第一章 第九幕
■■ 第九幕 不弁東西 ■■
「ギャオオオオォォ…」断末魔を上げて大きな古代竜の体は崩れ落ちた。
「やったね!依頼完了。これでパーティ等級もB級にアップだね!」そう言って仲間達をねぎらう僕の方を向いて、リーダーのライルが言い放った。「アレン、今日限りでお前は追放だ。」
「え?」何を言ってるのかわからなかった。しかし、他の仲間達が僕に向ける視線はとても冷ややかだった。ライルが言う。「わからないか?お前はもう俺達にとって足手まといだ。必要ない。」
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俺の名前は有北莉央。けれどこの名前は憶えておかなくていい。なぜかって?なぜなら、この名前で過ごした16年間の人生に特筆すべきものが何もないからだ。強いて言えば、最期の瞬間が最高にダサいってことかな。
学校帰りの道を歩いていると、道の真ん中にいる白猫にトラックが猛然と突っ込んでいた。後先考えず飛び込んで、僕はその猫を助けようとした。そして、トラックに撥ねられた。そう聞くと、イイハナシダナーとか思う人もいるかもしれないが、僕が助けようとした猫、いや、猫だと思ったソレは、風に漂うただのレジ袋だった。
その後、気が付くと真っ白な空間にいた。そして、そこには純白の衣をまとった女性が立っていた。すぐに気づいたね。あ、コレ進〇ゼミでやったヤツだ。転生トラック→女神からチート貰う→異世界転生って流れだ。そう理解して小さくガッツポーズしている僕に、女神(?)は言った。「えwちょwwマジこんな残念な死に方www初めて見たwwww」は?草生やすな。笑いながら彼女は空間に扉を開いて、「ほら、さっさと行きなさいww」と僕を促した。「え?チート能力は…?」と、とまどう僕をお構いなしに扉に押し込みながら言う。「あ~、なんか、それなりにいい感じの技能もらえるようにしてあげるから。」そうやって僕は新たな世界に転生した。
気が付くと僕はハーバート男爵家の三男坊、アレンという10歳の少年として転生していた。そして15歳の誕生日、成人とともに神殿で技能の授与を受けた。神聖宝珠に映し出された僕の技能を司祭が解読する。『強化付与』。稀少技能に周囲の人々はざわめく。自分以外のパーティメンバーにバフをかける。攻撃力、防御力、魔力、魔法抵抗、俊敏など、あらゆる能力の数値を上げれる技能だ。この技能によって、パーティは新人の頃からめざましい活躍を見せて、今や注目株だ。
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「なんで?みんなの能力を底上げして頑張ってきたのに…」そう言う僕に、ライルは言う。「お前の技能、固定値でしか上げれないだろ!そりゃ新人の頃は固定値でも50のバフはありがたかったぜ。けど、お前レベル上がってもバフ量ほとんどあがってねーだろ!素の状態で1000超えてる攻撃力に55とかのバフもらっても意味ねーんだよ!」
「そんな…」僕だってみんなのために一生懸命頑張ってるのに、と言い返しても聞いてもらえないんだろう。そんな僕にライルは追い打ちをかける。「だいたいバフも30分しか持続しないで、時間になったら付与術士に返還されるとか、重ね掛け不可とか制約多いんだよ。お前がいる分、依頼の報奨金の取り分も減るから、みんな迷惑に思ってんだよ!」そう言い放って、彼らは僕をひとり残して去っていった。
ひとり取り残されて落ち込んでいたが、自分の置かれた環境にゾッとした。このあたりは魔物がうようよしている。そんな中にひとりきりだ。そんな状況に恐怖を覚え、街へ帰還しようと立ち上がったところに黒い影が飛び込んでくる。
「うわっ!!」尻もちをついて驚いている僕の目に映ったのは、きれいな長い黒髪に猫の耳が生えた獣人族の少女だった。「助けて!」そう叫ぶ少女に、いやいや僕はドラ〇もんじゃないぞ?と心の中で独り言を言っていると、彼女が来た方向から木がなぎ倒される音が響いてきた。木々を踏み倒して現れたのは、古代竜だった。コイツら、つがいだったのか?聞いてないぞ!
「グオオオオォォォ!!」大きな声を上げる古代竜。助けを求める少女の目が僕を見ている。無理!今まで戦闘はライル達に任せっきりだったのに、こんな上級魔物相手に戦えるわけない!そんなこと関係ない古代竜はこちらに近づいてくる。僕は手に当たった石を掴む。無駄だとわかってはいるが、それを投げつけた。
ボンッ!という音と共に古代竜の頭が吹っ飛んだ。「え?」わけのわからない僕に、獣人族の少女は賞賛の声をあげる。「凄いですにゃ!!」いや、そんな力が僕にあるわけない。
僕が『強化付与』の付与術士でしかないことをミオウと名乗った少女に伝える。彼女はしばらく考えてから言った。「時間切れになったら強化付与が付与術士に返還されるなら、永遠と味方にバフをかけ続けたその分のバフがあなたに蓄積されていったのでは?」なるほど、そういうことか!?能力表示を開いて見てみる。攻撃力:9999、防御力:9999、魔力:9999、魔法抵抗:9999…すべてカンストしてる。味方にバフを掛けた回数なんてうる覚えだけど、それこそ数えきれないほど掛けてきた。それが返還されて、僕の能力値をカンストさせていたんだ。
これなら、僕を見捨てたアイツらにも復讐することができる。そう確信した僕は、ミオウと一緒に街へと帰っていった。
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「どうだ!?」とドヤ顔で聞いてくる健太。「『ハズレ稀少技能で異世界無双のハーレムライフ ~カンスト最強の俺を無能と罵った元パーティ仲間さん、え?あなたの能力値低すぎ?ませんかねwww?~』、ここから主人公の気持ちいい復讐劇が始まるぜ!」
「感想を、聞きたいのか?」冒頭の一章を読み終えた段階でノートを閉じた拓也は言う。まだこの先に魔法騎士学園編、王国武闘大会編、極楽仲間結成編、暗黒魔王討伐編など続いているようだが、とても読み進める気にはなれなかった。
「おう!驚いたろ?俺も驚いたぜ、自分にこんな文才があるなんてな。コッチの言葉を勉強するついでに書いてみたんだが、おれって実は文豪としての才能あったんだな。」自信満々に言う健太は、両手いっぱいの苦虫を口に放り込んだような拓也の表情を見ていなかった。「はぁ…」ひとつため息をついた拓也は、淡々と述べた。
「まず、どれもどこかで見たような設定の継ぎはぎばっか。そもそも転生要素いるか?転生前の知識とか何も活用してないだろ。主人公が転生してくる前のアレンはどうなった?そこで主人公に人格乗っ取られて消滅したのか?だったら主人公は何の罪もない10歳の少年の人生を奪ったことになるだろ。追放の流れもおかしい。実数値でしかバフ掛けられないなんて、初めからわかってんだろ?後になってそれに文句言うとか登場人物アホか?あと復讐って言うけど、パーティの連中がアホなのを許容したら追放理由は妥当だろ。それに自分の今のステータスも知らないとか、主人公もアホだろ。ステータス見られるんなら、レベル上がった時とかに見るだろ。返還されたバフが積み重なるのも意味わからん。重ね掛け不可って設定どうなった?あと、ところどころ挟んでくるネタがイチイチ寒い。言葉の誤用も多いし、表記がブレてるとこもある。全体的に根暗引きこもりオタクの妄想っぽくて、単純にキモい。」
「そんな些細なことばかり、気にしすぎだろ。もっと、ストーリーとしての全体を楽しむっていうかさ…」散々にこき下ろされた健太の反論にも、拓也は冷ややかだった。「おかしなところが多けりゃ、それだけストーリーに没入もできないんだから、楽しむとか言う以前の問題だろ?」
居たたまれなくなった健太は、隣室のマリオとルイージの所へ行き感想を求めた。
「バフ量あがんないなら、パーティにとっては無能そのものだろうな。」マリオが言う。ルイージも同調する。「それでクビ宣告されて恨むとか、ダサいのか頭悪いのか意味わかんねーな。」
うっせえ、キノコでも食って腹壊してろ、と捨て台詞を吐いて女性陣の部屋へ行く。
「なんの努力もしないで、なし崩しに最強とか舐めてんのか?」侮蔑の表情でシロッコは吐き捨てた。エリスなら、エリスならそんな酷いことは言わないだろうと、健太は最後の希望の眼差しを向けた。
「へえ、よく書けてますね。」よかった、やっぱりエリスは優しい、健太は思った。「ドラ〇もん?とかよくわからないのはありますけど、こちらの言葉をしっかり勉強して覚えたんですね?」違う、そうじゃない。物語としての感想は?と問う健太に対し、エリスは少し考えてから、にこやかに答える。「ん~…あなた達の世界では、こういうのが流行ってるんですね?」感想ですらなかった。
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拓也の顔が地面に打ちつけられる。飛び込んだ拓也の左手首を、シロッコに掴まれ引き込んで投げられたのだ。
「こっちの右手を掴んで武器を封じようとするのはいいけどな」倒れた拓也に手を差し伸べながらシロッコが言う。「動きが素直すぎて意図がバレバレなんだよ。腕を取りに行く、と見せかけておいて、足を蹴り払って態勢を崩させるとか、そういう柔軟性がまだ足りないな。」
正面切って戦うと、まだシロッコには勝てない。リーチの差があっても、経験の差は覆せない。
そんな拓也とシロッコの訓練を眺めていたエリスのもとに、マリオがやってきた。訓練しているふたりに向けて大きな声で言う。「そろそろ昼飯にしましょうぜ!」
食堂でのエリスは、いつになく不機嫌そうだった。「何かあったの?」と聞く健太に、マリオは苦笑いを返した。
終始無言で仏頂面のエリスの様子を見て、拓也は恐る恐る声をかける。「あのー…エリス…さん…?」
拓也の呼びかけにエリスは持っていたスプーンを置いて、ようやく声を上げた。「ズルイです!シロッコさんばかり!私のコトなんて、怪我した時の救護要員程度にしか思ってないんでしょう!?」
「いや、そんなことは…」と言いかける拓也の言い訳を待たずに、エリスが続ける。「午後は、私と一緒に過ごしてください!そうです、デートしましょう!」
そう言うと、困惑する拓也や唖然とするシロッコなど気にも留めず、エリスは笑顔で食事を再開した。
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宿の前で待ち合わせ、とのことで拓也は待っていた。急に子どものように駄々をこね始めたのには、正直驚いた。「はぁ…」とため息をついているところに、エリスが出てきた。旅装束とは違い真っ白なワンピースにブロンドの髪を揺らして「お待たせしました。」とほほ笑む姿に、思わず見とれてしまう。
「さあ、行きましょう。」と手を取るエリスに、俯きつつ拓也が言う。「あ…あのさ、俺、その…デートとか、そういうのって…実際やったことなくてさ…だから、その、どうしていいか…」
頬を搔きながら言う拓也に向き直り、エリスは満面の笑みを浮かべて言う。「いいんですよ、細かい事は気にしなくて。難しい事なんて考えずに、楽しみましょう。楽しければ、それでいいんです。」
二階の窓越しに見ているマリオとルイージには会話の内容こそ聞き取れないが、若者同士イチャコラ仲良くやっているのはわかる。
「いいんスか、姐御?」窓の外を見ながらマリオが尋ねる。「いいって、何がだよ?」テーブルに頬杖ついたシロッコが不機嫌に問いを返す。「だって、ほら…」言いかけたマリオを遮ってシロッコが言う。「アイツがなにしようが、アタシにゃ関係ねーだろ。」そんなシロッコにニヤニヤしながらルイージが言う。「そんな意地張っちゃって、後悔しても知らねーっスよ?」椅子が飛んできた。「うっせえ!!テメーら亀の甲羅にでも当たって死にやがれ!!」
男達を部屋から追い出したシロッコは、ぼふん、とベッドに倒れこむ。枕に顔をうずめながら呟く。「関係ねーだろ。拓也が決めることなんだから…」
拓也の憂慮とは裏腹に、花やアクセサリーなど目につくもの興味を惹かれるものにエリスは都度飛びつき、その瞳を輝かせていた。なにを買うわけでもなく、町の中の些細なものごとに反応しては笑顔を見せる。楽しんでいる?のなら、いいのかな?と拓也はそれに付き合っていた。
「エリス様!」呼びかける声に振り向くと、フードを被ったマント姿の男が立っていた。旅の風雨に汚れた出で立ちの男に警戒し、拓也はダガーに手を添えて身構える。
「ようやく見つけました!どうか、お戻りください!」そう訴える男はどうやらエリスとは知り合いらしく、すぐに襲い掛かってくることはなさそうにも見えた。「エドワルド…」エリスは男に向かって言った。「お断りします!」言うや否や、エリスは拓也の手を握って駆け出した。状況が掴めない拓也のことなどお構いなしだ。「待ってください!お話を…」と追ってくる男を躱し、家と家の狭い隙間や路地裏を縫って逃げる。
「ちょ…エリス、あれ誰なんだよ?」走りながら問う拓也に、エリスは笑顔を投げかける。「ふふ…お姫様をお城に閉じ込めてしまおうとする、悪者です。」おとぎ話の登場人物にでもなりきったように、楽しそうに言う。「騎士様、私を悪者から逃がしてくださいまし。」
わけがわからないながらも、町の裏手の林に駆け込み木々の間を抜ける。途中エリスが何か魔法を発動していたようだが、何の魔法かよくわからない。木の枝が顔に当たり痛くて、それどころじゃない。できるだけエリスに当たらないように拓也が枝を払う。小高い丘を走り抜け、林を抜ける。視界が開け、遠くに海が見える。後ろから追ってくる音は聞こえない。「トラップ魔法がうまく作動したみたいですね。」息を整えながらエリスが言う。さっきかけてた魔法か、と拓也は理解した。
上がった息を整えながら前方の景色を見る。街道のずっと先に海、そしてここからはとても小さく見える港町らしきところに無数の船が往来している。「見えますか?あれがこの国の都、ポルトフィオです。まずは、あそこを目指します。」エリスが指差して言った。
ガストルディ伯爵領の都。その先で3つの国を通り抜けて自由都市シュテラヴィアを経由してジェルマス王国へ、さらに海を渡って大バリカス島へ。かなり遠くに見える港町への道のりも、全体の旅程からすればほんの僅かな距離でしかない。それでも前進していることには違いない。その長い旅路を、共に歩んでいく。
林を駆け回るうちに草木にでも引っ掛けたのだろう、ワンピースに生じたほつれを気にしているエリスに向き直って拓也は言う。「エリス…その…正直言って、その、結婚とか、そういうの…よくわかんないんだ…」エリスも拓也に向き直り言う。「はい。」
「その…女の子と付き合ったこととかも、俺、無いし…。急に結婚、とか言われても考えが追い付かないし…。」エリスは答える。「はい。」
「はじめは…その…通訳とか、回復とかしてもらえて…便利だな、くらいにしか考えてなくて…でも、エリスが本当に、優しいコだって、それはわかって…」必死に言葉を選んで語ろうとする拓也に、優しく答える。「はい。」
「でも、やっぱり元の世界に帰りたいって気持ちは、やっぱりあって…でもそれで帰ったら、エリスとは離れ離れに、とか…」静かに答える。「はい。」
「もし帰る方法がわからなくて、それで…この世界で生きて行かなくちゃならなくなったとして…でも、エルフって長生きだっていうから、結婚したとして…俺が先に死んだ後の、長い生涯を、寂しいものにしちゃうんじゃないかって…」瞳を逸らさずに答える。「はい。」
「だから、その…身勝手かもしれないけど…もう少し、待ってほしいって…気持ちとか考えがまとまるまで、返答を…待ってもらえないかなって…」手を握って答える。「はい。待ちます。」穏やかな声で言う。「あなたが納得できる答えが見つかるまで、私は待ちます。それが、どんな答えであっても。」
「…ありがとう、エリス。」
この先にある長い旅路。その終着点に辿り着くまでに、その答えを見つけられるだろうか?見つけなければいけない、と決心した。