因縁の中の合同訓練1
「カシムラ?・・・えっ?まさかっ!」
カシムラ。
遥か東方の国由来の名だが、アザリアを含めてこの周辺国では東方出身者は非常に珍しい。
エリス自身も東方出身者の知人は殆どいないのだが、カシムラという姓を持つ人物のことは知っている。
シンノスケ・カシムラ。
かつて空軍士官学校の同期生で、エリスの恋人だった男。
そして、訓練中の事故で大怪我を負った挙句、エリス達の虚偽の報告により軍を追われた男の名だ。
あの日、あの時、虚偽の報告をしたのは自らの失態を隠そうとしたレオンであり、エリスではない。
ただ、エリスはレオンの報告を否定しなかった。
あの事件の原因は編隊長であるレオンの判断と、エリスのナビゲーションの誤りによるものだ。
重ねて、被弾したシンノスケの機を置き去りにしたレオンと、それを止められなかったエリス。
訓練機の後席にも操縦機能があるのだから強引にでも止めることができた筈だが、あの時のエリスにはそれができなかった。
それぞれ軍の高級幹部と外務官僚を父に持つレオンとエリス。
士官学校で大きな問題を起こせば、その影響は家族にまで及ぶ。
レオンに言われ、自らの保身がエリスの頭をよぎったことも事実だ。
レオンを止めることができず、自らの保身に揺らいだエリス。
レオンはそれを盾に、自らの失態を隠蔽するために全ての責任をシンノスケに擦り付けることにし、エリスにはレオンの報告について同調、又は沈黙するように提案してきた。
拒否すれば外務官僚である父の立場を危ぶませることを匂わせられ、それに加えて『一時的にはシンノスケの立場が悪くなっても、レオンの父の力をもって必ずシンノスケを助ける』と言われたからだとしても、レオンの提案を拒否できなかったエリスがシンノスケを裏切ったことに何ら変わりはない。
レオンの言葉を信じて、シンノスケさえ軍に留まってくれれば許してもらえる日が来る、との淡い期待を抱いていたエリス。
しかし、結局のところレオンは自らの言葉を違え、シンノスケを助けることはなかった。
エリスの期待はシンノスケが士官学校を退学に追いやられ、誰にも挨拶をすることもなく姿を消したことで全てが打ち砕かれたのである。
無論、シンノスケのことをよく知る教官達の間にはレオンの証言に疑問を持ったり、軍の調査結果に異論を唱える者もいたが、結論が覆ることはなく、士官学校退学後のシンノスケの行方は誰にも分からなかった。
せめてもう一度だけでも会うことができたなら。
謝ったところでシンノスケが許してくれるとも限らないし、逆にシンノスケを更に傷つけてしまうかもしれない。
それでも、前のような関係に戻れずとも、もう一度会いたいと想っていた。
今、コックピットから降りて、ヘルメットを脱いだカイル空軍外国人部隊のパイロット。
シンノスケ・カシムラだ。
あの頃とは違い、眼鏡を掛けているが、シンノスケに間違いない。
立ち入りが制限された規制線の外側からでも見間違えることはない。
「・・・嘘・でしょう・・・本当にシンノスケ」
声を掛けたくても掛けられない。
シンノスケまでの距離が離れているし、周囲の喧騒にかき消されてしまうだろう。
そして何より、何と声を掛ければいいのか分からない。
立ち尽くすエリス。
その時、周囲を見渡したシンノスケがエリスを見た。
気の所為ではない、間違いなくエリスを見て、互いの目が合ったのである。
「・・・シンノスケ」
聞こえるはずもないが、思わずその名を呟く。
しかし、シンノスケはそんなエリスのことを見ても何の表情も変えることもなく、エリスから視線を外すと案内係の案内で待機所へと入っていった。
エリスはそんなシンノスケの背中を見続けることしかできなかった。
シンノスケが案内されたのは、ZF-A1とRF-102が格納されたハンガーの一室。
訓練期間中の宿舎であり、同じハンガー内にはダグとアニスの部屋も用意されている。
機体の機密保持のため、このハンガーは訓練期間中はシンノスケ達の他にはカイル空軍関係者しか入ることは許されておらず、カイル空軍の警備兵が24時間体制で警備につく予定だ。
あてがわれた部屋はベッドと机とロッカーだけが置かれた簡素な部屋だが、シンノスケにしてみれば十分だ。
部屋に入ったシンノスケは机の上に置かれた今後の予定表を手に取ると、ベッドの上に寝転んだ。
シンノスケについてきたセイラは椅子を引っ張り出してベッドの横に座るとシンノスケのヘルメットを磨き始める。
「この後は、9時30分から合同ブリーフィングで、11時から訓練開始。今日は空対空戦闘訓練が3想定か。11時と14時、17時の3回。初日からハードスケジュールだな」
予定表に目を通し終えたシンノスケはベッドに横になったまま目を閉じた。
ヘルメットを磨いていたセイラは手を止めてシンノスケを覗き込むが、眠っているわけではなく、目を閉じてリラックスしているだけのようだ。
目を閉じて体を休めながら集中力を高める。
スクランブル待機中などにシンノスケがよくやる行動だ。
「・・・しかし、偶然にも程があるだろう」
ポツリと呟くシンノスケ。
「えっ、あの、中尉、何か言いました?」
「いや、何でもない」
首を傾げたセイラだが、再びリラックスモードに入ったシンノスケの邪魔にならないように気を使いながらシンノスケのヘルメットを綺麗に磨き上げた。
いよいよ合同訓練が始まる。




