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第一三曲 交渉材料探し

 まず俺は、野上奏の心の傷、トラウマに関する情報を探ることにした。

 コミュ力が低い俺が一番、一番の情報筋を知っていた。


「頼む、安海!! 野上のこと教えてくれ!!」

「え……? い、いきなり何? 急に」


 俺は放課後に安海に頭を下げて頼み込んでいた。

 ちょっと引き気味の安海に、申し訳なさを抱きつつも俺は必死に懇願した。


「頼む!! どうしても知りたいんだ!!」

「えっと……もしかして野上君と友達になりたい、とか?」

「……いや、俺は、その、バンドを……」


 盤理は言葉を詰まらせる。

 こういう時、なんて言えばいい? 


「え!? バンリ君バンドするの!?」


 ぐい、っと顔を乗り出してキラキラと輝く目を俺に向ける安海。

 い、言えねえ。小さい時に路上ライブで歌ってた尊敬してる人に頼まれたから、なんて絶対こういうヤツには笑いネタにされかねない……!! 

 安海は、普段はそう見せないが意外とお調子者なところがある。

 だから下手に望月のことは口に出すべきじゃない……!!


「ああ、そうだ」

「え!? 嘘!? ホントに!?」

「……まだ初めて作るから、色々わからないところはあるけどボーカルの奴と一緒に探してるんだ」


 俺は頬を掻きながら、顔を俯かせる。

 ……いい感じに、かわせただろうか?


「じゃあ、バンリ君は何やるの?」

「それは――――」

「待って! やっぱり、ちょっと待って!」


 安海は手を俺に向かって制した。


「やっぱり、イベントとかある日の時に教えてくれる?」

「え? なんで、聞きたそうにしてたのに」

「だって……楽しみは取っておきたいもん」

「? 何か言ったか?」

「な、なんでもないよー!?」


 安海はあからさまに何か誤魔化したように思えるが、とりあえずいいだろう。

 利害は一致した、ってことでいいんだよな。


「それじゃ、一緒に頑張ってくれるか?」

「うん、任せて! それじゃ、わかったら伝えるから!!」

「ああ」


 安海は軽く手を上げて去って行くのを見て俺は安堵した。

 俺は望月のためにも、色々情報収集するために家へと帰宅するのであった。


 盤理は翌日の放課後、吹奏楽の部活が終わるまでとりあえず教室で待つことにした。

 そう、今回は野上を望月のバンドメンバーにいれるための策として、一人ピアノを遅くまで弾いているという彼がいるであろう音楽室に向かうための準備を練っていたのだ。

 といっても、準備なんて呼べるような情報の貯蔵は十分じゃない。

 心理関係の本は読んだことはないけど、音楽の前では人の心は丸裸になるのだ。

 俺も、そうだったように。

 きっと、野上もそうじゃないかなんて、淡い期待にも等しい期待だが。


「……かけてみるしかない、よな」


 俺は拳をぎゅっと握り、野上の演奏の邪魔にならないよう慎重に音楽室に入った。

 野上は集中しているのか、目を閉じたままピアノを演奏している。

 流石、天才……目を閉じていても楽器を弾きこなすなんて、作曲している俺ですらしたことないのに。


「……綺麗だな」


 響き渡る音楽室のピアノの旋律は、鮮烈だった。

 けれど、それと同時になんだか、彼の指先から奏でられる音は、どこか悲し気に聞こえた。


「また、君ですか」

「ピアノ、本当に上手だな」

「大会でも優勝してます。当然ですよ」


 野上は不愉快そうにこっちを睨む。

 俺はビビらずに、素直に言った。


「……でも、音が悲しそうなのは、なんでなんだ?」

「悲しい? 音が?」

「なんとなくだよ。お前の引くピアノの音は鮮明に聞こえるのになんだか、辛いって叫んでるみたいで」

「…………死んだ祖父にも言われました。お前の音は、泣いていると」


 野上はそっとピアノをポロン、と鳴らす。

 その音がやけに静かで、彼の悲鳴の一つを奏でているように聞こえた。


「泣いてる?」

「……はい、なぜなのかまでは教えてくれませんでした」

「そっか」


 小さく響き始めるピアノの旋律は、おそらくだがその曲はジムノペディ第1番のサティ、か。

 

「……なぁ、お前の名前の由来、聞いてもいいか? 奏、なのに、ソウとかじゃなくて、ソナタ、なんだろ?」

「嫌です」

「そ、そこをなんとか……っ」


 ……や、やっぱりいきなりは無理か。

 そんな唐突に自分の名前の由来とか、言うわけないよな。

 むしろ、考えようによっては野上からすれば自分の名前はキラキラネームに近いしな。


「そもそも、僕と貴方は友人という関係性でもないはずですが」

「それは、そうだけど……」


 ……お堅い奴だな。

 まあ、クラシック好きの奴の性格がお堅い、なんて先入観は別にないつもりだけど。

 野上は俺を身もせず、ピアノの鍵盤を弾いている。

 苛ついている様子はない、むしろどうでもいいことのように正確に刻まれるピアノの音色が証明していた……俺には興味ないってか。


「どうして貴方は僕のことが知りたいんですか?」

「……それは、その……正直に言うと、バンドメンバーを探してて。キーボードだったら、野上がいいかなぁ、なんて思ったり……」

「僕はバンドなんて組むつもりはありません、コンクールがあるので」


 盤理は頭の後ろを掻く。バッサリと切り捨てられた。

 こ、ここは強気に行かなくては負ける……! 押し通すぞ俺は。


「……俺にも事情があるけど、お前のことを話してくれたら、俺も引き下がるから」

「たかだか一度や二度と会った人に、自分のことをペラペラ話す人はいないと思いますが」

「……ああ、もうはっきり言う! お前の曲を作らせてくれないか? その曲を作らせてもらって一度聞いてもらったら、後はもういちいち嗅ぎまわったりしないし、なるべく関わらないようにするから!!」

「……僕の、曲を?」


 野上は驚いたようにピアノの演奏を止める。

 お? 食いついた?


「なんで僕の曲を作るという話になるんです?」

「え、えーっと……俺のバンドメンバーにボーカルがいるんだけど、はっきりソイツの持論? みたいなもんで……きっとそうしたらアイツも納得すると思うし! 頼む!! 見るならただ、って言葉もあるが、聞くのはただってこともあるだろ!?」


 パンと両手を合わせて、菩薩に拝む勢いで野上に頼み込む。

 一瞬だけ、止まったような気がして片目を開けて野上を見る。


「……だから、なんで僕の曲を作る、なんて話になってるかの説明になってないですよ」

「え、っと……」


 呆気にとられた、にも、呆然とした、という二つが混じった困った顔を浮かべる野上に意外に感じた。やっぱり自分の曲を作る、なんて言われたら嬉しいとかか?

 俺だったら羞恥で死ねるが……よくわからんけど、興味が湧いていない顔ってわけじゃないな。顔を上げて、軽く軽く両手を下ろして少し視線を逸らす。

 脅された、なんて絶対俺の私情は言っちゃダメだよな。

 よし、ここはいい感じに誤魔化そう。


「ボーカルは、望月冴夜歌って言うんだけど……アイツが言うには自分の中で溢れる叫び? 以外の言葉なんて口にする理由がない、とか言ってて」

「叫び? 中二病だとか言うそう言う類の人なんですか?」

「っぐ、そ、それは最初聞いた時、ちょっと俺も考えたりしたけど、そういうんじゃないんだって!!」

「じゃあ、どういう意味ですか」

「音楽には、自分の想いを叫べるー……激情の発露!? 的な!?」

「……叫ぶ? ただ、がむしゃらに叫んでるだけでしょう。バンドなんて、その程度のものでしかない。貴方の発言の方が中二病っぽいですが」

「いやいや、クラシックもそこに準ずるところもなくないと思うし、違うじゃん? お前も、店とかで聞いたことのあるアーティストの曲くらいはあるだろ?」

「……まあ、ゼロじゃないですけど」

「頼むよ、少しでもいい、望月の歌を聞いてほしいだけなんだ」


 俺は頭を掻きながら、野上に説明する。


「聞くだけなら、いいですよ」

「本当か!?」

「ええ」

「じゃあ、野上のこと教えてもらってもいいか!?」

「は? なんでそうなるんですか」

「頼むよ、アイツ人の話を聞いてモチベーション上げるタイプのヤツだから! 頼むよ!! この通り!!」

「どういう人ですかそれ……変な人だな」


 俺は土下座もする勢いで頭を下げる。

 野上が、小さく息を漏らす声が聞こえた。


「……また明日、ここに来てください。一人でですよ」

「え? そ、それって……」

「少しだけなら、話してあげます。たったそれだけのことで僕の曲を作るって言うなら、完璧な物を作ってほしいですし」

「あ、ありがとう!! そ、それじゃまたな!」


 俺は急いで音楽室から出た。

 二度目の交渉が上手くいけたのはラッキーだ。

 だが、今はとにかく望月に連絡を取るためにも学校を出ることにした。

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