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番外編その2 やっぱり恋のお邪魔虫!?

龍二と美奈子が付き合い始めてからのお話です。

 美奈子と付き合い始めて早三ヶ月が過ぎた。今は前期の試験を目前に控えている。俺は自分の部屋で美奈子と一緒に試験勉強をしている。学部は違えど、一般教養科目で去年俺が受けたものは試験傾向を教えてやれるし、同じ教科を取っているものもあった。

 押入れから掘り出した小さなテーブルに教科書やノートを広げて、美奈子は真剣に勉強している。しかし俺の頭は試験のことなどすっかり頭から消え去っていた。

 この三ヶ月、俺たちの間には何もない。キスすらないのだ。大事な試験前にこんなことを考えてはいけないことは十分わかっている。しかし今の俺はキスも、その先も望んでいる。たとえ美奈子がどう思っていても。


 梅雨が明け、この部屋は窓を開けていても蒸し暑い。おのずと薄着になる季節。美奈子は短パンにキャミソールという薄着。露わになる肩を抱き寄せて、その太ももに触れたい。その白い肌に口づけて俺のものだと知らしめたい。俺はかなりの欲求不満だった。

 美奈子は大切にしたいたった一人の女。だけど親公認なのだからそろそろ進展してもいいだろう。試験が終わるまで待ちたいところだが理性が限界に近い。

 ドキドキしながら美奈子を見つめる。美奈子は勉強に集中していてこちらを見ない。が、ふと俺の視線に気づいた。


「龍? どうしたの?」


 しっとりと汗ばむ肌、髪がアップにされたことで露わになる白いうなじ、プルンとした厚い唇。

 俺はゴクリと喉を鳴らした。


「美奈子……、俺……」


 美奈子を見つめたままゆっくり顔を近づける。美奈子は俺が何をしようとしているのか全く気づいていないようだ。

 せめてキスだけでも……と思っていると、ドタバタと階段を駆け上る音がして、ノックもなしにドアが開いた。


「お姉ちゃん、龍ちゃん。差し入れだよ~」


 その人物の姿が目に入った途端美奈子は笑顔になり、俺はチッと舌打ちした。

 ずかずかと部屋に入り込んできたのは両手に袋を抱えた美衣子だった。美奈子に笑顔で声をかけながら座った。


「お姉ちゃん、どう? 勉強は」

「うーん、やっぱり大学の試験って範囲が広くて難しいね」

「でもお姉ちゃんなら大丈夫だよ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 また邪魔しに来たのか、腹立たしい小娘め。

 思わず美衣子を睨み付けると、フンと鼻で笑われた。


「龍ちゃん、随分余裕そうじゃん」

「うるさい。もう帰れ」

「いいじゃないの、龍。美衣子がせっかく持ってきてくれたんだから休憩しようよ」


 美奈子にそう言われてしまえば何も言えない。袋の中にはペットボトルのジュースやプリンなどのスイーツ、スナック菓子が大量に入っていた。


「私、キッチンからコップ持ってくるね」


 そう言って美奈子が部屋を出て行った。俺は美衣子を何とか早く帰そうと試みる。


「お前、夏休みなんだからどこか行ってこいよ。というか彼氏作って毎日デートへ行け! そして帰って来るな!」

「どうしようがわたしの勝手じゃん。それにわたしが彼氏を作ったら泣く男がどれだけいると思ってんの?」


 何だ、この生意気な小娘は。本当に美奈子と血が繋がっているのか?


 そうこうしているうちに美奈子がコップを持ってきた。美衣子がペットボトルを開けた。片手にペットボトル、もう一方にコップを持ち、危なっかしい様子でジュースを注ごうとしていた。が、案の定失敗し、美衣子の着ていたワンピースにこぼれた。


「あ、やっちゃった…」

「大変! 早く着替えなきゃ。美衣子、家に戻って…」

「やだ。こんな格好で外行けない。お姉ちゃん、着替え持ってきて」

「わかった」


 美奈子は美衣子に言われるがまま、着替えを取りに部屋を出た。俺は美衣子の行動に我慢の限界だった。


「お前、いい加減にしろよ! どれだけ邪魔すれば気が済むんだ!」


 俺の怒りに美衣子は睨み返してきた。


「龍ちゃんこそどういうつもり? お姉ちゃんに変な真似しようとしたでしょう。目がギラついて飢えた獣みたい」


 う、痛いところを突かれた。それについては弁解できない。


「言っておくけど、わたしはお姉ちゃんの味方だけど龍ちゃんの味方じゃないから」


 美衣子はそう言って立ち上がってベッドに近づき、掛布団をはがして残りのジュースをベッド全体にかけた。グレープジュースだからか、ベッドには紫色のシミが広がった。


「馬鹿! 何してるんだ! どうしてくれるんだよ…」


 俺はこの小娘のやることが理解できなくて頭を抱える。昔から突拍子もないことをする奴だったが、もう呆れてものも言えない。


「今は夏だし、龍ちゃん馬鹿だから風邪なんてひかないよ。床で寝れば?」


 美衣子はツンと顔を背けた。それからしばらく無言の後、大きなため息をついて口を開いた。


「我慢できない気持ちはわからなくもないけどさ、今龍ちゃんがお姉ちゃんに何かしたらどうなるかわかるでしょう? 龍ちゃんはお姉ちゃんを試験に集中させないつもり? 単位落とさせるつもりなの? せめて夏休みになるまで待てないの?」


 美衣子の言っていることは正しい。ムカつくが正論だ。絶対に美奈子は勉強に手がつかなくなるだろう。


「お姉ちゃんはきっと言わないだろうから黙っているつもりだったけど、もう言っちゃう。高校二年の時、お姉ちゃんの成績が下がったの、龍ちゃんのせいだから」


 突然思ってもいないことを言われて俺は眉をしかめた。


「どういうことだ」

「龍ちゃんと最初の彼女のエッチ、お姉ちゃん見たよ。多分」


 その言葉に一気に血の気が引いた。まさか見られていたなんて…。


「正確に言えばベッドに倒れ込むまで、かな。龍ちゃんの部屋、お姉ちゃんの部屋から丸見えなんだよね。わたしも見たもん。カーテンぐらい閉めなよね」


 知らなかった。一時期、美奈子と会わなかったのも避けられていたから? 痩せたのも成績が落ちたのも、全部俺のせい…。

 何も言えないでいると美衣子はベッドに視線を移した。


「このベッド、あの時と変えてないでしょう? とにかく捨ててよね。他の女としたベッドでお姉ちゃんに手を出すのは許さないから」


 だからジュースをぶっかけたってことか。やることが極端だ。


「シーツはちゃんと変えた。十分だろう?」


 美衣子は俺を睨みつけ、声を荒げた。


「馬鹿なこと言わないでよ。お姉ちゃんは繊細でピュアで恋愛に夢持ってるの。やっぱり龍ちゃんには乙女心がわかんないね…」


 美衣子が呆れたように俺を一瞥する。


「そういうこと気にする女の子もいるの。わたしはお姉ちゃんが昔の女の影に落ち込む姿なんて見たくないの。あらゆる障害を事前に潰しておくのがわたしの役目だから」

「…わかったよ。ベッド変えればいいんだろう」

「それから試験終わるまで手、出さないでよ」

「わかった」

「もし約束破ったら痛い目見るよ?」


 いつもこの小娘はこういう強迫をしてくるが、それがどんな代物かは知らない。この際だから聞いてみた。


「痛い目ってどんな目だ?」


 美衣子は無言で俺を見て、ボソッと呟いた。


「……国語辞典」


 その言葉に表情を変えた。そこには見られたくない恥ずかしいものが挿んであった。


「お前、どうしてそれを…」


 美衣子は悪魔のような微笑で俺を見据えた。


「龍ちゃんが約束守ってくれたら、ちゃんと返しておくよ。それまで預かっておくね」

「マジかよ…」


 ガックリと肩を落としていると、美奈子が戻って来た。


「はい、着替え。タオルもあるからシャワー借りたら?」

「ありがとう、お姉ちゃん。龍ちゃん、シャワー借りるね」


 美衣子は着替えを手に部屋を出て行った。美奈子は俺に近づき、すまなそうな表情をした。


「龍、ごめんね。あの子、悪気があるわけじゃないの」

「……聞いていたのか?」


 美奈子はこくりと頷いた。一体いつから聞いていたんだ?

 気まずいまま黙っていると美奈子が口を開いた。


「あのね、試験が終わったら、どこか行かない?」

「日帰りか? いいぞ」


 そう言うと美奈子はふるふると首を横に振り、頬を赤くしながら小声で言った。


「……泊まりでいいよ」


 まさか美奈子からそんな言葉が出るとは思わなくて驚いた。まじまじと美奈子の顔を覗き込む。


「いいのか?」


 こくりと頷く美奈子。そしてはにかむ。


「だから試験、頑張ろうね」 

「ああ」


 美奈子の気持ちが嬉しくて俺は笑顔で頷いた。気を取り直して勉強しようとすると美奈子が俺の服を引っ張った。


「何だ?」

「国語辞典って何?」

「そ、それは…、秘密だ」

「……ケチ」


 あれは美奈子にだって見せられない。俺だけの秘密の宝物だから。





*     *       *





 ドアのそばで聞き耳を立てていたわたしはフゥと小さく息をついた。


 世話が焼ける二人だね。龍ちゃんがギラギラしているのはわかりきったことだけど、どうも姉も気にしていたみたい。龍ちゃんに触れたい、でもあの光景がトラウマになっている、もしくは自分からこんなことを言ったらいやらしいと思われる、と。


 わたしも大概この二人に甘いよな…。頭をポリポリ掻きながら思う。おもむろにワンピースのポケットから写真を取り出す。それは姉が満面の笑みを浮かべている写真だった。

 隠す必要なんかないのに、龍ちゃんって本当に馬鹿。でもこういう馬鹿って嫌いじゃないよ。


 クスクス笑いながら静かに階段を下りる。さて、このワンピース、どうするかな。グレープ味のジュースなんて選んじゃったから。このシミ、落ちるかな?

 一階に降りるとおばちゃんに遭遇した。


「お邪魔してます」

「あら美衣ちゃん。その服、どうしたの?」


 ふと考える。ちょっとやり過ぎた感があるので仕方ない。弁解しておいてあげよう。

 わたしは瞬時に目を潤ませる。そして勢いよく頭を下げた。


「おばちゃん、ごめんなさい。わたし、ジュースを龍ちゃんのベッドにぶちまけちゃったの」


 後悔して反省しています、と悲壮感漂う様子におばちゃんはわたしの頭を優しく撫でた。


「あらまぁ。でもいいのよ。あの子汗臭いからいい機会だわ。ベッド取り替えちゃいましょう」


 おばちゃんが背を向けた瞬間にニヤリと笑みを浮かべた。これで龍ちゃんは怒られないよ。意地悪したお詫び。一応ね。


「お風呂お借りします」


 おばちゃんに一声かけてバスルームへ向かう。


 さて、今度はどう邪魔してやろうかな……。  






これで本編、番外編ともに完結です。

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