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虚富  作者:


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第三話

前回のあらすじ

ストーカー被害を訴えていた川内は何者かに殺害された。泉は高校自体の友人である尾崎と協力し、川内の交友関係を調べ始める。そのさなか、川内が以前に暮らしていた家を見つけた。一目見ただけでも防犯設備であふれかえっており、ここに住んだままならば殺されることすらなかったはずである。

川内はなぜ住処を変えたのか、その疑問を抱きながら彼らは川内が師事していた東山のもとへと向かった。


誤字脱字等、ご容赦ください。

「それで?川内の何を聞きたいんだ。殺されたとは聞いたが、私に関係があるとは思えない」


 公民館の裏口、職員用の休憩所らしき場所で、私たちは東山と対峙していた。彼は隣に私服のSPを控えさせている。……簡易的な取り調べには応じてくれるものの、どうにも納得いっていないといったようで苛立ちを露わにしていた。尾崎は「まあ、落ち着いて聞いてくださいよ」と彼をなだめた。


「二日前、彼女が自宅で死亡しているのが発見されました。死因は刺殺。凶器は包丁類の刃物だと思われますが、現場から持ち去られていました」


「……そうですか。それで?」


「生前、彼女は警察に『ストーカー被害に会っている』と相談してきたことがありましてね。……東山さんもそう言った相談を彼女からされた覚えは?」


「ええ、されましたよ。……しかし、これと言った話はしていませんね。彼女、誰にストーカーされているかの心当たりもなかったようで」


「その時、何か助言などは?」


「……しいて言えば、引っ越すように言ったこと、でしょうか。家がバレていたらいつか入り込まれるかも知れませんからね」


 泉の目の色が変わった。……彼の推理では、彼女に引っ越しを促した者こそが犯人とのことだったが、その候補が目の前に現れたのだ。


「川内がどんな家に住んでいたか、知っていたのか?」


「いえ、知りませんよ。いちいち他人がどんな家に住んでいるかなんて知るわけないじゃないですか」


 泉は納得がいっていないようだったが、ここでの追及は無意味だと判断したのだろう。「それもそうか」とすぐに引き下がった。……尾崎がすぐに話を引き戻す。


「ストーカー被害以外のことで、彼女から何か相談をされたりと言ったことは?」


「……そんなことを聞いて何になるんです。彼女を殺したのはストーカーなんでしょう?私を調べたところで……」


 駄々をこねる東山を前に、泉が詰め寄る。彼は目で「無駄話をやめろ」と訴えていた。


「彼女が投資を始めるきっかけになったお前なら、対談の時に彼女から投資がうまくいった、あるいはうまくいかなかったと。大まかではあるが、彼女の経済状況を把握できていたのではないか?」


「……把握していたとして、それの何が問題なんですか?」


「先ほど、彼女に引っ越しを促したといったな」


 質問の答えになっていない言葉に、東山は呆気にとられ「は?」と声をあげたがすぐに頷いた。泉は「そこが問題だ」と前置きする。


「彼女が引っ越した先は、セキュリティが万全な住宅やマンションなどではなく、誰でも立ち入れる古いアパートだった。……だが、彼女の自宅にはブランドものの衣服やカバンなどが数十点残されていた。それらをすべて手放せば安全な家に住めるはず。……ちぐはぐともいえる彼女の経済状況は、事件の鍵になりうる」


「……彼女は、大損をしていたんですよ」


 泉からの説得に負けたのか、仕方ないといった様子で東山は口を開く。


「大損?」


「ええ、当時私がすすめた投資先がありましてね。……私は『それほど入れ込まないように』と警告していたのですが、日々上がり続ける株価に目がくらんだのでしょう。私からの警告を無視してつぎ込んで……」


「はじけた、と」


「そう言うことです。そして、私はその件について彼女からある頼まれごとを。……と言っても、『金を貸してほしい』という頼みだけですが」


 どうやら川内は投資のミスで東山から金を借りなければならないほど、一瞬ではあるが困窮していたようだ。彼は呆れた素振りで話を続ける。


「彼女、生活費まで使い込んでいたんですよ。……自業自得と突き放しても良かったんですが、その投資先をすすめた私にも責任はあるかな、と思いまして。……泉先生、死んだ者が借金を残していた場合、返済請求はどうなるんですか?弁護士であったあなたなら、それもご存知なのでは?」


「絶対に可能という訳ではない。……彼女に相続人がいなければ、債務を相続する人間もおらず、消滅する。……要するに、彼女の親族が彼女の財産を引き継がない限り、借金の返済は見込めない」


 泉の回答に東山はただ肩を落として落胆していた。いくら貸していたかは知らないが、生活費までというのならよほどの額なのだろう。……彼は今この瞬間、それを永久に失ったということだ。彼はため息をついてただ一言、「逃げられましたな」と口にした。


「……私が彼女について知っているのはこれぐらいです。これ以上は、逆さまにして揺さぶられても何も出ませんよ」


「ええ、もう十分かと。ご協力に感謝します。……では、我々はこれで」


 尾崎は一礼すると話を切り上げ、踵を返した。……まだまだ彼の講演会などについて聞けそうではあるが、そんなことを考えている私に鋭い視線が突き刺さる。東山の横に控えているSPが腕時計と私たちを交互に睨みつけている。……つまり、「早く話を終わらせろ」ということだろう。私たちは協力してもらっている立場だ、ここは引き下がるほかない。


「もう会わないことを、祈っていますよ」


 私たちの背後から、そう聞こえて来た。




 尾崎の頼みで公民館から駅へと戻った私たちは、駅前広場の駐車エリアで止まっていた。尾崎は助手席から降りながら言う。


「それじゃ、俺は一旦署に戻る。捜査本部に報告してこなくちゃならんからな」


「何かわかったら教えてくれ。……羽田君、今日の所は引き上げだ」


「わかりました。尾崎さん、お疲れ様です」


 彼は「おう、あんたもな」と言って駅へと向かっていった。それを見届けた私たちは、事務所への帰路をたどる。その間、泉はやけに東山のことを気にしていた。


「羽田君、東山のことなんだが……。君は奴をどう思った」


「どう、と言われましても……。思っていたよりも誠実そうな人だな、とは思いました。川内さんの借金に関しては特に」


「……確かに、自己責任ともいえる彼女の所業に対し、責任を感じるのはそう見えるな。……他には?」


「講演会の多さ、ですかね。つい二日前にも行われていたそうじゃないですか。……ああいう人たちって、稼ぎを独占しようとすると思っていましたけど、あの人は違うんですかね」


「……あとで尾崎に調べてもらわないとな。奴は一体どれほど講演会を開いているんだ」


 そんな話をしているうちにいつの間にか事務所に到着していた。車を降り、事務所の扉を開ける。ちょうどその時、泉のスマホが着信を知らせた。どうやら尾崎からメッセージが届いているようだ。そこには短く、「明日会えないか」とだけ書かれている。泉はすぐに「構わない、事務所に来てくれ」とメッセージを返した。


「……すまない、少し休む」


 朝が早かったからか、それとも頭痛のせいか。泉はソファに倒れこむように寝転がり、瞼を閉じていた。少しして彼は寝息を立て始める。……私は彼を起こさぬよう、静かに今日の聞き込みで手に入れた資料を整理していた。




 翌日、午前八時。尾崎の到来により、いつもより二時間以上も早く事務所を開ける羽目になった。今日はそれほど忙しくはないのか、覆面パトカーに乗ってきたようだ。……彼の後ろには一人、部下らしき男性がいる。


「悪いな、昨日の今日で押しかけちまって。いろいろまとまったから共有しておこうと思ったんだ」


「それは構わないが……。隣にいるのは?」


「どうも、私、尾崎先輩の三年後輩、成田です。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。……それで、なんで今日は部下を連れて来た?」


「実は、昨日こいつに東山を調べるよう頼んでおいたんだ。……それで、それなりに成果がまとまったからこいつの口から話してもらおうと思ってな」


 成田は「任せてくださいよ」と胸ポケットから手帳を取り出しながら言う。泉は「では、早速聞かせてもらおうじゃないか」と興味津々であった。


「では、まずはこれから。……東山に関連した警察への相談件数は過去三年間で増加傾向にあります。要するに、毎年彼から何かしらの被害にあっている人が増えているってことですね」


「被害というと、やはり投資関係か」


「ええ、そのようで。……ただ、この相談はほぼすべて本人ではなく被害者の親類の方々がいらっしゃるんですね。『どうにかして止められないか』と」


「だが、警察としちゃどうにもできなかった。調べはしたが、詐欺と判断できる材料はなかったからな」


「……それで、被害者家族の方はしびれを切らしたんでしょうね。……去年、東山は事件に巻き込まれました」


「事件?」


 成田の言葉に泉が喰いつく。彼はすぐに「はい」と言って続きを話し始めた。


「去年の五月。講演会の帰りに東山は襲われたんです。生垣に身を潜めていた犯人が、横を通り過ぎた東山の脇腹をナイフで刺しました。……ただ、近くには講演会のスタッフも何人かいたようで、犯人は脇腹を一度刺しただけでその場から逃亡したのですが」


「その犯人は捕まっているのか?」


「……いいえ。犯人が犯行に及んだ時刻は午後五時。夕暮れ時で帰宅者も多く、人込みに紛れてどこかへ逃げてしまったようです」


「東山やその場にいたスタッフは犯人の人相を見ていないのか?」


「フードをかぶっていたうえ、西日のせいでよく見えなかったと。ただ、体格からおそらく男性であるということは」


 泉はそれらを聞いた後、腕を組んで考え込み始めた。私たちは黙って彼の結論を待つ。すると、彼は「もしかしての話だが」と前置きして話を始めた。


「その男が川内のストーカーの可能性はないか?」


「そんなわけないだろ。第一、その男と川内に関係性なんてないんだぞ。……その男は三年前から東山からの被害を訴えていた人間のうちの一人のはずだが、川内の交友関係の中に、彼らの名前は一人たりともいなかった。つまり、川内は警察に相談してきた人たちの誰とも知り合いですらなかった。ストーキングする理由なんて……」


「……だが、その二人を繋ぐ者がいる。東山だ。……川内は東山から借金をしていたな。だが、川内の死により、貸した金が帰ってくる確率は限りなく零になった。……この時、もっとも得をする者は謎の男だ」


「それはさすがに飛躍しすぎじゃないか?川内の借金返済が不可能になったことで、なんでその男が得をするんだよ。さっきも言ったはずだ、川内と男に関連性はないと」


「謎の男の目的は『東山を害すること』ならばどうだ。去年の刺突事件以降、男は諦めておらず、静かに機会を窺い続けていた。そんな時、川内が東山から借金していることを知った」


「……だから殺して金まで奪ったって?そもそもその男はどこで川内の借金を知ったんだよ」


 尾崎からの指摘に、泉は口を閉ざしてしまった。……自分でも無理のある推理だとは思っていたのだろう。すぐに「今のはなかったことにしてくれ」とつぶやいた。


「まあとにかく、東山を狙っていた男がいたってわけだ。それが今の事件にどう関係しているかは知らねえがな」


「それと、補足が一つ。……東山がSPを雇い始めたのはその事件以降らしいですよ。相当堪えたのか、随分と乱暴なSPを雇っているようで。少しでも近づこうとする者がいれば、力尽くで引き離すとか」


 私は成田の言葉で、昨日私服SPに睨まれたことを思い出した。確かに彼の言うとおり、奴は暴力を厭わない目をしていた。彼ならば、身辺警護としてはちょうどいいのだろう。私がそんなことを考えているうちに、泉は話を次の話題へと切り替えていた。


「……昨日、また別の殺しがあったらしいな。それはどうなってる?」


「被害者の司法解剖はすでに済んでるし、身元もはっきりしている。今は別の刑事が家を調べている頃だろうさ。……昨日確かに忙しいとは言ったが、さすがにこの件まで力を借りる気はないぞ。そもそも、お前たちに捜査状況を共有しているのは、お前たちが川内から依頼を受けていたからってだけだ。特別な事情がない以上、別の事件の情報を共有する理由もない。……まあ、その殺しが川内か東山にでも関係していれば話してやるが」


 尾崎が説教じみた物言いで泉に釘を刺した途端、彼のスマホが着信を知らせた。尾崎は「すまん」と言って電話に出る。彼はうんうんと頷きながら、電話相手の話を聞いていたようだが、「何⁉」とひときわ大きい声をあげたのち、小さく「そうか、わかった」と言って電話を切った。


「何の連絡だ?」


「……成田。昨日の事件、こいつらにも話してやれ」


 成田は「いいんですか?」と戸惑っていたが、尾崎の「いいから早く」という言葉に急かされ、メモ帳のページをパラパラとめくった。


「えー、殺害されたのは山本洋治、五十三歳。欠勤連絡がなかったことを不審に思った会社の同僚が彼の自宅を訪ね、死体が発見されました。死因は刺し傷による出血多量です。……こんなところですかね」


 成田による事件の簡単な解説が終わると、尾崎が「ここからが問題だ」と言って話を引き継いだ。


「さっきの電話で分かったんだが、どうやら山本の家に東山の講演会のパンフレットが置いてあったようだ。彼が参加していたかどうかまではまだわかっていないが、この事件にも東山の名前が出てきやがる。……偶然で片づけていいものか」


 彼の講演会は千にも及ぶ数の受講者がいるという。それほどまでの数なのだから偶然重なっただけとも言えるが、この国には一億人以上が暮らしている。その中で連日殺人事件が発生し、さらに東山という共通点を持ちうるというのは、偶然で片づけてはいけないような気もする。……結局の所、これだけではなんとも言えない。


「……彼の自宅から、金品の類は盗まれているか?」


 泉は川内を殺害した犯人と同一の者だと考えているようだ。パンフレットという共通点がある以上、事件もつながっていると考える方が自然かもしれない。


「それはまだわからん。今捜索中らしいからな。……まあ、家の様子からしてそれほど財産を持っていたとは思えないんだがな。成田」


 名前を呼ばれた成田は「はい」と返事をしてメモ帳に挟んでいた写真をこちらへと差し出す。何重にも張り巡らされた規制線の先に、山本の自宅らしきものがあった。少し高めの塀に囲まれているが、一目見て古臭いということが分かる。木造建築の平屋で戸は引き戸。山本はこの家に一人暮らしだったようだ。


「唯一価値があるものとすれば、あの家の土地そのものでしょうが……。地上げ屋が殺しまでやるとはどうにも思えません」


「彼の交友関係はどうなんですか?何かトラブルとかは……」


「特になかったらしいです。唯一あるとすれば、お金についてですかね。……ありえないぐらい厳しかったらしいんですよ、貸し借りとかに。例えば、『自販機でコーヒー買いたいけど、財布を忘れてしまった。百円貸してほしい』なんて頼むじゃないですか。すると、山本さんは普通に百円を渡すんですが、『それはくれてやる。返さなくていい』と。……つまり、絶対に金の貸し借りをしようとしないんですね」


 成田はメモ帳に視線を落としながらそう言った。生前の山本の金に関する厳しさは、何か以前に痛い目を見たからのようにも思える。


「そんな人物が、東山の講演会に参加していた、か……。俺にはどうにもしっくりこないな。金に厳しい人間が、投資などという不安定な物に手を出すか?」


「それはお前が勝手に思ってるだけだろ。投資だって勉強すればそれなりに安定するらしいじゃねえか。……俺は面倒でそんなことしてないが、山本は熱心な勉強家だったのかも知れないしな」


「……とにかく、二人の死に東山が何かしら関係している可能性がある。もう少しあいつの周りを重点的に調べてみるべきじゃないか?」


「調べるといってもなあ……。成田が拾ってきた情報がほとんどと言ってもいいぐらいだ。……そもそも、投資の講師であることを除けば奴はただの一般人に過ぎないしな。前科もないし、拾える情報なんて高が知れてる」


 尾崎の言うとおり、東山は一般人に毛が生えた程度の存在でしかない。投資のことを勉強するのなら知る機会もあるだろうが、それ以外では知る方法などないだろう。それならば。


「なら、聞き込みをするしかないな。……奴の講演会に参加している者ならば、まだ俺たちが知らないことを知っているかもしれない」


「……それしかないか。仕方ねえな」


 尾崎はそう言いながらソファから腰をあげる。どうやらもう帰るつもりらしい。「帰るのか?」と聞く泉に対し、「これ以上の情報はねえよ」と尾崎は返す。


「それじゃ、また何かわかったら連絡する。じゃあな」


 そう言って尾崎は成田を連れて事務所から出て行った。




 翌日、もう尾崎からの連絡があった。何かわかったら連絡するとは言っていたが、たった一晩で何を掴んだのだろうか。ただ、電話口から聞こえてくる声はそれほど明るくはなかった。


「今日も早いな。何かわかったのか?」


『いや、何も。昨日も言っただろ、ネット上には限られた情報しかないとな。……まあ、東山のブログがあるんだがな。何かないかと覗いてみたんだが、どうやら今日の午後からまた講演会が行われるらしい。会場は前と同じ場所だ』


「……何?一昨日やったばかりじゃないか。またやるのか?」


『理由は分からないが、かなり頻繁に開催されているらしい。……聞き込みのチャンスじゃないか?東山から今度は山本について聞きだそう』


「時間は?」


『今日の午後一時から。現地集合で頼むぜ』


 尾崎はそう言って電話を切った。電話口から漏れていた声で私も話の内容を理解したのだが、私の頭には困惑と混乱だけが浮かんでいた。いつかの時に、「東山は講演会を頻繁に開催している」とは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。どうせ話す内容もそれほど変わらないというのに、一体何の理由で。……それを聞きだす絶好の機会でもあるだろう。


「……その前に、少し俺たちだけで調べを進めておくか」


「私たちだけで進められますかね。尾崎さんがいないんじゃあ、警察としての捜査は難しいでしょうし」


「それ以外にも、できることはあるものだ。……支度をしてくれ、すぐにでも出るとしよう」


 泉はそう言ってソファから立ち上がる。昨日のうちに何か目途でも立てていたのだろうか。私もすぐに支度をせねば。……それから一時間後、朝食を済ませた私は泉が運転する車に乗っていた。目的地は分かっているのか、今日はカーナビの電源がついていない。


「それで、調べるというのは一体何を?」


「東山が刺された事件を少しな」


「しかし、彼はただの一般人ですよ。尾崎さんもネットにはあまり情報がないと……」


「ネットに情報がなくとも、どこかの誰かが記事にした可能性はある。新聞か、あるいは雑誌か。……『不労所得で暮らす人間が恨まれて刺された』なんて、随分と目を引くタイトルになりそうじゃないか?」


「確かにそうですが……。記事になっていたとしても尾崎さんが見つけているのでは?今時は電子新聞も主流ですし」


「それは大手だけだろう。名もない弱小新聞社がネット業界に乗り出したところで、大手にネームバリューで押しつぶされるだけだ。それに、東山自身に取材の依頼をしたとき、名前を出さないことを条件とされた可能性もある。『被害者A』なんて誤魔化されれば、見落とすのも仕方のないことだろう。特定を割けるためにも、講演会の帰りなどというそれらしい単語は使われていないだろうしな」


「……では、私たちは今からそれを探すんですか?警察ですら見落としたかもしれないものを?」


「時間はある。それに、大抵は雑誌の目次で判別できるだろう。それほど面倒ではないはずだ」


 そうこう話しているうちに、目的地である駅前の図書館へとついていた。どうやら泉は本気らしい。地味すぎる作業ではあるが、今はとにかく情報が欲しい。足早に歩く泉の後を追い、図書館へと足を踏み入れた。




 今日は平日だというのに、図書館の利用者はそれなりに多い。確かまだ春休みだったか。児童書のエリアには春休みの宿題に取り掛かっている子供たちの姿が多くみられた。そんな子供たちをしり目に、私たちは図書館の二階へと上がっていく。一般書のエリアは二階にあるのだ。


「……雑誌は、あっちか」


 一般書のエリアにもそれなりに人がいる。とはいっても大抵は老人ばかり、家にいても暇なのだろう。……他人のことなど気にしている暇は私にはない。泉はゴシップ誌を片っ端から引っ張り出し、近くの机に積んでいく。私は席に着き、一番上に積まれた雑誌を手に取った。


「見るのは目次だけでいい。東山の事件以外は無駄な情報と言っても過言じゃないからな」


「わかりました。……これは何もないですね」


 開いた雑誌をすぐさま閉じ、わきに追いやる。この程度でしかないなら、それほど苦労はしないか。……その考えは、隣に積まれていた雑誌の数ですぐに砕け散った。積まれた本の山の先には、空になった本棚が三つ並んでいる。


「羽田君、手を止めないように」


「は、はい」


 そうして雑誌にどれほど目を通しただろうか。五十を超えたあたりから数えるのはやめていた。……だが、その努力は報われる。


「……あっ!先生、これを……」


「どうした?……東山の記事?『新進気鋭の投資家』……。なるほど、取材を受けていたのか。確かに、千人ほどの生徒を抱えているとなれば、そこらの学校よりも大規模だろうしな。奴のノウハウを知りたい者もそれなりにいるということか。読んでみよう」


 確かに彼のカリスマ性には目を見張るものはあるが、この雑誌記者はそれほどそのカリスマ性を評価していなかったのだろう。ページ数は後ろから数えた方が早かった。その上、わずか見開き一ページのみである。……ネタ切れでもしていたのだろうか。本文は東山と記者の対談らしきものになっている。その内容はそれほど価値のあるものではなかった。彼の生い立ちから卒業校、そして職歴、若かったころのやんちゃなど、まさにテンプレート通りのつまらない内容だった。


「さすがだな。こんだけつまらない人生を送っているのなら、投資家なんぞになるのもうなずける」


 さすがの泉も苦言を呈するほどのつまらなさで、文字を読む目が滑っていく。もはや何を書いてあるのか理解することすら疲労で諦めかけてきたころ、意識を引き戻すような文字が見えた。


「……『襲われたことがある』、ですか……。これってもしかして、尾崎さんが言っていた事件のことなんじゃないですか?」


「どうやらそうみたいだな。『生垣から』、『脇腹を』……。情報も一致する」


 ただ、それ以降これといった情報は見つからなかった。やはり東山自身も犯人の顔をはっきりと見たわけではないのだろう。彼と記者の対談は警察の捜査に対する愚痴で終わっていた。


「やはり事件はあった。……日付もはっきりしているな、去年の五月二日。……パソコンを借りるとしよう」


 泉はすぐに席から立ち上がり、受付近くにあったパソコンへと向かう。ここの図書館は都市部に次ぐ大きさで、蔵書数もかなりある。国立とまではいかないが新聞もいくらか取り揃えているため、調べ物の場としても役に立つ。


「……ひとまずあるだけ持ってきてもらうか」


 東山が刺された事件は去年の五月二日の夕方だ。であれば、翌日の朝刊に傷害事件として載っている可能性が高い。ただ、パソコンに表示されるのは出版社と表紙の一ページだけ。事件を調べるためには、司書に苦労を掛ける羽目になる。彼はその場で券を発行し、受付に提出した。


「……これ、全部ですか?」


「ああ、すまないが頼む」


 困らせて非常に申し訳ないが、殺人事件に関わることかも知れないのだ。私は席に着いたまま、受付に立っていた司書に視線を送る。


「羽田君は残った雑誌の方を頼む。俺は新聞の方を調べるとしよう」


 それから数分後、司書は台車を丸ごと一台押して戻ってきた。全国すべてという訳ではないが、関東圏はほぼ網羅しているという。泉は短く礼を告げると、すぐさま席について新聞を手に取った。……発見があったのは、三十分後のことだった。


「これは、隣町の地方紙か」


 新聞を手にとっては流し読みし、スポーツ新聞を手に取れば悪態をついてわきに追いやっていた泉の手が止まった。地方紙の出版社は名も知らないが、そもそも知っている出版社は正道新聞ぐらいだ。泉はその新聞に何を見たのだろうか。


「先生、どうかしましたか?」


「……これは、東山の事件のことじゃないか?」


 開かれたページの右上に小さく「公民館前で刃傷沙汰。動機は怨恨か」と題され、警察から聞き取ったであろう情報が並べられている。被害者はHと濁されているが、これは東山のことだろう。「生垣から犯人が飛び出した」、「被害者の脇腹を刺して逃亡した」などの情報から、そうとしか思えない。


「……『警察は目撃情報をもとに、犯人を捜索中』……。尾崎の話では、目撃情報はないんじゃなかったのか?」


 新聞の右上に小さく書かれた最後の一文に、泉は戸惑いを隠せないでいる。昨日、警察本人から聞いた話と食い違っているのだから、混乱するのも当然だろう。……ならば。


「先生。次は、この会社に当たってみましょう。この記事を書いた人に、真偽を確かめるんです」

読んで頂きありがとうございました。宜しければ評価・感想のほどよろしくお願いいたします。

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