表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/43

第一五曲 吐露される音楽室の音色

 盤理は改めて、放課後の音楽室にやって来た。

 落ちないようにスマホを上着のポケットの中に突っ込んで、違和感なく入る。

 夕焼けが差す音楽室はやけに静けさがある。


「よっ」

「……本当に来るとは思いませんでした」


 軽く手を上げて声をかけると極つぶしにでも向ける嫌そうな顔に俺は苦笑した。


「それで、色々と教えてくれよ。お前のこと」

「……何から聞きたいんですか?」

「そうだなぁ、好きな食べ物とか?」


 こういう定番の物は気軽に踏み込む話題の最初のトークテーマには悪くないだろ。


「……おしるこ、とかぜんざいなどの和風の物でしょうか」

「へー、可愛いとこあんだな。甘いもの好きなのか」

「……悪いですか?」

「好きな物聞いてんだからそれでも大丈夫だって、他には?」

「梅おにぎりとか、にくじゃがとか……」

「うんうん、和だな」


 無自覚なのか、目をキラキラと輝かせて言う野上は相当友達いなかったんだと思う、俺と同じコミュ障的な空気を感じる……他には? って、そういう意味じゃないんだけどな。

 この流れのままで行くと、たぶん食べ物の話題で帰らされる気がするな。

 こ、ここは音楽の話題に切り替えよう!!


「食べ物じゃない好きな物なら、クラシックだったら俺はレスピーギのノクターン、とかも好きだなぁ!?」


 クラシックの勉強を挫折する前の時、聞いたことがある曲だが……野上は知ってる、よな?


「珍しいチョイスですね……レスピーギの曲なら、大抵は交響詩の前にローマの噴水や松、祭りの方が有名なのに」

「……興味持ったら全部調べるのは普通だろ?」


 マイナーだからって、いい曲って思ったものに触れない奴がいないとは思わない。

 なんて俺というソースがいるからな、友達に自慢してやろうと思っていた渾身のネタでもある……使い時今か? って話だが。


「全部は調べるのは人によって違うのでは?」

「それもそうかもしれないけど、表面上だけ知ってるってそれ知識じゃねえじゃん。最低限のことは調べておくべきだ」

「……先輩は、音楽が好きなんですね」

「挫折したとは言ったが、クラシックが作曲する時苦手なんであって聞くのが嫌いとは一言も行ってないぞ」

「……それも、そうですね」


 野上の表情が、少し柔らかくなったのを感じた。

 望月ほどじゃないが、鉄仮面そうな顔面が年相応な笑顔を見せる後輩にほっとする。

 ……コンクールを優勝し続けてることはあっても、そこまで固くない、ってことか。

 厳しい奴なら、そんなの当然の範囲じゃないですか、なんて言ってきそうな頭固い奴もいるのに。


「先輩は、音楽にちなんだ名前だとしてもその単語をそのまま使われるのを、どう思いますか?」

「どう思うって……女子ならやりやすいだろうけど、男子なら難しい部分もあるだろ」

「……そうですよね、その意見もわからないわけじゃありません。僕の場合は、曲は曲、人は人、と思っているので……自分の名前で曲の名を背負うのは大役すぎると感じるんです」

「あー……わかる、名前負けしたらせっかく親がつけてくれた名前と思おうとしたって、気疲れするよな」

「……え?」


 野上は意外と言いたげな顔を俺に向けた。なんだ、急に。


「……先輩は名前負けとか、気にする人なんですか?」

「俺なんて盤上の理だぞ? 万里の長城の万里の方がどれだけよかったか!! 名前だけならまだしも、重苦しいって思うだろ普通……」

「……確かに、先輩には荷が重いですね。僕も耐えれないと思います」

「だろ? 今度、名前の由来とか聞いておくのもアリなんじゃないか? 野上は家族中は良好のほうだったりしないのか?」

「……父が厳しい人なので、答えてくれるかどうか」

「あー……それもあったのか」


 まあ、コンクールを連続優勝してる奴の父親が、そこまで温厚なタイプの印象は多くないよな。むしろ、自分の息子だからと圧力かけたり厳しかったり。

 音楽系の漫画とかで見る、あるあるな家系の奴ってわけだ。

 ……だったら、そういう奴にはこう持ち上げたら、いいか?


「だったら、一回だけ、参加して見たりしないか? 学生バンドの夏フェスSOUNDSHOCKTOKYOに」

「嫌です」

「……きっぱり断るなぁ」

「僕が出るコンクールは8月から9月が地区予選、10月から11月が地区本選、11月から12月となっています……必然的に夏のバンドの大会に行けるわけがありません」

「……そっかぁ」


 じゃあ、難しいのかもしれないな。

 ん? でも待てよ。


「学生なら、何回か受けられるコンクールなのか?」

「僕としてはすぐにでもプロのピアニストになりたいんです、だから貴方たちには協力できません」

「確かにうちの希律は音楽関係にも力が入れてるけど、有名校ってわけじゃないし……」

「何を言ってるんですか、十分有名校ですよ」

「……え? ……いや、父さんが昔通ってた学校だし」

「普通科ならでしょう? 軽音部や合唱部などの部活も入学の時に勧誘されたことはないんですか?」

「……あー」


 そういえば、確かに音楽系の部活が多いなーって印象だったけど。

 あれ、ぼっちだからって俺、人と話すのが怖いからってスルーしていたよう、な……?


「……つまり、気づいていなかったんですね」

「あ、あはは……えーと、」

「なら、軽音部に入ってバンドメンバーを集めるのが重要じゃないですか」

「嫌、それだとだめなんだ……望月は他校の生徒だから」

「……他校、なんですか?」


 あ、しまった。ついうっかり……ってこいつには話しても問題ないんだった。

 野上は頭を抱えて重い溜息を吐いた。


「はぁ、話がだんだん読めてきました……つまり、夏にイベントがあってバンドメンバーを募っている、と。それで僕がピアノ関係の役割が適任だと判断した、ということですね……ピアニストになりたい人間をバンドに誘いますか? 普通」

「いやぁ、若者の火遊び? じゃないけど……望月は本気なんだ。俺もわけあって協力はしてるけど、俺も夏のイベントまでに集められなかったら協力しなくていいし」

「……は? 貴方もバンドメンバーじゃないんですか?」


 急に野上が鋭い目つきをする……なんだ? 変なこと、言ってないはずだが。

 頭の裏をかきながら、俺は事情を説明することにした。


「俺はあくまで作曲担当だって、ギターとかはやってたことあるけど……作詞とか点で駄目だし、補欠的な奴だって」

「……なら、なおさら僕は勧誘を拒否します。他の人に頼んでみたらいいでしょう」

「え!? な、なんでだよ!?」


 野上は立ち上がり、俺の背を押して音楽室から出そうとしてくる。

 俺の方が力があるから抵抗できたのだが、混乱していたせいもあって理解が追い付かなかった。


「……話は今日で終わりです、今後放課後の音楽室には寄らないでくださいね」

「な、待ってくれって、」

「出て行ってください」


 俺は強制的に音楽室から締め出され、とぼとぼと望月に連絡のラインを送るのだった。



 ♪



「……あんな中途半端な人だと、思わなかった」


 苦虫を噛み潰した表情で奏はピアノの椅子に座った。

 ……クラシックは苦手だと言っていたのに、知っているようだから気になっただけだ。

 怒気交じりの激しい音色が、音楽室から外へと響く。

 自分の仲間を見つけたのかもしれないという期待を、ただ他人は裏切る。

 彼は、中途半端に生きてる。僕のような幼少期から定められた人生を辿っていない。

 何もかも中途半端だから、僕のことを理解した振りをしていただけに過ぎないのだ。

 何かで読んだから知ってる、なんて語って。僕から何を聞いた? 僕の口から聞いた言葉以外のことを、何を理解しようとして僕のピアノの音色を聞く?


 ――ああ、腹立たしい。


 ポロン、と小さくピアノは鳴る。

 続けて、ピアノを弾くためだけに磨き上げられた両手の指は細やかに鮮烈に鍵盤を叩き始める。

 曲はロベルト・シューマンのクライスレリアーナの第七曲。

 僕が激しく怒っている時、胸に灯る憎悪の火を全て吐き出す時によく弾く曲だ。


  ――僕じゃない誰かが、僕を語るなよ。


 僕を理解したような言葉で並べ立てて機嫌を取ろうとするな。

 そんな見え透いた欲に塗れた目で、僕を見ているんだろう。僕は……音楽が大嫌いだ。

 けれど、僕の言語表現は音楽でしか、ピアノにしか込められない。

 喜びも、悲しみも、怒りも、何もかも。僕はピアノ以外のモノで表現しようとすれば、他人は平気で薄汚い視線で、他人から覚えた罵倒の言葉しか吐けない弱い奴の集まりだ。

 可哀そうなんて言葉を使っていなくては、同調圧力の前では呆気なく屈指し、無様に嘆くことしかできない他人共なんて、どうだっていい。

 僕の心の叫びを象った音色に圧倒されろ。

 僕の音だけ聞いていればいい、全員ひれ伏せばいい。

 僕のか細い声を、細い鍵盤で自分の本音を音で伝えさせてくれるんだ。

 僕の痛みも、本音も、全部ピアノに込めるとあの月夜に誓ったのだから。


「……っ」


 激しく、野上奏の激情の旋律は、開けられた窓の方にまで響いていた。



 ◇ ◆ ◇



「すっげぇ、ガチギレしてるみてぇな弾き方……」


 赤毛の少年は、黒いバンダナをつけて手のひらサイズのイチゴミルクを口にする。

 鮫の歯を連想させるような鋭い歯は意外とストローを傷つけずに吸う。


「あ! 流石(さすが)! はやくクレーンゲームやりに行こ?」

「おーおー! 待ってなぁ、すぐ行くわぁ」


 流石と呼ばれた少年は、何人の女子に囲まれながら夕方の町の中へと溶けて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ