後悔する。


「……ここだ!!!」


勢いよくチラシを掴む。


その瞬間。


止まっていたはずの心臓が、再び動き出した気がした。


久しぶりの高鳴りだった。


そしてレンはまだ知らない。


その一枚のチラシが、自分の人生を根底から変えることになるなど。


夢見ていた学生生活は――


想像とは少し違う形で、すぐそこまで迫っていた。

沢山の作品の中から本作品をご覧頂きありがとうございます!


本日は投稿初日につき、6話公開予定です。


よろしければお付き合いお願い致します☆

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